Remember-18 不穏な空気/再開ののち、窮地
……外は暗く、夜道を照らしているのは俺とレイラさんが手にしているランタンと月光だけだった。
夜道が真っ暗なことが理由か、外には誰も歩いていない。レイラさんが言うには、ギルドの酒場が開いていたらもっと人の通りがあるんだけどね、とのこと。もしかしてさらっとギルド自慢されてます?
「ッ……レイラさん、大使館って場所は遠いんですか?」
「そうね……もう少しだと思うんだけど」
夜道に躓いて転ばない程度の早さで走る。ギルドを出発して少し経った頃なのだがまだ着かない。
肺とか喉が渇いて痛むが、レイラさんはまだまだ余裕なご様子。俺はガス欠が近いというのになんて体力してるんだこの人。
……最悪、転生して体力の水増しが必要なのかもしれないとか、そこそこ深刻に己の体力の少なさを考えていたりする。
「……! 待って」
かけられた声に即座に反応する。立ち止まると聞こえるのは俺の荒い息と……騒がしい声。人の気配が無くて静かだからなのか、そういった声が今夜は妙によく聞こえる。
「今の声、多分大使館の方ね」
レイラさんの言った通り、今の声は俺たちが進む道の先から聞こえてきた。もしかして、既に反ギルド団体の人間がギルドマスターと接触したのでは……!?
そんな心配をして内心焦っていると、レイラさんの驚いた表情がランタンに照らし出されていることに気がつく。
「……ちょっと待って、あそこにいるのって」
レイラさんは声を潜めて俺に話しかけてくる。何事かと思ってレイラさんが指をさす方をよく見ると、人影が二人分。月の光に照らされていた。
片方は黒い外套を纏った大きな男。表情は白い仮面に隠れていて把握できない。ギルドに襲撃してきた二人組の男と同じぐらいの体格だと分かる。
そして、もう片方は対照的に小さい人影。月の光に照らされているはずなのに、銀と黒がチカチカと目に焼き付いて確かな容姿は分からない。しかし、その色合いと小柄な姿になんとなく心当たりがある。
「……シャーリィ?」
「……ユウマ? なんでここに……貴方はそこにいて」
試しに名前を呼んでみると、やっぱり凜とした彼女の声が返ってきた。いい加減夜の暗さに慣れてきた瞼を擦ると、先程よりもハッキリと彼女の姿が見えるようになる。小柄な姿をした人物は思っていた通りシャーリィだった。
彼女はいつもと変わらない黒白の服装とリボン、銀髪を夜風に靡かせていて、その片手には何故か短剣が握られている。彼女の銀髪よりも鋭い輝きを――銀色に混じって一瞬、生々しい赤みがかった輝きも見えたような――放っていた。
「ほぉ……“シャーリィ”ねぇ……クククッ、ハハッ! そうかそうかそうか、なるほどねぇ!」
突然、黒い外套の大男は大きな声で笑う。納得できなかったことがようやく理解できたみたいに頷きながら、不気味なほどに笑っていた。その一方シャーリィは更に力強く外套の大男を睨みつけている。
……互いの間合いは近からず遠い。それでもシャーリィなら、転生さえしてしまえばそんな間合いなんか無いに等しい。一瞬で間合いを詰めて短剣を突き立てることが可能だろう。
だからこの現状でシャーリィの方が有利だと思う。しかし、男はその戦力差を理解していないのか、あるいは絶対的な自信があるのか、未だ笑うのを止めない。
「……何がおかしいの」
「お前さんをギルドマスターの護衛か何かかと思っていたが……シャーリィ。その名前は団長から聞いていたよ」
……俺はレイラさんを横目で見る。この現状をどうするべきか尋ねるつもりで視線を送ると、すぐにレイラさんは小声で返事をしてくれた。
「……ひとまず、あたしはギルドマスターに会ってくる。上手いことばれないように大使館に入って現状を伝えてくるけど……」
「大丈夫です。注意なら引けますし時間だって稼げます」
「ごめんなさい。今一番頼りにしてる」
小さい会話を終えると、レイラさんはランタンを地面に置き、靴音も風の音も立てずに陰に身を退いた。まるで暗殺者のようだが、そのまま宣言通りにギルドマスターの元へ向かったようだ。
「――“シャーリィ・フォン・ネーデルラント”。そうそう、確か俺の記憶によると、そいつは家系の縛りから身勝手にも逃げ出した魔法使いの名前だったよな?」
「…………」
「城を抜け出して毎日やりたい放題やっているんだってな。そんな世間知らずなだけのお嬢様が――」
「――――
シャーリィの足がレンガの上を擦れる音と小さな呟き。
――一瞬、シャーリィの体から
「――ぐッ!?」
レンガが砕ける音と共に、外套の男の足下が朱色の破片と共に崩れ、周囲に破片を撒き散らす。
バランスを崩した男は粉砕されたレンガに足を取られながらも、二歩、三歩とその場から後ずさりする。
――その動作は、まるで刃物を手にしたが如く。
握り拳から飛び出した親指を、まるでナイフに見立てるように、シャーリィは自分の首を横一文字に切って既に“転生”していた。
「良い情報網ね、見知らぬ野蛮人さん。それほどの情報網があるのなら、私がどういう性格なのかも――今の発言は失言だってこともご存知でしょう」
声は低く、シャーリィの顔にはいつものお人好しさを感じさせない冷徹さが現れている。文字通り粉々に“破壊”され、穴の空いた地面のレンガからはシャーリィの容赦のなさが――もっとも、まだ慈悲があるらしく今のは言うなら威嚇射撃だ――うかがえる。
突然の魔法か、あるいはそんなシャーリィに恐れを持ったのか、外套の男は先程の威勢の良さは消え、余裕を見せながらもどこか警戒心を持っている。
「ま……まさか人に向けて魔法を使ってるとはねぇ……」
「貴方は私が魔法使いって分かって喧嘩を売ってきたみたいだし? ……それとも、何もできない一般人に魔法を使うのは卑怯、なんて考えていたりする?」
毛先を指先でクルクルと退屈そうに絡ませながら、シャーリィはつまらなそうに言い返した。無駄な会話をしたくないと言いたげな様子で、その無関心さはこの場であの男を殺すことを何とも思わなそうに感じさせる。
「……そうか、どうやら怒らせるのは避けた方が良いみたいだな」
「もう私は不機嫌よ」
「そうか。まだ怒ってないならまだなんとかなる」
――カチリ、と不自然で人工的な音。
男は何も手にしていない両腕を揺らしながら、数歩下がって足下の砕けたレンガから距離を取った。
外套の男の表情は窺えないが、まだ何かこの場を切り抜く策を持っているかもしれない。シャーリィも遠くで見守る俺も警戒心を解かずに様子を伺っている。
「……正直に言うと、お前さんにバレた時点で俺の負けだったのさ。見て分かると思うが、俺の本業は暗殺だからな」
「降伏するつもり?」
「二度も言わせないでくれ。たとえ魔法使いだとしても、女子供に屈するってのは恥ずかしいんだ」
「……流石に諦めが良すぎるんじゃないの?」
「そうかい。ま、信用するかはお前さんに任せるよ」
男は両手を挙げてそんなことを言う。男の両手は先程と同様、何も持っていない。
――嫌な予感がする。こうして両手を挙げて降伏しているのだから、そんな心配は考えすぎだと分かっている。
だというのに、何故だかこのままだと取り返しが付かないことになってしまうのでは、なんて根拠の無い考えが浮かぶ。
「……ッ」
視線をカミソリに――今か今かと出番を待ちわびているソレに落とす。
後悔しない選択を。僅かにでも不安があるなら、その不安を排除する行動を。
何事も無かったら後で恥じれば良い。それは悪いことじゃない。本当に悪いことは、何もせず取り返しがつかなくなって後悔すること――!
「ッ……シャーリィィィィイイ――!」
レイラさんから受け取っていたカミソリを自分の自分の首に当てる。
……コレはガラクタな短剣でもナマクラな包丁でもない。刃に指の腹を押し込めばたちまち切れてしまう程に鋭利な刃物だ。そんなものを急所に添えるのは今までに無い恐怖心が膨れあがる。
――だけど、刃物で首がザックリと切れる恐怖より、大切な存在を失う可能性の方がずっと怖い。そう考えた途端、この程度の恐怖心は些細な物に思えた。
「……え? ゆ、ユウマ!?」
叫び声のような声を上げて首を切る俺を見たシャーリィが困惑している。
……“転生”は既に済んでいる。俺は増強された脚力を生かして全速力で彼女の元に走り出した。
「――ッ!」
風を操る。広範囲に、破壊力は持たせずに。それなら空気を圧縮させずに周囲の空気を巻き上げるだけで十分だ。
俺は駆け抜けながら、地面から巻き上げるように風を走らせた。
「ぬっ……!」
「きゃ――ち、ちょっとユウマ貴方ッ!?」
大男の纏っていた外套が強風に煽られて捲れ上がる。その強風で外套の男が挙げていた
「ッ、義手!?」
「チッ、今のはまさか……コイツも魔法を!」
男が身に纏っている黒い外套の下。金属と木材の土台、それに弓を組み合わせた武器――
どうやらさっきの義手で油断させ、あの武器で不意を突くつもりだったらしい。外套の男は舌打ちをしながら弓銃を構える。
「ッ、そういうことね――!」
その隠し持っていた物にシャーリィも気がついたらしい。シャーリィは一瞬、虚を突かれた表情を見せたが、すぐに何か行動に移そうとして――
「…………!」
引き金を引いたような金属音と弦がしなる音。外套の男の手にした弓銃から破裂するような小さな音が反響した。
「――シャーリィ!?」
外套の中に隠し持っていた武器から、目にも留まらぬ速さで放たれた矢。それは確かに、シャーリィの腹部に“ガラスの割れるような音”を立てて命中した。
「……何?」
既に隠す必要の無くなった弓銃を片手に、男はそんな声を漏らす。
弓銃――実物は見たことがないが、どういったものかは理解している。簡単に言えば強力な弓を誰でも使えるようにしたような代物で、小型の矢を撃ち出す飛び道具だ。
そしてこれも実際に見た訳ではないのだが、もしもその武器に撃たれた場合はあんな感じに――突き飛ばされたみたいに地面を転がるようなことにはならない筈。刺さるか、あるいは貫通するかだ。
『――ユウマ!』
「……!」
呆気を取られていた意識がベルの声で我に返った。折れた弓銃の矢と共に倒れているシャーリィに、外套の男は呆気を取られている。
それが決定的な差。男が我に返るよりも早く、俺は拾い上げていた砕けたレンガの欠片を圧縮した空気に混ぜ、放った。
「
「――――チィ!」
しかし、信じられないことに撃ち出した礫は、舌打ちと共に大きく上に跳躍した男には命中せず、地面のレンガにヒビを入れるだけで終わった。
「な――デタラメ過ぎるだろ……!?」
隙を突き、例え発射したことに気がついても避けることが出来ないであろう速度で、俺は拾い上げたレンガの礫を空気と共に撃ち込んだ筈だ。転生使いが言えた台詞じゃないが、その動きと身体能力は人間が出来ることではない。
体格に見合わない跳躍をした男は、そのまま放物線を描いて地面に降り立つ。俺とシャーリィから大きく距離を取って、仮面越しに俺たちを睨みつけていた。
「……最初は、鎧を着込み忘れた雑魚の騎士兵でも来たのかと思っていたが……」
大男は俺に向けてそう言いながら手を仮面に伸ばす。今すぐにでもシャーリィの元に行きたいのだが、あの大男から目を離したらどうなるか分かったものではない。
「まさかお前も、魔法使いだったとはな……この王国に魔法使いは一人しかいないと聞いていたが」
「…………」
威圧的な視線と声と共に、大男は顔を隠していた仮面を片手で鷲掴みにして取り外した。
……岩から削り出したみたいにゴツゴツとした顔。大きな体格に似合った、眉間に深い皺を刻んだ形相は、まるで石像のように感じられた。
「ッ、ケホッ……暗殺者なのに仮面を外して良いのかしらね」
『……良かった、怪我の度合いは分からないけど、一先ずシャーリィは無事みたいだ』
視界の端でゆっくりと立ち上がるシャーリィの姿が見えた。ベルが言った通り彼女が無事なことに安堵したくなるが、まだ気を緩める暇はない。
「……お前、何故無事でいる。内蔵を貫通してもおかしくなかった筈だが」
「お生憎様、魔法使いなのよ私。普通とか常識なんてある程度はひっくり返せる。……まあ、いくら破格とはいえ代償無しとはいかないけど」
そう言いながら、シャーリィは右手に握っていた黒いリボンを投げ捨てる。よく見ればシャーリィの髪留めのリボンが片方無い。
……投げ捨てられた黒いリボンは焼け焦げたみたいにボロボロで、元から黒だけどまるで炭のような黒色になっていた。
「チッ、魔法使いのくせに魔術まで使いやがるのか……とことん相手にしにくいな、転生使いってのは」
男は吐き捨てるように愚痴を言うが、シャーリィはニヤリと笑う。まるで“してやった”とでも言いたげな表情だ。
「さあ、不意打ちも失敗して顔も割れた。どうするのかしら」
「……ク」
男の顔が歪む。シャーリィの発言が可笑しかったのか、岩のような顔が割れ砕けそうなぐらいに口元を吊り上げて笑った。
「クックック……ッハハハハハ! ……ああ、コレか? 単に邪魔だったから外しただけだ。仕事道具でもあるから、うっかり壊すと少し困るんでね」
そう言うと、男は手にしていたシンプルな作りの仮面を地面に置いた。
地面に置かれた仮面は捨てるのではなく、俺たちを相手にした後で回収するような扱いだった。まるで勝算があるような自信を感じる。
「……シャーリィ・フォン・ネーデルラント。お前は俺たちの敵だ。いや、自主的に俺らを追い回しているあたり騎士兵よりも危険だと団長は言っている」
「褒めても潰すわよ」
……シャーリィさん、怖いって。そんな平然と殺意のある発言をするシャーリィに、思わず彼女の元へ進めていた足が止まってしまったり。
「まあ待て。俺たちは心強い仲間を探している訳だが……そこの魔法使いは既にお前の息がかかっているんだろ? つまり魔法使いが二人も敵に回っている。そんなの冗談抜きにヤバい戦況じゃないか。だから――」
そこまで語ったところで、外套の男はまたしても人間離れした跳躍をしてみせる。すぐ近くの住居の屋根――三階建てだ――に外套をなびかせて平然と降り立った。
「……決めた。ギルドマスターの拉致は失敗したが、それよりも外敵を排除する事の方が優先事項だ。流石に魔法使い二人まとめては叶わないだろうが、せめて片方には殺されてもらうぞ」
外套の男はそう宣言すると小さな矢を弓銃の弦につがえる。そして信じられないことに、男は腕の力のみで弓銃の弓を引き絞り、俺に狙いをつけた。
「――!」
予想外の行動だったが、弓銃を俺に向けた時点で身の危機を感じ、咄嗟に身を引いたのが幸いした。放たれた矢はレンガに当たって砕けたが、身を引かなかったら俺の腹に突き刺さっていたのは間違いない。
『!? 大丈夫かユウマ!』
「問題なし。でもやっぱりデタラメだあの力……!」
……先程の跳躍力もそうだが、今の腕力も信じられない。弓銃というのは人間に引けない程に強い弓を背中の筋肉や滑車を利用して引くものなのだが、あの男は純粋な腕力のみで弓を引き、俺を攻撃してみせた。
そしてその威力は砕けたレンガと矢が示している。だから決してあの弓銃の弓が弱いのではなく、あの男は本当に人間離れした腕力を持っているという訳で――
「……チッ。よく避ける」
上から小さく舌打ちが聞こえた。見上げると屋根の上で外套の男が不機嫌そうに矢をつがえている。“今度は外さない”とでも言いたげに、男は弦を腕力のみで引き絞り、俺に向けて狙いを定めて――
「
――目の前に突然、煙が爆発のように広がった。
視界は真っ白に塗りつぶされていて、前後左右はおろか、上すら見えない状態だ。
そして、それが煙ではなく濃い霧だと理解した時には既に、駆けつけたシャーリィに手を引かれて逃げるように反対方向へ駆け抜けていた。
「ッ、助かった! これなら狙い撃ちされない……!」
「ええ、でも拓けたところはマズい。場所を変えるわよ!」
「場所を変えるって、何処に!?」
シャーリィの言っていることは正しいが、一体どうするのだろうか。
この辺は彼女の言う通り、飛び道具から身を隠せるような場所が無い。路地裏に逃げ込んでも足場が悪い上に、結局はそこも一本道で良い的になってしまう。
「すぐそこ! 悪手かもしれないけど、一度攻撃を凌ぐわよ!」
こちらのことなど気にしている余裕などなさそうにシャーリィは大声でそう言った。
シャーリィは俺の手を引いたまま全速力で走り抜け、あろうことか民家の扉をその勢いで蹴り破って――ってちょっとシャーリィさん何やってるんですか!?
「ちょ――シャーリィ! シャーリィそれ人ん家!」
「うっさいここ空き屋!」
あああああ、もうやりたい放題だ!? しかし、シャーリィの言う通りここは本当に空き家らしく、人の気配が全くない。
廊下には雪のように埃が積もってて、部屋には家具の残骸が転がっていた――――などと、そんなことに気がつくのは空き家の一階に造られた部屋の中に逃げ込んで、息を整えてからのことだった。
「ぜぇ……ぜぇ……ッ、ゲホッ……埃まみれで息を吸いたくないのに、息切れして……ゲホッ」
『取り敢えず服か何かで口を覆うと良い。通気性が良い生地なら苦しくないだろ』
「ハンカチなら……ふぅ、持ってる。出世払いで買って貰ったやつが」
「……アレは一体何だったんだろう」
「アレって……ハァ、何が?」
白いハンカチで口を覆いながらそう尋ねる。呼吸が乱れている俺に対し、シャーリィは手早く髪の毛を整えている。左側の髪を束ねていたリボンを解き、手櫛をかけて髪をまとめて後ろにリボンで留めていた。
……一本だけになってしまったリボンを使い、普段とは違ってポニーテールにしているシャーリィを見て、この緊急時に合わない感想が思い浮かんだが、静かに飲み込んだ。
「何がって、あの身体能力よ。とても人間とは思えない……」
「まさかあの男も転生使いなんじゃないのか? だとすれば、魔法を使ってくるかもしれない」
「……いえ、あの攻撃……私のリボンを台無しにしてくれたあの不意打ちの時、アイツは魔法を使わなかった。あんな絶好のチャンスで魔法を隠すかしら……確実に私を殺せる瞬間に、切り札を隠すとは思えない」
確かに、転生使いなら不意を突いてクロスボウを使うってのは妙だ。
もしも俺があの男の立場なら、武器なんかより魔法に頼る。下手な道具よりも体感的に理解していて信用できるからだ。
もしも土壇場で故障したら、相手に機械の音が聞こえていたら、撃つ直前に狙いがうっかりズレてしまったら――そう言った心配は魔法には全くない。
『かなり用心深い性格って可能性もあるし、あの男の使える魔法が攻撃に向いていないって可能性もあるけど……シャーリィの言う通りかもしれない』
「アイツは魔法が使えないってのは推測したとして、あの身体能力が結局分からない……よく観察していたけど、転生しているようには見えなかったし……あーもう!」
「転生していると体から燐光とか風とか、そういった感じに生命力が出るんだっけ……確かに俺からも見えなかった」
うがーっ、とムシャクシャした様子でシャーリィは頭をかきむしる。乱れのなかった銀色の髪の毛とか後ろに束ねられた尻尾のような髪の束が乱暴に振り回されていた。
どうやらあの男の異常な身体能力の原因は、シャーリィですら良く分からなかった様子。そのイライラが見て分かる。
『シャーリィ。もしかしたらあの男は“転生使い”じゃなくて“他の転生使いに魔法をかけられた”んじゃないのかな。魔法の種類とかは分からないけど、身体強化とか筋力を増強する魔法なんかを付加されたとか』
「それは間違いなく違う。魔法って分類には共通した特性ってものがあって、生物を“治療”や“強化”することは不可能なの。“
その時、シャーリィの説明を遮るように上の方から物音が聞こえた。
ガラスが割れる音と、ぶつかるような音。矢が撃ち込まれた音じゃない。もっと大きい、一塊の岩のような物が投げ込まれたような――
『……今の音聞こえたか? 窓から入ったのかな』
「ああ、というかまだ聞こえる。戸を蹴破られるは窓を割られるわ、散々な扱いされてるなこの家……」
「この建物は三階建てで、三階は屋根裏部屋になってるはず。今の物音はすぐ上の階から鳴ったって感じじゃないし、三階から入ってきたみたいね」
冷静な分析をしながらシャーリィは腰に差していた短剣を抜き取る。
……その先端が薄らと赤い。刀身に刻まれている目盛三つ分まで染まっていた。
「シャーリィ、もしかしてだけどまさかその短剣で誰か刺した……?」
「……まあ、そうね。跳んで上からあの男の肩目掛けて突き刺した。でもアイツ、怯むことなく反撃してきたのよ」
ほんと化け物よ~、とか言いながらシャーリィはポーチからハンカチを取り出し、短剣の血を大雑把に拭うと立ち上がった。
……確かに相手は化け物じみているが、この場ではシャーリィが一番怖く思えていたりする。
「ユウマ、相手も私たちもお互いに引くに引けない状況よ。相手も逃げる気はないみたいだし、ここで倒す――いえ、最悪殺すつもりで挑まないと生きて帰れないわ」
シャーリィは部屋の出入り口に手をかけて、首だけ部屋の外に出しながら現状を俺に再認識させるように話す。
ギルドマスターの拉致は諦めたと言っていたが、代わりに俺たちを殺すと宣言していた。アイツが俺たちを殺すか、俺たちがあの男を倒すか殺すでもしないとあの男は追跡は止めない。
「行きましょう。あの男とはここでケリを付ける」
「……ああ。俺たちだけこの場を上手く逃げたとしてもギルドの皆が危ない。敵が向こうから来たんだ。ここであの男を倒せば不安の芽を摘める」
左手にはレイラさんから渡されたカミソリ。シャーリィの短剣と比べると貧弱で、あの化け物じみた身体能力を持つ相手に挑むには心細い。
それでも、まだ俺には“転生”と“魔法”の二つの強力な武器がある。なんとしてもあの男をここで食い止めなければ――
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