第181話 白いウサギ亭の看板娘たち


「アンだとコラア!!もういっぺん言ってみろや!ああん!?」


 今日日、マフィアでもなかなか言わない、ドスの利きまくったセリフが白いウサギ亭の前で木霊する。

 声だけを聞けば即通報案件なんだけど、誠に残念なことにそれは決して適わない。


 ドスを利かせまくって俺にメンチ切ってきているのが、他ならない衛兵の団体さんだからだ。


「臨時休業たあどういうこった!?」


「だから、急な用事ができてランチはできなくなったんですよ。明日はちゃんと開けますから、今日のところはお帰りください」


「だったら、その理由を話せっつってんだよ!!」


 ちなみに、集団の先頭に立って俺にメンチを切ってきているのは、衛兵隊の部隊長さん。もちろん常連だ。

 長年、この区画一筋で治安を守ってきた、いわゆる顔役の一人で、最近ランチに来る衛兵達の行儀が特によくなっているのはこの人のおかげだ。

 それだけに、部隊長さんが一度暴走すると、こうして全員のタガが外れてしまうわけだけど。


 ――ていうか、仕事はどうした?


「なあテイル、俺達は別に料理が出てくるのが遅くても、量が少なくても文句ひとつ言う気はないんだ。ただ、ターシャちゃんの笑顔を一日一度は見ないと、仕事にならないんだよ」


「そうだそうだ」「ターシャちゃんに会わせろ」「なんならシート料も払うぞ」


 ご近所さんに気を遣ってか、決して声を張り上げない衛兵達だけど、俺に向ける目が全員血走っている。なにとは言わないけど、末期症状にしか見えない。

 あと最後、うちを夜の店と勘違いしてないか?


「店の邪魔になるというなら、せめてターシャちゃんに一目会わせてもらえれば、大人しく帰る。絶対に迷惑はかけないから、何とかしてくれんか?」


「無理ですよ。だって、ターシャさんは買い物に出てて、今居ないんですから」


 他ならない常連さんの頼みだ。俺としてもターシャさんに聞くくらいのことはしてあげてもいいと思うけど、肝心の本人が居ないんじゃ、話にもならない。

 今日は休日ということで、ターシャさんがいつ帰ってくるかもわからないから、絶賛サボタージュ中と思われる衛兵達を待たせるわけにもいかない。

 ちなみに、なんで休日のはずの俺がここにいるのかというと、ダンさんの命令で仕込みの手伝いをしているせいだ。

 なんでも、経営者に定休日は存在しないらしい。……店長に命令される経営者?

 とにかく、いないものはいないんだから帰ってもらうしかないんだけど、殺気立ち始めた衛兵達を説得できる自信なんか全然ない。

 どうしたものかと罵声を浴びながら必死に考えていると、


「おいお前ら、これ以上近所に迷惑をかけたら明日から十日間、衛兵隊を出入り禁止にするからな」


 厨房から出てきたダンさんの鶴の一声で、暴徒化しそうになっていた衛兵達が一斉に押し黙った。


 ――俺に対する態度と、ずいぶんと違わないか?


 衛兵達を止めてくれたダンさんに感謝するのと同時に、なにか釈然としないものを抱えることになった出来事だった。






 翌日。いつも通りにランチタイムが始まった、白いウサギ亭。


「ターシャちゃんいつもの――な、なん、だと……!?」


 どう見ても部下に仕事を押し付けて来たに違いない早さで、最初のランチ客になった部隊長さん。

 まるで流れ作業のように指定席に座り、わかり切っている日替わり定食を頼もうと、いつもターシャさんが待機している方へ視線を向けた、部隊長さんの時が止まった。


「い、いらっしゃいませ……」


 いつもの明るさとは真逆の、つむじ風に掻き消えそうな儚げな声の主は、もちろんターシャさんじゃない。


「ほら、覚えた通りに言うだけでいいのよ」


「ゆっくり、ゆっくりでいいからね」


 知り合いのお針子に頼んで、急ピッチで作ってもらったお揃いの新制服に身を包んでいるのは、ターシャさん、リーナ、そして着なれない感じでもじもじとしながら恥ずかしそうにしている、ティアだ。


「ご、ご注文は、なんですか?」


「あ……、ああ、いつもの、じゃなくて、日替わりランチを」


「かしこ、まり、ました」


 そう言ったっきり、くるっとこっちを向いて厨房に駆け込んできたティアは、顔を真っ赤にしながら足に抱きついてきた。


 ――か、かわいい!


 思わず抱きしめ返してやりたい衝動を全力で抑え込みながら、平民の仕事の厳しさをここで教え込まなければという使命感と共に、ティアに厳重に注意する。


「ティア、一言でいいんだ。あのお客さんが何を頼んだのか、教えてくれないか?」


「……ひ、ひがわり、らんち?」


「ダンさん!日替わりランチいっちょう!」


 ――とんだ甘やかし野郎と罵ってくれてもいい。だけど、俺にはこれ以上厳しくは言えない……!!


 そう思いながら、恐る恐るダンさんを見てみると、料理中なのに左の親指をビシッと立てて頷いてくれた。

 厨房の外から見える常連客も、似合わない爽やかな笑顔を向けてくれていた。






「ふう、御馳走さん。勘定頼むぜ」


 部隊長さんの完食の声が聞こえた時、ターシャさんもリーナもティアも接客中だったから、男で悪いなと思いつつもお代をもらいに行く。


「今日は十二人だから……、大銀貨一枚でお釣りが小銀貨二枚ですね」


「あいよ。今日もうまかったぜ」


 お釣りを渡しがてら店先まで見送ると、満足そうな顔で出て行く衛兵達の最後尾につこうとした部隊長さんが、ふと思い出したように振り返ってきた。


「テイルよ、お前もわかってるだろうが、ターシャちゃんだけでも野郎どもが大変だったのに、明日辺りからえらい騒ぎになるぞ」


「あはは、別に人気を出すためにやっているわけじゃなくて、色々と事情があってのことですから、やめるつもりはないんですけど」


 ターシャさんに、リーナに、ティア。

 ジュートノルじゃちょっとお目にかかれない、それぞれタイプの違う美少女が三人もそろったことで、いつもの客ですら目の色が変わっていた。

 この噂が流れ始める明日以降となると、どれだけのやじ馬が押し掛けるか想像もつかない。


「お前やダンの考えることだ、そうだろうよ。まあ、常連客には俺達から声をかけて一見客が勝手なことをしないように気を付けておくから、滅多なことにはならんと思うがな」


「助かります」


 あれから。

 不審な言動が目立ったミルズを問い質して、不在中のターシャさんを巡るあれこれを聞きだしたことで、色々な意味で常連さんたちに支えられている白いウサギ亭だと改めて実感した。

 これが健全な経営かどうかはさておき、店も客も満足しているから、このやり方を変える気は特にない。

 ……ていうか、すでに俺程度の力じゃどうにも変えようがないくらいに、常連客の力が膨れ上がっているとも言えるんだけど。


「ちなみに、別にどっちでもいいんだが、あの新人美少女姉妹を入れることになった理由をこっそり耳打ちしてもらえると、こっちとしても守りやすくなるんだがな」


 ――なるほど。部隊長さんというか常連さんの眼には、リーナとティアが姉妹に映ったわけか。

 まあ、遠い親戚らしいからあながち間違ってもいないか。


「それは聞かない方がいいですよ。下手に知ったら物理的にクビになりかねないんで」


「……なるほどな。リーナ嬢の噂のあれこれを信じるなら、現実味が増してくるな。わかった。これ以上の詮索はせん」


「お願いします」


 仕事に戻るために店を後にする部隊長さんを見送って、厨房に戻る。

 カウンター越しには、慣れない仕事に額に汗しながら頑張るリーナとティアに、それを見守りながら的確に助け舟を出すターシャさん。

 確かに、これは誰でも見守りたくなる光景だなと思いつつ、ダンさんの怒鳴り声が聞こえない内に、野菜の皮むきを再開した。

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