最終話 - 追う側へ
8月21日(月) ホテルオーキ43階
瑞希、綾子、志乃、結衣、萌、芽依の6人は近藤組との騒動の後、すぐに病院へと運ばれ、治療が施された。外傷の少なかった志乃、綾子、芽衣はすぐに退院し、先に宿泊場所へと戻っていた。また、瑞希も髪色が白銀となった以外には目立った変化はなかったために19日に到着した多田泉の診察を受けて翌日20日の午前中には退院し、部屋に戻っていた。
一方で、萌と結衣の2人は柳の治療によって外傷は完治していたものの、精神的なダメージが大きく未だ病院で治療を受けている。しかし、昨日到着した多田泉の〝
「とんだお泊まり会になっちゃったね」
綾子は力無い声で呟く。志乃と芽衣も静かに頷く。その後、3人は窓際で1人静かに座っている瑞希の方へと目を向ける。
(あの人ってやっぱり……)
瑞希はコンテナターミナルでの戦闘で突如、自身の脳内に現れた白銀の少女を思い出していた。
「……ずき、みーずき!」
瑞希は志乃の呼びかけにハッと我に返り、目を大きく見開いてそちらを振り向く。
「わーお、目大っきい」
志乃は笑いながら瑞希をいじる。瑞希は少し恥ずかしそうにヘヘッと笑う。
「髪、綺麗だねっ」
綾子も瑞希たちの側に駆け寄って声をかける。瑞希の銀色の髪の毛を見つめながら「イメチェン?」とも言っている。
「アハハ、そうそう。イメチェン」
瑞希は説明に時間がかかること、面倒であることを考えて少し笑いながらごまかした。
「反抗期〜」
志乃はニヤッとしながら瑞希の脇腹を少しだけ突っつき、瑞希はくすぐったそうにして笑いながら「ヤメてよ〜」と言って志乃を止めようとする。
(こっちは心配なさそうかな?)
少し距離を取って観察していた大学生の芽衣は3人の様子を見て少しだけホッとする。綾子と志乃はどちらかといえば後方支援といったものだったが、瑞希に関しては最前線で戦闘しており、萌と結衣の惨状を目の当たりにしていた。精神的な治療を超能力で施したものの、その様子を注意して見ておくように芽衣は多田から頼まれていたのだ。
––––ブウゥン
4人のいる部屋の扉が開かれる。志乃・芽衣姉妹の母・由里子が入室する。
「お嬢ちゃんたち、準備しなさい。東京帰るよ!」
由里子の後ろには萌と結衣も一緒に来ている。2人ともすぐに部屋に入って瑞希、志乃、綾子に勢いよく抱きつく。
「皆んなありがとう! 心配かけてごめんね!」
萌と結衣の勢いが強く、5人は床に倒れ込んでいる。芽衣はやれやれといった感じでその様子を眺めている。瑞希は結衣と萌の2人が微かに震えているのに気付き、軽く頭を撫でる。志乃と綾子もそれに気付いて同じように優しく撫でている。
「早くしなさいね」
由里子はそう言って部屋を後にする。5人は笑いながら起き上がり、帰る準備を始めた。
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8月21日(日) TDGA(Tokyo Domestic General Airport = 東京国内一般空港)
愛香、玲奈、翔子の3人は午後15時頃にTDGAに到着し、萌、結衣、綾子の両親たちと挨拶を交わしてそれぞれは娘たちの到着を待っていた。
落ち着かない様子の愛香を見て翔子は車椅子のハンドルから手を離して愛香の隣へ屈んで顔を覗き込む。愛香は固く握り締めた両手を見つめ、翔子が顔を覗き込んでいることに気付いていない。翔子は軽く息を吐いてそれと同時に肩が少し下がる。その後に愛香の頭に手を当てて気付かせる。
「大丈夫よ」
愛香は突然のことで微かにビクッとした後に翔子の顔を見て眉間に寄っていた
1機目から徳田花、霧島和人、多田泉が、2機目には瑞希、萌、綾子、結衣、志乃、芽依、由里子の7人、少し遅れて着陸した3機目には吉塚仁・伊代夫妻が
萌、綾子、結衣はそれぞれ家族の元へと駆け寄り、由里子と志乃・芽依姉妹それに徳田花も加わってはそれぞれの家族の元へ行き、今回の経緯や危険な目に遭わせてしまったことに対して謝罪をして回っていた。
「花さん、ご迷惑をおかけしました」
愛香が花に話しかける。
「私は大丈夫。それよりも……」
花はチラッと後ろの方で自分の髪の毛を見て気まずそうにしている瑞希の方を見る。瑞希は愛香たちの視線に気付いて観念したのか気恥ずかしそうにしながら真っ直ぐ愛香の胸に飛び込んだ。
「お姉ちゃん、ただいま」
「お帰り」
愛香は飛び込んできた妹の頭を優しく撫で、愛おしそうに抱きしめる。その後、白銀に変化した妹の髪の毛を見る。
「は……反抗期じゃないよ!? いつの間にかこんな色になっちゃってて……」
姉の視線に気付いたのか、瑞希は慌てて弁解する。愛香は「分かってる」と言い残しつつ複雑な表情を浮かべる。
「……お姉ちゃん、お母さんって髪の毛黒かったよね?」
愛香は瑞希の一言に一瞬だけピクッとだけ動き、その後「当たり前じゃない」と言って即答した。しばらくその態勢のまま時間が過ぎた後に瑞希は多田に呼ばれ、そちらの方へと向かう。瑞希が遠くへ行ったのを確認して仁と伊代の2人が愛香の元へと駆け寄る。
「お祖父ちゃん、お祖母ちゃん……」
瑞希が側から離れ、祖父母の顔を見た瞬間、愛香の中での緊張が一気に解けて顔を覆って泣き始める。それを祖父母は手を添えて優しく抱きかかえる。
「お祖父ちゃん……私……私、このままだとお母さんとの約束を……瑞希を守り切れない……!」
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3107年3月27日 福岡第4地区『博多産婦人科クリニック』
白銀の髪色をした女性が泣きながら赤ん坊を抱きかかえ、その隣で男性が背中に手を回して静かに見守っている。
「どうして……どうして……こんなに大量のサイクスが……。愛香には無かったのに……!この子には……しっ……」
隣の男性はその女性を制し、静かに眠っている赤ん坊の頬に触れながら話しかける。
「君はこの顔を見ても……失敗と言ってしまうのかい? 瞳」
瞳はハッとした顔を浮かべた後、すぐに眠っている赤ん坊をより強く抱きしめながら顔を
「ごめんね……。ごめんねぇ……!」
その様子を遠目から見ている5歳の愛香が仁の手を握りながら尋ねる。
「お祖父ちゃん、どうしてお母さん泣いとーと?」
仁は少し考え込んだ後に微笑みながら告げる。
「何でやろなー? お腹が痛かったんじゃないかな?」
「ふーん。後でよしよししてあげる」
「そうしてやり」
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仁は顔を両手で覆って泣いている孫の背中をさすりながら呟く。
「心配ない……。ワシが付いとる」
そう言い残し、目に力が籠る。
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(お姉ちゃんは嘘をついている)
瑞希は多田の後ろを付いて歩きながらコンテナ船で突如自分の脳内に現れた女性について考えていた。
(あれは……多分、私のお母さん。けどお母さんはずっと黒髮だったはず……)
瑞希は具現化しているp-Phoneをチラッと見る。
(ピボットも何かを隠してる。そして執拗に私を狙ってくる不協の十二音)
ピボットへの僅かな不信感、愛香の嘘、見知らぬ母の記憶、不協の十二音……。ふと顔を上げるとモニターには先日、政府が発表した『TRACKERS』について報道しているニュース番組が目に飛び込んできた。
(TRACKER……。〝追跡者〟か……)
瑞希は微かにフッと笑う。
(今度は〝追われる側〟から〝追う側〟になるよ)
瑞希と愛香の間に生まれたごく僅かな小さな亀裂はやがて––––。
第一部『TRACKER』完
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