番外編②-2 – 妙

 『DEED』は4棟のビルを所有する。警察が制圧したこのビルは最も規模が大きく『D–3』と呼称され、15階建てにさらに地下4階まで建設されている。杉本と鶴川の2人は『DEED』の麻薬オークションが開催された地下4階の現場を歩き回り始めた。捜査一課長の藤村も興味深そうに2人の後ろをついて歩く。


「課長、僕たちと一緒で大丈夫ですか?」


 杉本が藤村に尋ねる。藤村は突然自分の方を振り向いた杉本に驚いて少し後ずさりしたもののすぐに冷静になって答える。


「だって面白そうじゃん。元を正せばこれは俺のヤマじゃない。制圧協力が終わったらお役御免なんだよ。だから……暇潰し」

「そうですか」


 杉本は短く答えると藤村から目を離し、辺りを見渡す。


『D–3』地下4階は最大収容人数700人を誇る、この建物の中で最も広々とした空間で、中央のステージを360度取り囲むヴィンヤード形式(座席がステージを囲み、ブドウ園の傾斜したテラスのように鋸歯きょし状の列で立ち上がるコンサートホールのデザイン)を採用している。杉本、鶴川、藤村の3人は現在、客席の中間付近に位置しており、そこから中央のステージを眺めている。


「いやはや何とも壮観な光景ですね」


 杉本が呟く。鶴川は「ステージまで降りましょう」と提案し、3人はステージの方へと歩を進める。杉本はステージで現場検証を行っている数名の警官や鑑識に「失礼」と言った後にステージ中央へと直立し、客席全体を見渡し始める。


「ここに立つと更に凄い光景になりますね。700人というのは一般的にヴィンヤード形式を採用するコンサートホールとしては大きいとは言えませんが、地下にここまでのものを作ったというのは……なかなか資金力のある組織であることが分かります」

「まぁコンサートが目的じゃねーからな。それにしてもこんな場がこれまで見つからなかったのは妙だよな」


 藤村がそう呟き、杉本も軽く頷く。杉本は改めてホール中を見渡す。


「DEEDというこの組織の主な資金源はヤクの取り引きっすよね?」


 鶴川が杉本に話しかける。


「ええ。彼らはオリジナルの麻薬の生成、海外から仕入れた珍しい麻薬、覚醒剤、コカインなどを取り引き相手との交渉に使って稼いでいたようです。また、今回のように麻薬オークションの開催でも多くの資金を得ていたようですね」


 杉本が説明を施す。隣で聞いていた藤本はさらに補足する。


「あとは詐欺とかそういった類のものだな。後はこの会場の貸し出しや共催。たまに破壊活動なんかもしていたようだが、組織内の超能力者の数がそこまで多くないこともあってそっちは主じゃなかった。ってことで査定としてはB+。俺が相手したのもほとんどどが非超能力者だった」


 藤村の話を聞いて杉本は顎に手を当てて少し考え込む。藤村はそれを横目に見ると、まるで杉本が考え込むことを予想していたかのように話しかける。


「杉本警部も何か気になることがあるんだな?」

「えぇ……」


 杉本は藤村の問いかけに対して肯定する返事をした。それを見て鶴川は目をパチクリさせながら尋ねる。


「一体何が引っかかるんです?」


 藤村は少し溜め息をついた後に鶴川に答える。


「敵が雑魚しかいなかったってことだよ」

「それは藤村課長がめちゃくちゃ強いってことっすよね?」


 鶴川は藤村の言っていることの意味が分かっておらず、眉間に皺を寄せて首を傾げる。藤村は鶴川の返答を聞いて今度は大きく溜め息をついて説明を始める。


「麻薬オークション、しかも結構な大物が集まった大きなイベントだ。それなのにこんな雑魚しか集められなかったなんて有り得ねーだろ」


 鶴川は「なるほど」と言った直後にまた難しい顔になって尋ねる。


「いやでも、DEEDってそんなにいうほど武闘派がいないって話でしたよね? それならそこまで不思議じゃないんじゃ……」


 ここで杉本が2人の間に割って入ってまるで教師のように鶴川に告げる。


「鶴川くん、よく考えてみて下さい。これほどまでのイベントを開催するならば他の組織への協力要請や専門の者たちを雇うはずです。実際、DEEDは今までもそうしてきたようですから。例えば視覚に影響を及ぼす超能力者を使って場所を隠蔽したり、身体刺激型超能力者で警備を固めたりね」


 ここでようやく鶴川は藤村と杉本が抱いている違和感を理解した。


「何で今回こんな自前の連中しか用意できなかったんでしょうか?」

「そこなんですよ。それが僕が疑問に思っていることなんです。規模はそれなりの組織ですから資金は困らないはず……」


 杉本はそう呟きながらステージ裏の方へと歩き始めた。


「どうしたんですか?」

「ちょっとした興味ですよ」


 杉本は鶴川の問いかけに対してぶっきらぼうに答えた後に奥の方へと突き進む。


「残留サイクスの方はどうですか?」


 杉本は鑑識の一人に尋ねる。


 サイクスを科学的に分析する技術は確実に進んでいる。鑑識は現場に残った残留サイクスを視覚化するためにまず液体化された特異複合型サイクスを霧吹きで吹きかける(液体化されたサイクスのことをLiquefied Psychs = LPと呼称する)。ここで特異複合型サイクスが利用されるのは、サイクスの源泉である『物質刺激型フィジクス』と『身体刺激型フィジクス』が同じ割合で含まれていることに起因する。

 長年の研究によって液体化された特異複合型サイクスは残留サイクスを検知するとその型のサイクスへと変化することが知られている。これは『物質刺激型フィジクス』と『身体刺激型フィジクス』の割合の違いによって生成されるサイクスの型が決定付けられという特性を利用したものである。これら2つを同じ割合で含む特異複合型サイクスが最も適性があったと考えられている。ゆえに特異複合型サイクスは全ての型のサイクスに影響を与えると教育機関でも教えられている。

 この技術はここ数年で導入された技術である。そしてこれはその場に残留サイクスがあるかどうかの判断をその場でできるのみで、どの型に属するかを特定するには最低でも1ヶ月以上の時間が必要となる。


「いえ……。特異型LPが反応を示さないので残留サイクスがこの辺には無いんです。まだ細かく撒いていないのでもう少し時間がかかると思いますが」

「どうもありがとう」


 杉本は鑑識の1人に礼を言った後、藤村に話しかける。


「どうも妙ですね……。ステージ裏などもっと警戒して良いものだと思うのですが。外の配置はどうだったのでしょう?」

「外の方が超能力者の警護は多かったな。身体刺激型もしくは物質刺激型だ。中の方は数名程度かな」

「なるほど。外で危険な者はほぼ全部排除するという考え方だったのでしょうか。少し行き当たりばったりな気もします」


 杉本は少し間を置いて藤村に尋ねる。


「身柄を拘束している者にお話を聞いても?」

「もちろん」


 藤村はそう言うと杉本と鶴川に目で合図し、2人は藤村の後ろを付いて行った。




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