6-8話  怨霊に憑かれた高校生

 拓海たくみ莉子りこと悪魔が並び、オカルト研究会の部室から乗り出して来る茂人しげとを見ている。異次元空間内に作られた偽物の部室ではあったが、茂人の身体から出ている赤いオーラが窓枠を破壊した。


「おい、人間。俺は悪魔ベナカーイ。貴様ら、名前は?」

「俺は拓海、こっちが莉子です」

「よし、拓海に莉子だな。危機を救ってくれたことには感謝する。貴様ら、あやつが何者かは知っているのか?」

「それは私が答えるわ」


 拓海たちが振り向くと、そこにはルビーがいた。ぎく浩太こうたとクラリスとキマロも来ている。


 そして、ルビーがベナカーイに話し始める。


「その前にベナカーイ。その子たち、パニックになられたら足手まといだから私の指示で眠らせたのだけれど、任せていいかしら?」

「む、この3人か? まあ、良いだろう」


 ベナカーイは尻尾と腕で掴んでいた女子生徒二人と男子生徒を自分の背中に押し付けた。すると、3人の身体に黒い霧のようなものが纏わりつき、悪魔の背中に固定された。


 ベナカーイがオカルト研究会の3人の安全を引き受けたことを確認し、ルビーが続ける。


「あの茂人という少年は、怨霊おんりょうに憑かれている。基本的にはそれだけよ」

「ただの怨霊だと? まさか! あれはどう見ても悪魔である俺の力を上回っているぞ……」

「憑かれた状態で力を増したのよ」

「フフフ、その通りだ。この少年は憑依しやすい体質でな。いくつもの怨霊がこの少年に取り憑いた結果、私を形作った。このように少年の身体を支配することもできるようになった。そして、周囲の人間の負の感情を吸収できることに気づいてな」

 茂人が言う。


「負の感情だと?」

「人間が怒りや憎しみといった感情を抱いたとき、それは悪意のエネルギーとなる。怨霊である私にとっては力の源のようだな」

「人間の悪意を吸収しただけで悪魔の力を超えたというのか……?」

「そうだ! そして、人間を超えるモノ、例えば悪魔である貴様を吸収すれば、どのような力を得ることができるのか。それを試したかったまでよ!」

 茂人はそう言うと、その身体から赤いオーラが暴風のように周囲に巻き起こり始めた。


 拓海たちは思わず姿勢を低くする。そうしないと飛ばされてしまいそうだと拓海は思った。


「こ、これは……! 何という力じゃ!」

 キマロが叫んだ。地球のことはよく分からなくとも、竜神族であるというキマロの特性が、対峙している相手の強さを感じ取らせたのだろう。


「実際、人間の悪意を吸収しただけで、悪魔を凌駕する力を身に着けたというのは驚くべきことね。あと3ヶ月放置していたら、恐らく私たちには倒せないレベルに成長していたわ」

「そ、そんな危険な相手だったの!?」

「だ、大丈夫なんですか!?」

 赤いオーラの風が巻き起こる中、クラリスと浩太が叫んだ。


「今はまだ、そこまでの存在じゃない。ベナカーイが吸収されてでもいたら分からなかったけれど」

「女、貴様は人間ではないようだが、他の者は人間のようだな。人間を守りながら私が倒せるかな!?」

 そう言うと、赤いオーラが次々と形あるモノに変貌していった。牙のある鳥や、アメーバのような軟体、二足歩行の化け物といったモノに変身していく。


「行け、我が分体よ!」

 茂人がそう言うと、その分体は拓海たちに襲いかかってきた。


「私が守る必要なんてないのよ。その子たちを舐めてはダメよ」

 ルビーが茂人に向かって言った。


「みんな、やるぞ!」

「「「了解!!」」」

 拓海の掛け声に莉子たちが答え、全員が懐から銃の形をした魔具を取り出した。フェイズド・クリエイション・ピストル。人間の世界の兵器である銃と、怪異の世界の力を融合させた武器で、ルビーから渡されていたものだ。


 弾丸を使用しないため、物理的破壊力は本物の銃に遠く及ばないが、汎用性に優れている。怨霊の分体さえも攻撃することができた。また、位相を調整することで、人間には全くダメージを与えないようにすることができ、拓海たちのような銃の素人が使っても味方への危険は少ない。


 拓海たちは次々と茂人が作り出す分体を撃ち抜いた。キマロが持てる大きさではないためキマロは指示出しをしている。拓海と日菜菊はお互いの死角になりそうな方向に注意をしつつ攻撃を繰り出しており、莉子は時おり退魔の魔具を使って防御も引き受けている。


 浩太とクラリスも息を合わせながら怨霊の分体に対処していた。


「ちっ! やるな……。だが、私自身が襲いかかればひとたまりもあるまい」

「それは、私とベナカーイを倒さないと実行できない」

 ルビーがベナカーイの前に立った。


「良いだろう、貴様らの力、見せてみろ!」

 茂人は右手に赤いオーラを集中させ、ルビーに殴りかかって来た。その腕に向かってルビーの髪の毛が絡みつき、パンチを止める。


 茂人は今度は左手に赤いオーラを集中させ、ルビーの髪の毛を手刀で切り裂いた。そこにできたスキに対し、ルビーは手から青い光を放出して茂人を攻撃した。怯んだ茂人に、ベナカーイが追い打ちで紫のオーラを浴びせかける。


「ぐぬ!?」

 茂人は堪らないといった表情で後退した。


「怨霊、その少年を解放しなさい」

「できん相談だな! そんなことをすれば私の行く先は決まってしまう」

「そうよ、じゃない? あなたは本心ではそれを望んでいるはずよ」

「黙れ!」

 茂人は赤いオーラから新たに複数の分体を創り出した。拓海たちを攻撃している分体より5倍はサイズが大きい。そして、その巨大な分体たちはルビーとベナカーイに攻撃を仕掛けた。


 ルビーは腕にまとわせた青い光で、ベナカーイは紫のオーラでそれを凌ぐ。茂人本体も分体たちと一緒に攻撃を仕掛けたが、ルビーが上手くそれを捌いている。


 無限に湧いてくるかのような分体だったが、拓海たちを襲う数も、ルビーとベナカーイを攻撃する数も少しずつ減少していった。怨霊の力が少しずつ消耗されているようだった。


「くそぉ、かくなる上は!!」

 茂人はそう言うと、右手に赤いオーラを集中させ始めた。辺りにいた分体はそこに吸い込まれた。


「残りの力を全て使う気か!」

「そのようね」

 ルビーの腕の青い光も一層強くなった。それは茂人の攻撃を防御するために違いなかった。


「くらぇぇえ!!」

 茂人は叫び、両手を前に突き出した。集中させていた赤いオーラがビームのようにルビーを襲う。ルビーは青い光でそれを受け止めた。


「ぐっ!? なかなかの力ね……。しかし、まだまだその程度では!」

 ルビーが気合いを込めると、青い光が赤いオーラのビームを霧散させた。それを撃った茂人の身体にはほとんど赤いオーラは残っておらず、辺りに散った赤いオーラが地面に降り注ぐだけだった。


「マ……マジか……?」

 そう言うと、茂人は仰向けに倒れた。

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