6-9話  行き着く先

 拓海たくみたちは、ルビーと悪魔ベナカーイと共に、仰向けに倒れた茂人しげとの元に歩み寄った。


「負けてしまったか……」

「人間の悪意を吸収しただけでここまで強くなったのは、その茂人という少年の能力かしらね」

「私には細かい理由は分からん。だが、確かに怨霊向きな身体ではあったな」

「その子には、退魔の術を施す必要がありそうね」

「……そうすると、二度とこの少年から私のような存在は生まれ出ないのか」

「そうね。そうなるわ」

「よろしい。その方が良いのだろう。私も、怨霊という私の存在の矛盾は痛感している」

 茂人のその言葉を拓海は切ない想いで聞いていた。


 怨霊。その存在も拓海たちは事前にルビーから聞かされていた。恨みや憎しみを持って死んだ者の魂の一部がこの世に残ってしまう。それが怨霊だった。


 大抵は悪さをする前に成仏してしまうが、今回の事件のように人間に取り憑き、怨霊が自我を持ってしまうこともある。しかし、もはや何に対して憎しみを抱いていたのかすら覚えておらず、復讐をすることは叶わない。魂は成仏したがっているのに憎しみがそれを拒んでしまう、矛盾した存在なのだ。


「お前たちと戦って、少しスッキリした気分だよ。後は、行き着く先に向かうだけだ」

「そうね。今度は普通の存在に生まれ変われるといいわね」

 ルビーはそう言葉をかけた。


 それを聞くと茂人は言葉を続けた。


「女、一つだけ聞かせてくれ。もしそこの悪魔、ベナカーイとやらを吸収できていたら、私はどの程度の存在になれた?」

「私一人では勝てなかったでしょうね。けれど、私のような怪異は他にもたくさんいるのよ。どんなに力を付けたところで、それら全員に勝てるかしら?」

「そうか……。そういう世界なのだな、ここは。…………ははは、なら今の状況に一層未練などない。どれだけ力を付けたところで、この身に宿る憎しみの感情を晴らすことなどできなそうだ!」

 茂人はそこまで言うと一呼吸して、さらに言葉を続けた。


「そこの人間たちとベナカーイ。私は怨霊だ、謝罪などはせん。だが、気分を晴らしてくれたことには礼を言おう、ありがとう」

 その言葉が最後となり、茂人は目を瞑ると、赤いオーラが完全に身体から抜けていった。


「これで、終わったんですか?」

「ええ。成仏していった」

 拓海が尋ね、ルビーが答えた。


「ふぅぅ……」

「終わった……のね」

 浩太こうたとクラリスがその場にしゃがみ込み、キマロは浩太の肩に降り立った。拓海と莉子りこぎくを交えて無事を喜びあっている。


 小休止した後、怨霊の抜けた茂人を含むオカルト研究会の4人と共に現実世界に戻った。彼らは、悪魔召喚直前からの記憶を魔具で改ざんするということだった。何事も無かったかのように、翌日の文化祭2日目をこなすことになる。


 ベナカーイは召喚される前にいた場所に戻るということで、拓海たちに声をかけてきた。


「拓海に莉子。それから、そっちの人間たちは……」

「左から、日菜菊、浩太、クラリスです。で、この小さいのがキマロ」

 拓海が代表して全員を紹介した。


「ふむ、世話になった。今回の召喚はお前たちの仕業ではなかったし、あまりにイレギュラーだったので、なかったことにしようと思う。だが、お前たちには借りができた。お前たちが本当に困ったとき、また呼んでくれ。無条件で力になろう」

 そう言うと、ベナカーイは召喚された時と同じような赤い球体に変貌し、姿を消した。


「怪異研究会、色んな怪異にモテモテになっていくわね」

「あ、あはは……。全部成り行き上だった気がしますが」

 ルビーの呟きに莉子が反応した。


「それでも、きっと縁なのよ」

 ルビーは茂人に退魔の術を施しながら言った。茂人の身体は青色に輝いている。


「怨霊を呼び寄せ、人の悪意を増幅させたのはこの子の体質でしょうね」

「しかし、こういう体質の人間に、怨霊とやらが取り憑く度にこんな危険なことになるのかの?」

「このレベルの子はめったにいないし、いたとしても誰かが気づいて対処する。今回の私たちみたいにね」

「ふーむ、そういうものなのか」

 ルビーとキマロが今回の事件の顛末を語り合っている。


 やがて茂人へのルビーの処置が終わり、怪異専門組織がやって来て、オカルト研究会の4人を連れて行った。家に送り届けるということだった。


「さて、私たちも帰るわよ。みんな、一度私の店に来なさいな」

「分かりました」

「行きましょうか」

 ルビーの声掛けに拓海と莉子が答えた。全員でルビーのアンティークショップに移動した。



    ◇



 拓海たちはルビーのアンティークショップで椅子に腰掛けていた。ルビーは全員に不思議な香りのハーブティーを配った。リラックス効果があり、怨霊との対決で緊張した心を癒やしてくれるだろうということだった。


「怨霊かぁ。こうしてまとめてみると怖いだけでなく、悲しい存在でもあるね……」

 莉子が怪異研究会のノートに怨霊のことをメモしながら呟いた。


「怨霊のインパクトが強すぎたけど、私たち、悪魔とも遭遇してるんだよね……」

「そうなんだよね。濃い1日だったよ」

 日菜菊が言い、莉子が答えた。


「まあ、みんな無事で良かった。俺はまだ手の震えが止まらないよ」

「私も……。ほら」

 浩太とクラリスはお互いに震える手を見せあった。プルプルしている相手の手を見た後、二人はどちらともなく笑い始めた。


「拓海とヒナは手、大丈夫?」

「ん? どうだろ」

「莉子は?」

 拓海と莉子と日菜菊は手を見せあった。そして、手を繋ぎ合う。


「まったく、胸焼けするぞ、バカップル」

 拓海たちの様子を見ながら浩太が茶化した。


「コウちゃんとクラリスもやってみたら」

 莉子がズバッと切り返した。いつものように、はぐらかしたり意地の張り合いが始まってしまうのではないかと拓海は思ったが、浩太とクラリスは目を合わせあった後、手を繋いでクスクスと笑い始めた。


(あ、あれ……!?)

 浩太とクラリスに心境の変化があったのか、緊張感が緩んでタガが外れているのか。いずれにせよ意外な光景だった。


「おやおやおや」

 日菜菊が莉子に耳打ちした。


「ちょっと、いい感じじゃない!」

 そのまま莉子は拓海に耳打ちする。茶化しても何をしても動かなかった浩太とクラリスの関係に変化が起きそうな状況に、3人ふたりは野次馬根性を丸出しにしていた。

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