ラヴァルラント教会国①

 地獄の訓練を自ら望んでしまったラナー達に手を合わせつつ、その日は拠点でゆっくりと休んだ。


 イスはまだまだ元気に空を飛べそうだったが、地形の見えない暗闇の中知らない土地に行くのは危険だ。


 地図が正確では無いし、視界が悪い中態々危険を犯してまで急ぐ必要は無い。


 迷子になって帰れなくなりました、とかになったら笑い話じゃ済まないからな。


 しっかりと休息を取った翌日、シルフォード達に簡単な指示だけを出して、朝日が昇る空を飛んでいく。


 旧シズラス教会国の動きがきな臭いものの、監視はしてある。


 もし、彼らが動き始めようとすれば、必ずその兆候は現れるので完全な不意打ちは無いだろう。


 万が一があったとしても、闇に紛れた子供達に任せればなんら問題はない。地獄の訓練でシルフォードたちが動けなくとも、1日2日は容易く時間を稼いでくれる。


「寝起きにこの朝日は厳しいな........」

「仁は朝あまり強くないからねぇ。徹夜してた方が動けるんじゃない?」

「それはありそうだな。昔よりは朝に強くなったけど、命がかかってない場面では動けん」

「命がかかっているのに動けなかったら、今頃私達は死んでるよ」

「ははっ違いねぇな」


 朝、脳を活性化させるために会話をしていると、服の影の中からベオークがひょっこりと顔を出す。


 つぶらな瞳をしているものの、どこか眠たげな彼女は俺の頭に登るとグッと伸びをした。


『おはよう』

「おはようベオーク。随分とぐっすり眠った様だな?」

『子供達の面倒を見ていたワタシを急に呼び出して、空を飛んだのはどこの誰?お陰で寝不足』

「そんな奴がいるのか。なんて非道で自分勝手なやつだ。俺がそいつの顔面を殴り飛ばしてやるよ」

『カノン、鏡持ってる?』

「無理だよベオーク。鏡を見せても、それを叩き壊して終わるだけだよ」

「よく分かっているじゃないか花音。鏡に映ってるやつを殴れば万事解決だもんな!!」

『ジンは1回本気で殴られたらいいと思う』


 ペシペシと頭を叩くベオークは、まだ眠たげなまなこを擦ると再び影の中に入っていった。


 まさか、二度寝するつもりか?


『着いたら起こして。もうひと眠りする』

「二度寝とか贅沢だなおい。俺も寝たいぜ」

『寝ればいいじゃん』

「馬鹿言え。我が子が頑張って空飛んでるのに、その上で爆睡する親がどこにいるって言うんだよ。なぁ?イス」


 そう言って俺は、イスの冷たく綺麗な鱗をポンポンと叩く。


「キュア?キュアァ!!」

「ほらイスも同意してる」

『........今の会話絶対聞いてなかったと思う』


 うん。俺もそう思う。


 俺は可愛らしく吠えるイスの鱗を撫でながら、ラヴァルラント教会国とカランドウ王国を隔てる山脈を見つけに行くのだった。


 しばらく飛ぶと、目的地付近に辿り着く。


 途中から地形を見ながら移動していた為時間がかかってしまったが、目の前には大きな山脈がそびえ立っていた。


「でっけぇ。アレを越えるのはちと厳しそうだな」

「さすがは世界最大の山脈だね。アルプス山脈とかこんな感じだったのかな?」

「キュアー」


 そびえ立つ山脈は正に国を隔てる国境線。地平の彼方にまで続くとも思える馬鹿でかい山脈は、ここより先には通さないと言う意志を感じるレベルだ。


 教皇の爺さん曰く、この山脈を越えてラヴァルラント教会国は戦争を仕掛けてくるらしいが、流石に無理なんじゃね?


 前の世界で言えば世界最高峰のエベレスト並の高さを誇るこの山脈を、物資や装備を着て越えるのは流石に無理がある。


「これどうやって越えるんだ?」

「山脈なんだから、小さい山もあるでしょ。そこを登るんじゃない?」

「その小さい山脈でも3000m近くありそうなんだが........」

「そこはほら、気合いで登るんだよ」

「いや無理でしょ。登山家とかなら兎も角、農民が登れるとは思えんがなぁ」


 魔法や異能がある世界なので無理とは断言できないが、3000mの山を登るのもかなりの重労働なのだ。


 昔、親に連れられて富士山を登った事もあったがアレは地獄である。


 親父が“たまには家族らしく旅行に行こう!!”とか言わなければあんな辛い目に会う必要もなかったのに........


 しかも、その日は天候が悪く山頂に到達しても良い景色を見ることは出来なかった。どこを見渡しても白白白。その日以降、親父もお袋も旅行に行こうとは言い出さなくなったな。


 今思えば懐かしい記憶だが、当時は割と本気で親父を殺そうかと思った程だ。蜘蛛は居ないし蛇もいない。まだ前人未踏のアマゾンの奥地の方が楽しかった事だろう。


「って言うか、これより大きいアスピドケロンってすごいね。アスピちゃんが動き出したら世界が終わりそう」

「そりゃ、“浮島”なんて二つ名をつけられるほどにまで巨大な奴だからな。歩くだけで大災害だ。今ある拠点は間違いなく潰れるし、周囲になる国は尽く滅ぶと思うぞ」

『ファフニール曰く、大量破壊に関しては最強格って言ってた』

「むしろ、アレよりも大量破壊に優れた奴がいる方が驚きだがな........」


 歩く山脈と言えば少しかっこいい気もするが、見たいとは到底思えない。


 一歩歩く事に地震が起こり、大地は割れ、街は崩れ落ちて人は死ぬ。


 挙句の果てには、本人の戦闘能力も高いと来た。実際に見たことは無いが、ウロボロス曰く、口から放たれる光線は掠っただけで焼け野原になるらしい。それをバカスカ打てるものだから、もはやラスボスだ。


 山脈の話から脱線してアスピドケロンのヤバさについて話していると、イスが山脈の低い場所を発見する。


 低いと言っても3000m近くありそうだが、越えられない訳では無い。


 イスは軽々と山脈を超えると、ラヴァルラント教会国内に侵入した。


「ここがラヴァルラント教会国........だよな?」

「さぁ?どうだろう。この山脈、大きすぎて他の国にもまたがってるから別の国かもしれないね」

「まずはそこから確認しないと行けない訳か........」


 俺は軽くため息を付きながら、地図を取り出して地形の把握に務める。


 ぶっちゃけ、全く宛にならない地図なので目印になるものが出てこないと場所が分からないのだが、そこは気合いで何とかするしかない。


 しばらく地図と格闘しながら空をゆったりと飛んでいると、ようやく目印になっていそうな街を見つける。


 山脈から近く、森が生い茂っている付近に立てられた辺境の街。


「えーと........あった。どうやらラヴァルラント教会国に間違いなさそうだな。花音。多分ここだよな?」

「んー、そうだね。位置的にそうだと思うよ」

「念の為、子供達を放って情報は探らせるか」

「その間はどうする?」

「昼休憩って事で、森の中で自然を感じながら飯にしよう。今日は焼肉だぞー」

「キュア!!」


 焼肉という言葉に反応して喜ぶイスを落ち着かせながら、俺達は森の中へと降り立つのだった。

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