第25話 - 空腹
東京都第3地区第13番街第1セクター27番の505号室。大家からのレイアウトによると1K10畳の部屋に樋口兼は1人で暮らしているとのことだ。
愛香と玲奈、非超能力者の
「和人、お前は常に俺たちの後ろにいろ、離れるな。それといつでも
土田は拳銃を構えて頷く。瀧はサイクスを強く纏いながら拳銃を構える。和人は両手にサイクスを溜めて緊張しながら超能力の準備をする。2人の準備が整ったのを確認すると、瀧は呼び鈴を鳴らす。ドアの向こう側からチャイムが鳴り響く。二度繰り返した後、瀧は後ろの2人に合図を送る。
瀧は大家から受け取ったマスターキーで解錠し、部屋へと入った。
「樋口兼さん、いらっしゃいませんか?」
瀧の声が部屋全体に響く。木霊が響くほどの勢いだ。
反応はない。
土田は洗面所の扉を開き、誰もいないのを確認して拳銃をしまう。
「不在のようですね」
和人が少しだけ安堵の表情を浮かべる。
「部屋が荒れてるな。特にキッチン……」
リビングはカップ麺の容器やコンビニ弁当の容器が散乱している。キッチンにはカレーの跡が残る鍋が置かれたままでシンクには洗われていない食器が多く置かれたままである。周りを観察していた和人がボソッと呟く。
「何だか食べ物多いですね……」
「確かにな」
一見、部屋が荒れているように見えるが、散乱したゴミは食べ物に関するものばかりである。本棚や書類、衣服などは比較的綺麗に整理されており、不自然さが強調されている。
「散乱されたお弁当の容器なんかを除けば20代男性の典型的な一人暮らしって感じですね」
容疑者が不在という報告を受けて愛香、玲奈の2人が3人に合流する。
「伊藤さんは車内に残って周辺に怪しい人物がいないか警戒しています」
玲奈の話を聞いて瀧が頷く。
「腹でも減ってたのか?」
「よく食べる、飲む若者とは同僚から聞いていましたが、事件があって約2日、あまりにも量が多くありませんか? それに飲酒も好きだったようですが、飲んでいた形跡が全くない。食にだけ執着しているような……」
皿や弁当の容器などは散乱しているが、コップは食器棚に並べられたまま1つも外に出されていない。また、ペットボトルや瓶、缶といった容器も全く捨てられておらず、冷蔵庫の中でいくつか並べられているだけである。
「これだけ食べてて水分を全く摂らないとか有り得ますかね?」
しばらく部屋の中で沈黙が流れた後に愛香が言葉を発する。
「超能力の代償ですかね」
後天性超能力者の場合、自分が条件を設定する前に自動的にサイクスによって発動条件や代償が定められていることが多い。そしてそのことを本能的に理解していても突然サイクスが発現するために身体がついていかず、抑制が効かないことが多い。玲奈と瀧が現場の状況を見ながら考察する。
「防犯カメラでのサイクスの映像観ていると、サイクスを食すっていう意思が感じられましたよね。酷い空腹を引き起こすのかも」
「その空腹感は実際の食べ物では満たされず、サイクスを食べることで満たされる可能性もありますね」
「いずれにせよ、人が集まる場所へ向かったのでは?」
時刻は17時半を回ったところだ。セクター1は13番駅を中心に繁華街が広がり、特にこれからの時間は下校の学生たちや退勤時間に重なるため人の出入りが多くなる。また、もっと遅い時間になると夜の店が動き始める。
「OK。これから繁華街に向かうか。愛香はサイクスが使えるまであと1時間とかか? 坂口は伊藤と共に護衛について戻れ。俺たちは徳田を呼んで合流し、4人で繁華街に向かう」
「了解」
瀧は徳田と連絡を取り、現地で合流することとなった。車内で瀧が和人に話しかける。
「和人、お前は帰宅な」
「えっ。土日なので遅くなっても自分は問題ないですよ」
「そりゃそうかもしれないが、今日は実際の事件現場へ行って捜査に参加して容疑者が不在だったとはいえ、その自宅に突入したんだ。意識なくても精神的にかなり疲労がきてるはずだぜ。十分だよ」
「……分かりました」
「お前、肝が据わってるぜ。少しずつ経験を積めば良いよ。何てったってまだ15だしな」
20分ほどして繁華街に到着し、間もなく花とも合流した。
「土田と徳田は先に張り込みよろしく。俺は和人を改札まで送るよ」
「了解です。和人、お疲れ様」
花は和人に微笑み、和人は軽くお辞儀する。
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「和人、どうだった?」
13番駅南口に向かって歩きながら瀧が和人に尋ねる。
「かなり緊張しました。坂口さんが気を遣ってくれて死体から遠ざけて下さいましたがチラッと見た時とても怖かったです。それに恥ずかしい話、自宅に樋口がいなくて少し安心してしまったんです」
瀧は和人の肩を叩きながら告げる。
「皆んなそんなもんだよ。俺もお前んとこのジイさんとこで武術を学んでて強い自信あったけど怖かったよ」
「瀧さんでもそうなんですね。ちょっと安心しました」
瀧は軽く笑って改札の前で和人に労いの言葉をかけた。
「よっしゃ、今日はお疲れさん。ゆっくり休めよ」
和人が返事をしようとした瞬間、2人は異様な感覚を察知し同時に同じ方向を向く。
「あれ、美味そうだなぁ」
樋口兼のサイクスが2人のサイクスを食らおうと正に向かう瞬間だった。
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