Remember-15 王国内散策/自分探し(進歩ダメです)
……活気のある城門通りを見るのはこれで二度目だが、こうして目的なく眺めるのは初めてだ。
あの時は何かしら目的地へ向かうことばかり考えていたから人の通りが多い程度にしか思っていなかったが、のんびりとした心境で眺めてみればまた違ったものが見えてくる。
大きな荷物を背負った男とか
「さて、意気揚々と出発したのは良いけどさ」
レンガ造りの塀の上に座って足を揺らしながらベルに話しかける。
人の目は多い場所だが、会話も喧噪に隠れて他の人に聞こえることはないだろうし、ここまで人が多いと普通に会話ができる。
『出発したのは良いけど~って、何か問題でもあったのかユウマ』
「問題って程じゃないんだけどさ。目的は決まっていても、いざ足を運んでみるとどこに行けばいいのか分からなくなって」
ポケットからガラスを取り出して膝の上に乗せながら俺は小さくため息を吐いた。
とりあえず足を動かして情報を探し回り続ければ、いつかは手掛かりを掴める――なんて強気に思っていたのだが、少しだけ臆病風に吹かれて今に至る。
あまりにも広いこの王国で成果を得るには、ちゃんと計画を練って行動しないと多大な時間を無駄にしてしまうだろう。今更冷静になった思考はそう結論を出した。我ながら結論を出すのが遅すぎやしませんかね。
『なあユウマ、行き先が決まってないのなら提案があるんだが』
「行き先は決まってないけど……提案って?」
膝上で城門通りの様子を眺めていたベルが、くるりとガラスの中で身を翻して俺と向かい合う。
『……先に言っておくけど、これはなんとなく思いついただけの提案だからな。その結果が無駄骨でも私は責任とか負えないからな』
「そんなことしないって。そもそも無駄骨上等で探そうとしてるんだし、思いついたことはどんどん提案してもらえると助かる」
『ん、分かった。それで私の提案だけど、一度コーヒーハウスに行ってみるのはどうかな』
「コーヒーハウスに? 昨日行ったけど何も分からなかったぞ」
『うん。コーヒーハウスでも集まらない情報を探すんだろう? でも何処に行けば情報が見つけられるか分からない。……ちょっと情けないけど、それが今の私たちだ』
……妙に棘のある発言だが、実際その通りなので頷くしかない。
『だったら、あそこの店主……えっと、そうだ。ブライトって人に尋ねれば良いんだ。コーヒーハウスで集めることができない情報はどこに行けば知ることができるのかって』
「コーヒーハウスに集まる情報じゃなくて、コーヒーハウスじゃ集まらない情報が何処に集まるのかを聞くのか」
『そういうこと。それが私の提案だけど……』
どうかな、とベルはこちらの様子を伺って返答を待っていた。彼女自身は行動できないこともあって、決定権はこちらに任せているのだろう。
現状、俺たちは踏み出す第一歩目すら何処に出せば良いのか分かっていない。この案なら第一歩目として踏み込みやすいし、これから先にきっと繋がる筈。
「ん、決定。もう一度コーヒーハウスに行ってみるか」
『了解。何かあったら相談してくれ』
ベルをポケットにしまうと、俺はレンガの塀から飛び降りて気合いを入れた。
……さあ、ベルの提案通りに有益な情報が拾えれば嬉しいのだが。
■□■□■
「……成る程。それで今日はお一人でいらっしゃったのですか」
カウンター席に腰掛けてベルの提案した内容を相談すると、カウンターテーブル越しにブライトさんは口元の立派な髭を撫でながら「なるほどなるほど」と頷いていた。
コーヒーハウスの中は相変わらず人が多く集まっていて、テーブル席は楽しそうに笑談している男たちで埋まっている。
その一方、カウンター席は大人数が集まって座れないためか空いていたので、こうしてやって来てすぐにブライトさんへ相談することができた。
「そういう訳で変な質問だと分かっているんですけど、ここで集まらない情報について教えてもらえませんか」
「そのような質問は初めてですね……うーん、まず“集まらない情報”というのがどのような内容なのかについてから話しますか」
この前のように銅製の小さな鍋に珈琲の粉末と水を入れながら、ブライトさんは期待のできる返答をしてくれた。
「殺人、誘拐、自殺、人身売買……ユウマさんが思いつく限りの暗い話。良心に爪痕を残すような話題はこの店に集まりません。珈琲の味を損ねてしまいますから」
「そういった話って何処に行けば集められますか」
珈琲を煮詰めながら話してくれるブライトさんに、俺は更に追求する。殺人とか自殺は関係が無さそうだが、誘拐とか人身売買とかそういう人が動く話は関連性があるかもしれない。
話しにくい話題とは分かってはいるが、俺たちが前に進むためには必要な話だ。ここは失礼承知で聞かせて頂こう。
「幾つか心当たりがありますが……そういう話が集まる場所というのは危険ですよ? この王国は良い国ですが、それ故に危ない人間も潜みやすいのです。人を誘拐して売り飛ばす人間が潜んでいることだってありえます」
「う……シャーリィからもそんなこと言われたっけ」
……やっぱりあの忠告、ただの脅しじゃなかった。あの時のシャーリィの忠告がご丁寧にエコーを効かせて頭の中で聞こえてくる気がする。
流石に危険を顧みない程に自暴自棄にはなっていない。俺はブライトさんが無料で渡してくれた水のジョッキを傾け、喉まで上がっていた言葉ごと流し込む。詰まるところ、これ以上この手の追求するのは諦めたのだった。
「シャーリィさんから教えて頂いたのですが、記憶が無いのですよね? それで自分を知る手がかりを探しているとか」
「まあ……そんなところです」
「そのような事情があるなら是非とも協力したいのですが、誘拐だの人さらいだの、そういった事件の情報と縁が無いので――――ああっ! そうだ思い出した!」
「ぶッ――――」
ブライトさんは煮詰めた珈琲をカップに注いだところで、突然大きな声を発した。あまりにも突然だったもんだから、驚いた拍子に飲んでいた水を鼻の頭にまで浴びてしまう。
「……ッ、ケホッ……鼻に入った」
「あ……ゴホン。皆様、大変失礼しました」
どうやら他の客も今の声で驚いたらしく、視線がブライトさんのところに集まっていた。
しかしそれも一瞬のことで、間もなくして店内にまた賑やかな笑談が戻る。あのマスターが取り乱すとは珍しい、と客たちの話題が増えた程度だ。
「……やはり私はまだ未熟ですね。まだ私は彼らに及ばない……」
「えーっと、そこまで気にしなくて良いんじゃないですか? まあ、大声を出すのは驚きましたが」
「話を戻します……昨日話した“反ギルド団体”の話は覚えていますか?」
「……まあ、覚えてます」
流石に一言一句漏らさず覚えているわけじゃないが、大まかにどのような組織なのかは理解しているつもりだ。要は何かとギルドに八つ当たりしている困った奴らってことだった筈。
「これは今朝入った情報で、シャーリィさんとユウマさんに伝えたかったのですが……昨日の夜に移動中の商人、馬車等が幾つか被害を受けたみたいです。軽度ですが怪我人がいて、特に酷いのが五台も馬車が大破したとか」
「馬車って……人が乗れるようなアレが? 五台も?」
「はい。どれも共通してギルドに提供する資材類を運んでいた商人、馬車が損害を受けたらしく……それで妙な話がありまして。破壊された馬車の破壊方法――なんでも、眩い閃光に照らされたと思った瞬間、馬車が粉みじんになったとか」
「瞬間って……一瞬で? 馬車が粉みじんに?」
「一瞬で大きな爆音と共に、だそうです。まるで雷が落ちてきたみたいだとか」
突然雷が落ちてきて、それが馬車に命中……それも、五回も?
それは“妙な話”なんかでまとめられる話じゃない。いくら何でもおかしい――いや、“普通じゃあり得ない話”だ。
俺はポケットの上からガラスを小突いてベルに呼びかける。
話の途中で注文が入ったらしく、ブライトさんは新しく珈琲の煮出しを始めていたので今がチャンスだ。その隙に俺は今の話についてベルがどのように思っているか尋ねることにした。
「なあ、ベル。今の話ってあり得るのか?」
『……断言するけど、そんなことありえない。そもそも昨日の夜の天気は晴れていただろう? 雷雲も見えなかったし、空から雷鳴は聞こえなかった』
「……だよな。でもだったら何があったんだろう」
『流石に私にはそこまでは分からない……もしかすると商人からは雷に見えただけで、本当は別の何かかもしれないから』
「別の何か……うん、ありがとう」
ベルからの返答を聞いて、俺は姿勢を正してカウンター席に座り直した。ブライトさんも準備が終わったらしく、俺に「途中なのに失礼しました」と一声かけてから話を再開してくれた。
「恐らく火薬を使った大型の兵器、でしょうね。火砲にしては命中精度が良すぎますし、そんなものどうやって運び込んだのか不思議ですが……」
そう言いながら鍋をかき混ぜるブライトさんから目を離して、俺は腕を組んで昨日のギルドマスターが話していた魔法使いについて思い出す。
昨日、ギルドマスターは「魔法使いはもう片手で数えられる程度しか分かっていない」と話していた。だが、間違いなく俺とシャーリィ以外にも存在はしている。なら、その数少ない魔法使いが反ギルド団体の中に居るというのはあり得ない話ではない筈だ。
「雷みたいな火薬兵器じゃなくて、本物の雷だったんじゃないですか? ほら、魔法で作り出した雷なら、狙って5回も馬車にドーンって――」
それなら晴天だろうと雷は落とせる。
「ク――ガッハッハッハ――!」
……しかし、そんな意見は周囲――ブライトさんを含めて、近くに居た客たちに笑い飛ばされた。
「クックック……突然良い冗談を言う兄ちゃんだ」
「いやぁ、何やら真面目な話をしているなと思って盗み聞いていたら……コーヒーを飲んでいたら咽せてたぞ」
「ッ……し、失礼しました。でもユウマさん、あんな真面目な顔をして突然ジョークを言うのは……ククッ、だ、駄目だ私こういう急なジョークに弱くて……ッ」
「…………」
冗談。ジョーク。俺の仮説はそうしたものとして片づけられてしまう。
盗み聞いていた周りの客だけではなくブライトさんまでもが冗談として扱っているのは、俺の話を真面目に聞いていないとかそういう事ではなく、そもそも話が噛み合っていないのでは……?
というか今の話そんなに面白かった? もしや俺にそういう才能ある?
「確かに魔法ならなんでも説明がつきますね……架空の話って部分に目を瞑ればですけども」
「……?」
魔法が……架空……?
いや、確かに冗談じみたあの力は架空の話みたいだが、そんなことは無い。間違いなく魔法は存在している。俺自身が魔法に関する生き証人みたいなものなのだから。
……そういえば、一昨日の夜にうっかり人前で魔法に関する話をしようとした時、シャーリィが慌てて止めてきた。
もしかして魔法は秘密の代物なんかではなく、関わりの無い一般人には全く伝わっていない――架空の代物と思われているほどに存在を隔絶された、機密の代物なのだろうか……?
その辺に関しては分かっていないが、取り敢えずこの場は冗談という形で収めることにしよう……
「ああ……そうですね。ハハ、どうも複雑な話をしているとつい冗談を口にしたくなって」
上辺だけは茶目っ気あるように振る舞いながら、シャーリィが一緒に居ないからだろうか、内心では今までにないぐらいに慎重に状況を探っていた。
自分に関する手がかりを知りに来たら、奇妙な謎が増えてしまった――
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