3-11話 地球で異世界の魔術

 ぎく壮亮そうすけの肩に手を起いた。


「壮亮さん、まずは傷を治して。ここは、私に任せて」

「え……何を?」

 日菜菊は壮亮を窓からどかせると、窓枠に足をかけた。深呼吸し、足を踏み込んでジャンプした。壮亮は言葉にならない悲鳴を上げた。ただの人間であるはずの日菜菊が何をしようとしているのか理解できなかったのだろう。


 しかし、日菜菊の身体は空高く飛び上がり、津麦つむぎとスカリフルのいる崖まで到達した。


「む、なんだ貴様?」

 日菜菊が崖まで飛んできたのを目にしたスカリフルが言った。


「調子に乗るなよ、ヴァンパイアふぜいが」

 日菜菊は挑発するようにスカリフルに言った。


「なに?」

 思わぬ言葉を浴びせられ、スカリフルは津麦の両肩を放した。津麦の身体が地面に落ちる。


「う……あ……」

 津麦は、自由になった両手で両肩を押さえた。激痛のせいか、震えている。


(ひどいことをする……。時間取らせてごめん、津麦さん)

 日菜菊は心で津麦に謝罪した。


「貴様、ヴァンパイアではないな? だが、ここまで飛んできたということは貴様もヴァンパイア・ハンターか?」

「おいおい、笑わすなよ。怪異はヴァンパイアしか存在しないとでも思っているのか?」

「怪異……だと?」

 スカリフルは右腕を振りかぶると、津麦にしたように日菜菊に飛びかかってきた。


(よし、見える……!)

 日菜菊はスカリフルが振り抜いた右腕を左手で掴んで受け止めた。


「な、なに!?」

 スカリフルは脅威を感じたのか、日菜菊からステップで距離を取った。


 日菜菊はただの人間だ。怪異としての性質は、拓海たくみと魂を共有しているというその一点だけだった。しかし、それが今この状況において大きなアドバンテージを生んでいる。


 今、拓海が異世界ゾダールハイムのゲート監視所を訪れている。それは、ゾダールハイムのマナが拓海の中に流れ込むことを意味していた。そして、それは空間を超えた繋がりによって日菜菊にも流れ込んでいる。拓海に身体強化術を使えば、日菜菊にも効果が現れる。


 こういうことを真っ先に思いつくのは莉子りこだった。ゾダールハイムで莉子がこれを思いついた時に実験済みだ。


 しかも、今回、身体強化術を使っているのはキマロだ。以前、ゾダールハイムで兵士に試させてもらった時とは違う、竜神族の魔術なのだ。それは、スカリフルを相手にできるほどの身体強化を日菜菊にもたらしていた。



「どうした? を相手にするとは思わなかったかヴァンパイア?」

 このような口調を使っているのも作戦だった。日菜菊を危険な怪異だとスカリフルに思わせ、悩ませる。


「…………」

 スカリフルは見定めるような表情をし、突進してきた。日菜菊はそれをステップで交わし、スカリフルの左脚に蹴りを入れる。


「く……小娘!!」

 スカリフルが連打をしてきた。キマロの身体強化が効いているとはいえ、物凄い速さだった。だが、日菜菊は怯むことなくさばき、迎撃の突きを繰り出す。


「ぐあ!!」

 日菜菊の一発がスカリフルの脇腹を捉えた。たまらず、スカリフルはステップで横に距離を取る。続けて放った日菜菊の一発が外れ、スカリフルのいた後ろの岩壁を砕いた。


 日菜菊はゆっくりとスカリフルのいる方へ振り向いた。なるべく余裕のありそうな態度、得体の知れない人外だと思わせる振る舞いで。


「ひ、日菜菊さん……?」

 まだ痛みに震えていたが、津麦は日菜菊の奮闘を信じられないという表情で見ていた。


「貴様ぁ!!」

 スカリフルが激昂して日菜菊に突っ込んできた。スカリフルの連打に、日菜菊も連打で返す。いくつかは日菜菊も被弾したが、身体強化は防御にまで及んでおり、致命傷には至らない。


 日菜菊の攻撃もスカリフルに届いており、いくらヴァンパイアに再生能力があるとはいえ、効いているようだった。


「う……ぬぅ!!」

 スカリフルが指を突き立てる。先ほど津麦に使った攻撃だ。日菜菊にはそれが風の刃だと見えた。横にステップしたが、左腕をかすめてしまい、血が飛ぶ。


(ぐ……痛っつ!!)

 日菜菊と拓海の心の声だ。痛がっていることをスカリフルに悟らせないように、日菜菊は表情を崩さず、代わりに拓海が歯を食いしばる。


「はぁ、はぁ、くっくっく、これは効くようだな?」

 息を切らしながらスカリフルがそう言うと、日菜菊は血のしたたる左腕を眺め、次に左腕を一振りした。そして、左腕をスカリフルに見せつける。


「さあ? どうだったかな?」

「な、なんだと!?」

 血を振り払った日菜菊の左腕に傷は無かった。


 今度は、ゾダールハイムでクラリスが拓海に回復魔術をかけたのだ。当然その効力は日菜菊にも発揮される。ヴァンパイアの再生能力を大きく上回る回復を見せつけられ、スカリフルは動揺しているようだった。


「小娘、何者だ……?」

「正体をわざわざ明かす必要はないな」

「生意気な口を……」

 スカリフルが疑問を口にしている間、拓海がキマロに状況を伝え、身体強化術を弱めてマナの消費を抑える。拓海から供給されるマナの速度には限界があるからだ。このように、スカリフルの動揺を誘うなどして、休み休み攻防を進めるしかなかった。


「正体は分からずとも、貴様のような危険人物はここで確実に仕留める。どうやらあの宿の中にも仲間がいるようだな? 私の相手ばかりをしていて良いのか? 私のグールたちが宿の中を狙っているぞ」


 スカリフルは日菜菊の注意を分散させるためか、宿のことを口にしたが、グールのことは莉子に任せている。日菜菊が身体強化術で一体一体相手にするより、魔具についてルビーとよく話をしている莉子の方がよほど向いているだろう。


「さっき、怪異はヴァンパイアだけでないと言った。お前のグールたちはが何とかするだろうよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る