第53話 元ドブスは卒業する
その夜、デートを終えて家に帰った私に結牙は文句タラタラだった。狼野郎と外泊がどうのとうるさかったのでお腹を4回殴っておいた。勝手に私の声を使ったのは、やはり結牙の指示だったようだ。姉さんの声ができる声優なんかいないと言われたが、そんなの知らないよ。まったく結牙め。
現在この家にいるのは私と結牙だけ。ママはハリウッドに行ってしまった。出稼ぎだそうだ。日本国内だと結牙のキャリアを邪魔するとの判断のようだ。顔を治したパパはボディーガード兼マネージャーとしてママに同行している。おかげで私達の生活は安泰だ。結牙も稼いでくれるし。ありがたいなあ。
そしてついに卒業式。あっという間の1年だった。
結牙は若き俳優としての地位を盤石のものとした。半年ほど前、ついにママ『磯野よしの』の息子であることがバレてしまったけど、もう誰も七光なんて言わないほどだった。むしろ日本国内では、あの往年の大女優が『浜ゆいが』の母親であったとの取り上げ方だった。
そんなママはこの1年で3本もの映画に出演、そのうち2本は主演。しかも1本はオスカーを受賞した。が、これはさほど騒がれていない。ママなら当然だとの評判だった。むしろ1年前に復帰したことがアメリカで大騒ぎとなったようだった。
パパはママ1人を守ればいいだけだそうなので気楽なようだ。ママを狙うストーカーや変質者、そして富豪は後を絶たないそうだけどパパにしてみれば楽勝だとか。
弁田君は3ヶ月前に出所し小中学校でバスケを教えるボランティアをしているそうだ。
サッカー部の4人はまだ塀の中だ。
城君はかねてから内定していた実業団へ行く。ここを足がかりにしてNBAを目指すのだ。
そして私は……
「卒業生代表挨拶。普通科、御前 静香」
席を立ち、ステージへ上がる。挨拶なんかしたくなかったけど、菅原先生に頼まれてしまったからな。
「今日の良き日にこの優極秀院高校を卒業できることを嬉しく思います。正直なところ、学校にはあまりいい思い出がありません。ですが、今になって分かる事があります。それはこの学校の校風である『弱肉強食』についてです。生徒同士が何をしようが、イジメをしようが部室で犯罪行為を行おうが、学校は関与しません。非常にユニークな学校だと思います。ところで、イジメをしたり、か弱い女を襲ったりするのは強者なのでしょうか?」
卒業生代表挨拶がこんなのでいいのかな。気にせず続けよう。
「そんなはずがありません。この学校における強者とは、成績上位者、またはスポーツの優秀者です。世の中では上に行くために時には他者を蹴落とすことも必要でしょう。しかし、そんなことをしてばかりで、自分を磨くことを忘れた者は決して強者にはなれない。そして、自分を助けられるのは自分しかいない。そのことを深く学んだ3年間だったと思います。」
パパやママに助けてもらってばかりの私が言うことじゃないけどね。
「1、2年生の皆さん。強く生きてください。他者を蹴落とす必要などないほど強く……
卒業生代表、御前 静香。」
会場は静まり返っている。失敗だったかな。あっ、1人だけ拍手をしてくれてる。城君だ……
もう……泣きそうになっちゃうよ……
それに先生方まで……あっ、1、2年生も……
終わったんだなぁ。色々あった高校生活が。
校庭では下級生の女の子たちが城君に群がっている。一緒に写真を撮りたいようだ。
意外なことに私のところにも下級生の男の子たちが集まっている。何回か勉強を教えた子が中心となっているようだ。彼らの目当ては写真だけでなく私の私物らしい。
口々に「リボンください」「ボタンを!」「ハンカチでいいから!」「じゃあ思い切ってジャケット!」「参考書が欲しいです!」「スカート!」「カッターシャツで!」などと言っている。制服はもう着ることもないからあげてもいい。参考書だってそうだ。結牙は大学受験をしないからあげても問題ない。
それにしてもスカートを欲しがるなんて変わった男の子もいるんだな。スコットランドの衛兵にでも憧れてるのかな。
さすがにシャツとスカートはあげられないけど。前もって言ってくれてたら着替えを用意してきたのに。今日は暖かいからジャケットはあげても問題ない。だからそれ以外は全部あげてしまった。参考書も鞄ごと。荷物が減ってよかったと思っていたら今度は逆に記念品や花束をたくさん貰ってしまった。嬉しいけど明らかに持ちきれる量ではない。城君に助けてもらおうにも、城君も同じような状況だった。私に助けて欲しそうにこっちを見ている。
そこに一台の車がやってきた。パパの車『浜田』だ。いや、今の持ち主は……
「静香、迎えに来たよぉ。彼も連れてきなぁ。」
朝比奈さんだ。パパから退職金代わりにこの車を貰ったそうだ。本当はアメリカまで付いて行きたかったそうだけど夫婦水いらずを邪魔するなと言われたとか。でもこれで助かった。荷物を全部載せられる。それにしても朝比奈さんたら凄い格好だなあ。チューブトップのミニワンピース……まるで布を体に巻きつけてるだけ。すごいなぁ。
「ちょっと姉さん! その格好なんだよ!」
あ、結牙もいた。来るなって言ったのに。あーあ、ほら。たちまち女の子達に囲まれてしまった。おかげで城君が解放されたから今回は良しとしようかな。
そんな結牙を無視して私と城君は車に乗り込んだ。
「静香、いい挨拶だったぜ。」
「うん、ありがとう。疲れたよ。あれ? お母さんは?」
「ああ、先に帰ったよ。卒業証書だけ持ってな。」
「そっか。お母さんもご安心だね。」
「それより静香……お前その格好……」
「おかしい? リボンとジャケットはあげちゃったから。城君だって似たような格好だよね。」
城君の場合はカッターシャツすらなく、上半身はタンクトップ一枚だ。ついでに足は裸足。靴と靴下も取られている。私はそこまでではない。
「山賊にでも遭うとこうなんのかな。参ったぜ。さすがに財布は無事だけどな。」
「さすが城君、大人気だね。」
「ははっ、弟君ほどじゃねーよ。それより静香……」
「だめだよ……ここじゃあ……」
「少しぐらいいいだろ?」
「もう……バカ……」
「ボスの車で何やってんだぃ? ボスが知ったら悲しむだろうねぇ?」
「朝比奈さん、野暮なこと言わないでくださいよ。」
朝比奈さん居たの!? もう、恥ずかしいなぁ。よく城君は普通に対応できるなぁ。
それからようやく結牙も車に戻って来れた。人気者も大変だね。ちなみに半年前、結牙が『磯野よしの』の息子だとバレた時、校内でも必然的に私も同じく『磯野よしの』の娘であることがバレた。しかし、幸運なことに私の周囲にはほぼ変化がなかった。おかげで心穏やかに過ごすことができた。
「ところで静香は将来どうするんだぁい?」
「まだ分かりません。適当に考えるつもりです。」
私はとりあえず大学に行くことにはしている。自宅から通える『優極秀院大学』の理学部。特待生として返済不要の奨学金が出ることも理由の一つだ。
それに城君がNBAに行くなら絶対付いて行くつもりだし、進路なんか適当でいいんだ。好きな勉強をして奨学金が貰える環境。私にとって最高だと言える。その中で城君の役に立てる資格なんかを取るつもりもある。
「姉さんは女優になるべきなのに!」
「それは断ったじゃない。顔を出すなんて絶対嫌なんだから。」
結牙だけでなく、結牙の事務所や吾妻監督からもお誘いを受けたけど。顔を世間に晒すなんて耐えられない。後ろ姿で限界だ。
「それならせめて僕のマネージャーやってくれてもいいのに……」
「それこそダメよ。安達さんがいるんだから。」
安達さんあっての結牙だってことを忘れて欲しくないよね。
「そりゃあそうだけどさぁ。」
「さぁて。それよりも今から卒業祝いだよぉ? ご馳走を用意してあるからねぇ?」
朝比奈さんは料理までできるんだ。凄いなぁ。
和気藹々と車は走る。
春の麗かな日差しのもと。
四者四様の想いを乗せて。
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