過去の意思は受け継がれて

 ギルドマスターに別れを告げたあと、俺はバルサルの街にいる顔見知りに別れの挨拶をしに行った。


 一年以上もこの街と関わっていると、嫌でも知り合いは増えていく。よく買い物に行くパン屋のおばちゃんやアル中のジジィエルフ等、最早常連になっている店には軒並み顔を出しておいた。


 「ほー。暫くその顔を見ないで済むと思うと清々するな」


 よく行く店の一つである魔道具店マルネスに顔を出した俺達は、店主であるマルネスと話していた。


 「おいおい、金を落としてやってる上客に向かって舐めた口聞くじゃねぇか。いいのか?素寒貧になって路頭に迷っても」

 「お前以外にも客はいるって言ってるだろ。そりゃ、最近は生活に余裕ができたけどな」


 マルネスはそう言うと、ガサゴソとカウンターの下を漁り、何かを取り出すと俺に放り投げる。


 キャッチした物を見ると、ビー玉程の小さな結晶だった。


 真ん中には穴が空いており、そこに紐が通されている。首から掛けろってことかな。


 「なんだこれは?」

 「簡易通信機さ。お前がローゼンヘイスのお嬢様に渡した物と性能はほぼ同じだと考えていい。私の力が必要になったら頼れ。多少は手伝ってやろう」


 おい待て。なんで俺がリーゼンお嬢様に簡易通信機の魔道具を渡したことを知ってんだよ。


 渡したの昨日だぞ?しかもバルサルの街で渡したのではなく、首都のデルト、それもリーゼンお嬢様の屋敷で渡したものだ。


 リーゼンお嬢様があちこちに自慢していたとしても、バルサルに話が流れてくるには早すぎる。


 俺は受け取ったビー玉の魔道具を握りつぶさないように気をつけながら、少々ドスの聞いた声でマルネスに話しかけた。


 「何故それを知っている?」

 「そんな怖い顔するなよ。私は情報屋でもあるんだぞ?確かにバルサルが私の庭ではあるが、それ以外の場所の情報を集めないわけじゃない。そうだな........例えば神聖皇国と正教会国の動きが怪しい事も知っているし、ドワーフ連合国ではちょいとした祭り事があったりする。他にも、神聖皇国だけではなく、その同盟国更には獣王国や合衆国までもが怪しい動きをしていると思えば、正教会国の同盟国も似たような動きをしている。他にも、どこぞの傭兵さんが神聖皇国では英雄扱いされていたり、その英雄は私の目の前にいたり........とかね?」

 「........」


 可愛らしくウィンクしながらこちらを見るマルネスだが、俺はマルネスの目を見つめて固まった。


 流石の花音もこれには驚いたらしく、大きく目を見開いてマルネスを見ている。


 イスだけは途中で買った干し肉を齧っていたが........まぁ、可愛いからいいか。


 神聖皇国とその他の11大国の動きを正確に把握しているのも驚きだし、何より俺たちの正体を知っているのも驚きだ。下手をすれば俺達の拠点まで知られているかもしれない。


 神聖皇国からアゼル共和国までは陸路だとかなり距離がある。俺達のように空を飛べば別だが、この世界には飛行機のようなものは無い。


 神聖皇国、それも、首都でしか噂されない話がアゼル共和国という小国の耳に入ることはまず無いと言っていいだろう。


 情報化社会の地球ならともかく、まともな連絡手段が手紙であるこの世界では隣国の噂話なども滅多に入ってこない。


 だからこそ、俺達も蜘蛛を使って好き勝手できる訳だが。


 神聖皇国は大国だ。大国の動きを見るために噂話なども集めるのは理解出来る。しかし、それをするのは国を纏める上の役目であり一介の情報屋がやるような仕事ではない。


 それに、マルネスには蜘蛛の監視を付けている。報告書でもマルネス合衆国この街を出たと言う情報はない。


 一体どうやって外の情報を集めたんだ?


 「顔が硬いままだぞ?仮にも傭兵団の団長なんだからポーカーフェイスぐらいできないとなぁ?」

 「........なぜ、俺にこれを渡す?」

 「念の為って奴さ。嫌なら返してくれていいぞ。それ、割と貴重な素材を使ってるから壊すのは勘弁して欲しいがね」


 マルネスはそう言うと、トコトコと俺に近づいてきて耳打ちした。


 「もし、自分の事を“人類の祖”と呼ぶものがいたらそれで呼べ。タダでくれてやるから大切にな」

 「は?じんる──────────もがっ!!」


 俺が聞き返そうとすると、マルネスはその口を抑える。


 「声は抑えろ。どこに耳があるかわからんからな。公にこの言葉は使うなよ?下手をすれば、これから起ころうとしている事よりも面倒になる。女神もそうだが、奴らもクソだ。目をつけられない事を祈っているよ」

 「何の話だよ」

 「カノン。君もだ。今の話が聞こえていただろう?君も気をつけろ」

 「んー?何の話かよくわかんないんだど?」


 花音も俺と同じように首を傾げる。急に“人類の祖”とやらに気をつけろと言われても困る。


 マルネスはどこか寂しげな笑顔を浮かべると、静かに呟いた。


 「分からなくていい。むしろ、分からないで欲しいな。その方が........平和だ」


 それ以上は語ろうとしないマルネスは、さっさと帰れと言わんばかりに店の奥に消えていく。


 「なんだったんだ?」

 「さぁ?急に謎キャラ感出されても困るねぇ」

 「それは確かにそうだな。前から変なやつだとは思っていたが、今回はおかしすぎる」


 俺はその手に持った魔道具をしばらく見つめた後、首からかけることにした。


 妄言と笑い飛ばすことも出来るが、俺の感が言っている。いつかコレは必要になるだろうと。


 「傭兵ギルドに戻るか。夕飯を食いに」

 「今日で食べ納めだからねぇ。いっぱい食べておかないと」

 「お腹が弾けるまで食べるの!!」

 「いや、弾けるのはやめてくれよ?」


 俺達はそう言いながら日の沈みかけた街を歩くのだった。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 仁達が帰ったことを確認したマルネスは、紅茶を入れると静かに一口飲む。


 「予想より少し早いぐらいだな。全く、お師匠様も人が悪い。面倒事を全て私に押し付けて先に他界されるのだから。あぁ、兄弟子もそうだな。私に全てを押し付けてポックリと死にやがって........」


 マルネスはそう言うと、首から下げた魔道具のひとつを手に取って眺める。


 「あの頃に戻りたいなぁ........何も知らず何にも囚われず魔道具を魔法を魔術を研究していたあの頃に」


 その魔道具に魔力を込めるが、一切動くことは無い。既に壊れているその魔道具はマルネスの手で直すことは無い。


 思い出と共に壊れたままの魔道具を見てマルネスは小さく呟いた。


 「昔に戻りたい........」


 それだけをつぶやくと、マルネスは残った紅茶を一気に飲み込んで席を立った。


 僅かに香る闇の気配。それに気付かないふりをしてゆっくりと伸びをする。


 「さて、仕事に戻らないと。どの時代も金は必要だからね」


 その顔はやはり、寂しげで、戻ることない思い出にふける乙女のようだった。

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