第49話 元ドブスと元美少女
そこに居たのは顔中が包帯でぐるぐる巻きになっている、女だった。正確には分からないけど髪と服装からして女なのだろう。そいつが城君の背中に……包丁を突き立てていた……
「あ、し、静香……」
「いやぁぁぁぁーーー!」
いや、叫んでいる場合ではない。すぐに救急車を呼ばないと!
「ひひ、馬鹿ね城、ブス香を狙ったのに……」
「その声……北条……何でこんなことを……」
「なんで? なんでそんなことを訊くの? 当たり前でしょ? あんたは死ぬべきだからよ? ブス香の分際で何をのうのうと生きてるのよ? 私を誰だと思ってるの? 千年続いた名家、北条家の雅子よ? 全ての日本人は私に傅くべきなのよ? それを何? クソ父は下賤な傭兵? ゴミ母は世界中のVIPに股を開いたビッチ? そんな底辺の分際で! よくもこの私をこんな目に遭わせてくれたわね! 今すぐ死ねぇ!!」
城君の背中から包丁を抜き、私に体ごとぶつかってくる……とっさに鞄で受け止める。鞄に刺さった包丁は根元からぽきりと折れた。放課後の勉強用に数Ⅲの赤チャートを入れていて良かった……
「があぁぁーー! 死ねぇブス香ぁーー!」
獣のように歯を剥き出しにして襲ってくる。私の首を噛み切ろうとしているのだろうか。もう北条は壊れてしまっているな。こんな奴の相手をしている場合ではないのに!
「そこのあなた! 救急車を呼んでください!」
「えっ? あっ! お、おれ?」
「早く! お願いします!」
「あっ、ああ、救急車……」
よし! 電話をかけてくれた! くっ、北条っ、こんなに力が強かったの……細身でスラッとしてるくせに……
「そちらのあなた! 背中を押さえて! 血を止めて!」
「ち、血を!? ど、どうやって!?」
「いいから押さえて!」
背中を刺された時の対処法なんか知るわけがない。傷口を押さえるだけてもきっと違うはずだ。
「死ねぇぇぇぇブス香ぁぁぁぁ!」
北条は完全に狂ってる……
私に馬乗りになり、柄しかない包丁だったものを突き立てようとしてくる。
駅が近いため人通りは多い。見物人も増えている。それなのに先程の2人以外は見てるだけだ。誰だってこんな狂人には関わりたくないよね……
包丁の柄を振り上げた瞬間、私は腰を浮かせ北条を跳ね上げる。いくら我を忘れていようが体重まで重くなるわけではない。結牙に比べたら軽いものだ。
「このぉぉぉブス香ぁぁぁぁ!」
「終わりだよ。」
先に立ち上がったのは私。地面を転がりながらも顔を起こした北条の頭部を蹴り抜く。北条はサッカーボールのように弾かれて地面に横たわった。
「城君! 城君大丈夫!?」
「静香……無事か……」
意識がある! よかった……
「もうすぐ救急車が来るからね! 大丈夫だからね!」
「静香……よかった……」
まだ……救急車はまだ!? あぁ……血が止まってない! 当たり前か……
「代わってください!」
「あ、あぁ……」
手で押さえるだけじゃあダメなんだ……ハンカチ程度じゃあダメ……タオルは持ってないし……
それなら……
カッターシャツしかない! 恥ずかしいなんて言ってられない! これならハンカチよりだいぶマシなはず……少しでも出血量が減ってくれれば……お願い! 止まって!
「静香……痛ぇよ……」
「城君! もうすぐだから! 救急車が来るから!」
確か足を上にするといいはずだ……私達の鞄を、城君の足の下に……気休めにしかならないけど……
「救急車が来たぞ! 道を開けろ! 誰か誘導してやれ!」
「こっちだ! おーい!」
「誰かこの子に服をかけてやれよ!」
来た! 救急車!
「城君! 来たよ! 救急車来たよ! もう大丈夫だからね!」
救急隊員の方々は迅速に城君を担架に乗せて運んでくれた。もちろん私も同乗する。
「皆さま! ありがとうございました!」
「これ持ってけ!」
「彼氏は幸せ者だな!」
「通報しとくから安心してな」
「本当にありがとうございます! 私は御前 静香と申します! この御恩は忘れません!」
救急隊員の方にはママの名前を使い優極秀院大学病院へ搬送するようお願いした。これでもう大丈夫……城君は助かる……私を庇って刺されるなんて。カッコ良すぎるよ……馬鹿……退院してから10日も経ってないのに……
来月の試合だってやっと出られるはずだったのに……
私はどうしたら……
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