第120話 - 面会②
「月ちゃんは元気?」
話の流れを断ち切り、唐突に発せられた菜々美の言葉。その空気の読めなさとデリカシーの無さが愛香の逆鱗に触れる。
「今のあなたに関係ないでしょっ!」
さらに現在の瑞希の状況も相まって普段は冷静な愛香も自分を押さえることが困難となっていた。愛香のサイクスが部屋を侵食していく。
「月ちゃん少し人見知りなところあるけど他の子たちが話しかけてくれるだろうね〜。西条さんとは結構仲良かったし、豊島さんや大木さんは私たちと話したそうにしてたしねぇ〜。男子からの好意の視線もあったしね〜。そういうのは……」
菜々美は一度言葉を切り、背筋がゾクっとするような不気味な笑みを浮かべながら続ける。柚木は額から流れる冷たい汗が愛香の膨大なサイクスによるものなのか、目の前の少女の表情からくるものなのか明確にできないでいた。
「壊したくなるよね」
愛香が何かを言おうとする前に柚木が間に割って入る。
「上野さん、あなたの発言は全て記録されています。節度ある言動を」
菜々美はハイハイと面倒くさそうに応対する。
「……月ちゃんに何かあったみたいだね」
背もたれに背中を押し付けて大きく息を吐いた菜々美は確信を持った様子で愛香に告げる。
「だってお姉ちゃん、月ちゃんのことになると冷静でいられなくなるもんね、過剰なまでに。私の月ちゃんに対する思いと似てるよね」
「このッッ……!」
玲奈が再び愛香を止める。玲奈もサイクスを発して愛香のサイクスを抑え込む。
(これ以上は無理ね。完全に上野のペースにハマってる)
目を大きく見開いて荒々しく呼吸する愛香の方を見て玲奈は、面会の続行は無理だと判断して柚木に告げる。
「今日はこれくらいにしましょうか」
菜々美は玲奈の言葉を無視して話を続ける。
「愛香お姉ちゃん、ここに来た時から様子が変だったよね。大事な妹を危険な目に遭わせた本人が目の前にいるってのもあると思うけど、それ以上に落ち着かない感じ。確実に月ちゃんに何かあったなって。特に……4年前からだよね?」
愛香は鋭い眼差しで菜々美を睨みつける。
「あなたに! 幼くして両親を亡くした子の辛さが分かる!? 私がみずを……!
愛香は震える声で訴えた。玲奈は過呼吸気味になっている愛香の背中をさすりながら「もういいのよ」と落ち着かせながら告げる。
「それはお姉ちゃんも同じでしょ?」
「もういい」
なおも言葉を続けようとする菜々美を見向きもせずに玲奈が遮る。顔は見えなくてもそのサイクスには怒りが込められている。玲奈は柚木に声をかける。
「すみません。今日は以上で。また日を改めて来たいと思います」
「承知いたしました」
柚木は玲奈に返事をし、愛香の様子を心配そうに見つめる。
「上野さん、退室するわよ」
柚木は記録を終えた後に菜々美に声をかける。菜々美は依然、椅子に座ったまま2人の様子を見つめている。
「私、別に花ちゃん先生を狙ってた訳じゃないんだよね。初めは」
菜々美の一言に既に退室しようとしていた愛香と玲奈はもう一度振り向いた。
「どういうこと?」
玲奈は柚木に手の平を向けて制しながら問いかける。
「私、違う人を追ってたんだ。担任の内倉先生。ほら私、こんなんだから人からの視線に敏感で。特に月ちゃんに対してだけどね。生徒からの好意なんかは基本的に放ったらかしなんだけど、花ちゃん先生と担任の内倉先生は違ったんだ」
愛香、玲奈、そして柚木までもが菜々美の言葉に注意深く耳を傾ける。
「花ちゃん先生は優しく見守ってくれている感じ。でも内倉先生はよく分からない、不気味な感じだったんだ。だから内倉先生の方を追ってたんだけど……気付いたら私は花ちゃん先生の方を狙っていたんだよね〜」
「……あなたは何を言っているの?」
菜々美の言葉を聞いて愛香はそれまでとは違った冷静な声色で尋ねる。
「うん。私もよく分かってない。でもね、気付いたら花ちゃん先生の方に注射器を刺しに行ってたんだ。まるで最初からそのつもりだったかのように。不思議だよね」
(何者かの超能力……?)
菜々美は玲奈が考えていることを読んでいるかのように答える。
「月ちゃんは私に何も言わなかったよ。残留サイクスについて」
(みずなら違和感にすぐ気付くはず。現にあの子は上野に付着した花さんの残留サイクスに違和感を抱いて旧校舎博物館に向かった……)
愛香が考え込む様子を見てそれまでの様子とのギャップで少しだけ菜々美は笑う。
「でもこういう違和感、前にもあったんだよね〜」
「それはどんな?」
玲奈の質問に菜々美は言葉を選ぶように少し考えた後に話し始めた。
「4年前、月ちゃんのパパとママが殺された時……」
この言葉を聞いた瞬間、柚木はまたも愛香が冷静さを失ってサイクスを放出させるのではないかと警戒して止めに入る準備をする。しかし、愛香は寧ろより冷静な表情を浮かべて静かに菜々美の言葉を聞いている。
「私と月ちゃんは何人かのお友だちと一緒に私の家でいつものように遊んでた……」
#####
3118年10月5日(土)15時30分過ぎ
「月ちゃんもう帰っちゃうの?」
菜々美は玄関で靴を履いている瑞希を他の友人たちと一緒に見送りに来て少し寂しそうに話しかける。
「うん! お父さんとお母さんから4時までには帰って来なさいって言われてるし」
菜々美の母・
「また遊びにおいでね。お家まで一緒に行こうか?」
「すぐそこだもん! 1人で帰れるよ!」
少し遅れてリビングからやって来た菜々美の父・
「なっちゃん、皆んなもまた学校でね!」
そのまま瑞希は上野宅を出て自宅の方へ向かって歩き出し、菜々美たちに手を振る。
#####
「私の家からあの時の月ちゃんのお家まで歩いて10分ないくらい。3時40分過ぎくらいには帰ってたはずなんだよ」
愛香は至って冷静なまま話を聞いている。その表情はその後に続く菜々美の言葉を予想できているかのようである。
「愛香お姉ちゃんが帰宅したのは4時頃。おかしいよね。月ちゃん、先に帰ってたはずなんだ」
玲奈は横目で愛香の様子を窺う。愛香は両手に握りこぶしを作り、膝の上に置いて微かに震わせている。
「月ちゃんがあの日、帰宅したのは7時頃。月ちゃんは3時間くらい何してたの?」
玲奈は愛香とは違いって少し動揺した表情を浮かべている。
「ちなみに記憶違いじゃないよ。私、月ちゃんとの出来事は全部細かく日記に付けてるんだ。家に行って確認して良いよ」
面会室の中で沈黙が流れる。
––––ピピッ
その沈黙を機械音が破る。面会時間の終了を知らせる音である。
「……面会時間の終了です」
柚木はその場の全員に告げる。菜々美は椅子から立ち上がり、片付ける間に2人に告げる。
「また来てよ。私、お話するの好きだし。あと……」
菜々美は間を空けて言葉を続ける。
「〝松下隆志〟は東京にいる。意外と私たちの近くにいるかもよ」
愛香と玲奈の視線を背中に感じながら菜々美は面会室A – 07から退室した。
#####
面会室を退出した後、菜々美は再び検査を受けた後に柚木と共に自分の割り当てられている部屋へと歩き始める。
––––ズズズズ……
「少シ喋リ過ギダゾ、上野菜々美……」
黒いサイクスに包まれた柚木が菜々美に話しかけ、菜々美は口を大きく広げて不気味に笑う。
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