神正世界戦争:氷帝現る

 同刻。凍てつく厄災は、空を飛べない厄災達を送り届けて自分の持ち場に移動していた。


 死と霧の世界ヘルヘイムと言う移動手段にも使える便利な異能は、空を飛べない厄災達にとってかなり重宝するものであり、イスも頼られること自体は悪い気はしないので張り切って空を飛ぶ。


 唯一不満があるとすれば、彼女の親がその背中に乗っていないことだろう。


 戦争が始まってから山のように押し寄せる報告書は、仁と花音の時間を奪い、厄災達の活躍を見る所ではなくなってしまっているのが1つと、旧シズラス教会国での動きが怪しくなっておりアゼル共和国に情報やらを流すのに忙しい。


 更には、神聖皇国で教皇に呼び出されていたりと、とにかくあちこちに飛び回っては何かとやる事があった。


 まだまだ親に甘えたいイスとしては、普段その背中に感じる重みがない事に不満を持つのも仕方がない。


 賢く、空気の読める子ではあるものの、甘えたいと言う感情を持つのは自然と言える。


 「着いた」


 翼以外を人化させ、国を見下ろすイスの目に感情は宿っていない。


 今から行われる大量殺戮よりも、早く仁と花音の元に戻りたいと言う気持ちの方が大きかった。


 日は既に沈んでおり、星々が天を照らすこの時間。人々が寝静まるには少し早いその時間に、厄災は降り注ぐ。


 「さっさと終わらせて帰ろう。早くパパとママに会いたいし」


 イスはそう呟くと、氷帝たるその力を使いこの国を凍てつかせる。


 「“死と霧の世界ヘルヘイム”」


 国を覆うほどの霧と死は、若干不機嫌な幼い子供の感情を読み取って冷酷に吹き荒れた。


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 マゼル共和国は、今回滅ぼされる国の中で唯一海に面している国だ。


 魔導船と呼ばれる魔力を動力源としたこの船は、戦争においてかなりの活躍を見せることになる。


 海を渡って神聖皇国に攻撃を仕掛けることも可能であれば、物資を正教会国から海を経由して受け取ることもできた。


 そんなマゼル共和国の柱とも言える魔導船と言えど、夜の航海は危険なので大人しく港に船を付ける。


 今日はタイミングよく全ての魔導船がこの国に戻ってきており、乗組員達は久々に会う友人達と仲良く話していた。


 「へぇ、それじゃ正教会国の金持ち連中はこの香水をつけているのか」

 「あぁ、匂いがキツくなく、花のいい香りが漂うんだとよ。とは言っても三ヶ月前の話だから既に流行は変わっているかもしれんがな」

 「都会の流行はすぐに移り変わるからな。この国の首都ですらも、目まぐるしく流行が変わるから仕入れも大変だぜ」

 「全くだ。ウキウキで仕入れてきた品が、既に流行を過ぎて下火になっていた時なんかは大損だからな........」


 3ヶ月の長い航海を終えた乗組員と、近場で仕入れをする乗組員は仲良く正教会国の流行りについて話す。


 航海は陸で行くよりも早く、安全ではあるものの、沖に出すぎたりすれば魔物に襲われる。機嫌の悪い天候に飲まれる日もあれば、逆に機嫌が良すぎて干からびる程の暑さを伴う日もあった。


 魔法で水を作れるとは言っても、限界はある。何十人と乗り込む船では、水は貴重品として扱われていた。その為、暑さを凌ぐために水をがぶ飲みしたり、頭から被ることは出来ない。


 海水は塩分を含んでいるため飲めないし、頭から被れば全身がベタつく。


 水に囲まれていながら、水が不足するなんてよくある事だ。


 お互いに苦労を分かり合いながら、一杯やらないかと言う話になっていたその時。


 1メートル先を見るのも困難な程にまで濃い霧が、突如として港を覆う。


 霧がよく発生する場所ではあったが、基本的に霧が発生するのは朝方であり、こんな唐突に霧が発生することもない。


 港に居たもの達は、何が何だか分からず混乱した。


 「な、なんだ?!」

 「霧?!こんな時間に霧なんて出てきたことないぞ?!」

 「まさか、魔物か?!」

 「急いで海から離れろ!!魔物が来るかもしれないぞ!!」

 「港から離れるって、視界が遮られ過ぎて何がなんだか分からねぇよ!!」


 海には幾つか都市伝説がある。


 その中の1つに霧と共に現れる魔物と言う伝説があり、霧が突如として周囲を覆うと全長100メートル以上の大きな影が出現すると言う話だ。


 船乗りの中でもかなり有名な話であり、その正体は海竜なのではないかと言う話もある。


 ともかく、霧から逃げる事が第一だと結論に至った乗組員達は、慌てて海から離れるように駆け出すが、あまりに濃すぎる霧の中では方向感覚が滅茶苦茶になってしまっている。


 何十年と船乗りをやってきたベテランですら、間違った道を進むのだから新人や中堅が迷わずに海から離れる事など出来もしない。


 更に、自分の足場すらも見えない状況で走り回る為色々なものに引っかかって転んだりもした。酷い者だと海に落ちる者までおり、慌てて上がろうにもそこは既に霧の世界。どこに行けばいいかも分からずに海の中を藻掻くしか無かった。


 「なぁ、なんか寒くねぇか?」

 「そうだな........なんか寒いぞ」


 流行に着いて話していた2人は、霧が発生すると同時にお互いの位置を確信し合い、はぐれないように手を繋いでいた。


 野郎と手を繋ぐのは正直言って嫌だったが、霧の中で迷うよりはマシと二人とも割り切っている。


 死ねばそこまでなのだ。


 霧の中、正しい道を進んでいた二人はしばらくしてその肌寒さを感じ取る。


 先程までは混乱もあって肌寒さなど感じなかったが、少し余裕が出来たことで寒さを感じるようになった。


 「霧のせいか?」

 「まず間違いなくそうだろうな。けど不味いぞ、だんだん冷えてきている。このままだと全身が凍りついちまう──────────っな?!」


 そう言って再び歩き出そうとしたが、足が思うように動かない。


 霧で視界が悪い中しゃがんで足元をよく見ると、足が地面と一緒に凍りついていた。


 「足が凍っていやがる!!どうなってんだ?!」

 「俺もだ!!やべぇ、動けないぞ!!」


 なんとか氷を剥がそうと藻掻く2人だが、理を逸脱した氷を砕くには相当な力が必要となる。


 それこそ、人外の領域に立つものでなければ、その氷を砕くことは叶わない。


 「くそっダメだ!!おい!!どうする?!」

 「もうダメだ!!死ぬしかないだァァァァァァ!!」


 徐々に体を這い上がる氷は、確実にその体の体温を奪う。更には、吸い込んだ空気が肺を凍らせ、最終的には内蔵全ても凍らせた。


 内側からも凍らされた人々が生きることは難しく、鼓動を止めた人体は緩やかに死を辿る。


 港だけではない。マゼル共和国全てが凍りつき、その地に生きる全ては氷と化した。


 国は凍って滅んだのだ。


 “私が見たのは氷漬けにされた国だ。人も草木も建物さえも、全てが凍りつき幻想的な世界を作り出している。人が死んでいるというのに、思わずその美しさに声を上げてしまった。地面すらも凍ったこの世界は、正しく別世界。何より、凍っているのに冷たくなく、寒さも感じないとなれば最早神の御業と言っても過言では無い。何があったのかは何一つとして分かっていないが“美しい”ということだけが分かっている。国そのものが凍ったといか言いようがないその光景は、神から下された天罰とも言えるだろう”──────────神正世界戦争“とある旅人の記録”






 イスもネタバレの宝庫なので、解説無し。君達ネタバレすぎるんよ。

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