Remember-13 収まり所/おいでませ、ギルドへ
先ほど足を踏み入れた時、既に目にしたが、ギルドの内部はその大半を長テーブルやベンチが占めていた。恐らく酒場として利用する為のイスとテーブルなのだろう。テーブルの上に酒とか料理が豪快に置かれて、それを男たちが囲って騒ぐ姿が容易に想像できる。
その一方で、上品な造りのカウンターテーブルが隅っこにポツンと置かれていた。あそこで業務的な手続きとかをするんだろうなぁ、とこちらもそんな光景を想像できる。
……なるほど、あの時シャーリィが言っていたことがよく分かる。副業として開店しているにしてはあまりにも広すぎる。割合で言うと、酒場が八割でカウンターとかが二割ぐらいか。
「さっきから落ち着きがないけど、どうかしたの」
「……いや、雰囲気がギルドってよりは酒場っぽいなぁ、って思っててさ」
「やっぱり貴方もそう思う? 本当、“国王のお耳元”とやらがこんな調子じゃ……酒場よりもギルドの方に力を入れて欲しいわ」
「"お耳元"?」
「国民の依頼――ようは"声"が集まる場所だからねぇ。そういうあだ名があるのよ、あだ名が」
「へぇ……」
隣に座っているシャーリィの愚痴のような言葉を、テキトーに遠くでも眺めて頬を掻きながら聞き流す。
ギルドマスターはギルドに到着してからすぐに、ちゃんとした服に着替える為にカウンターの奥に姿を消している。なのでギルドマスターに用のある俺たちは、あの人が戻ってくるまで待ちぼうけているのだった。
……出来ることなら、シャーリィの愚痴がヒートアップする前に戻ってきて欲しい。
「はい、どうぞ。メーラの搾り汁よ。マスターが着替えるのにもう少しだけ時間がかかるから、これでも飲んで待ってて」
不意に背後から手が伸びてきて、木製のおしゃれなジョッキが二つと蜂蜜が入っている小瓶がテーブルに置かれた。振り返ってみると、先ほど会って話した頭の赤い三角巾の女性が片手に盆を持って立っている。
初対面の時、ギルドの仕事内容に対して服装が妙に華やかだと感じたが……なるほど、給仕のための格好だったのか。
「ありがと。悪いわね」
「シャーリィさんにはお世話になっているからね。あ、それと今年の実は結構酸っぱいから蜂蜜を混ぜて飲んでね」
「最近ずっとそんな感じよね……ありがとう。砂糖よりもこっちの方が好きだから助かるわ」
その女性はシャーリィとそんな会話をして、最後に小さく礼をするとカウンターへ戻って行った。
どうやら、置いて行ったジョッキの中身は何かの果汁のようだが……うーん、“メーラ”なんて名前の果実は記憶にない。薄く黄色の混ざった白色をしていて甘酸っぱい匂いがするが、元がどのような姿なのか想像がつかない。
得体の知れない果物の絞り汁を飲む勇気が出なかったので、俺はシャーリィの様子をこっそりと伺った。
「ん? 何かしらユウマ。蜂蜜が欲しいんだったら入れてあげるわよ?」
「……あー、お願い」
ジョッキに蜂蜜を入れながらいつもの調子で気さくに話しかけてくるシャーリィに俺は内心少しだけ安心した。
ギルドマスターと出会った時は見て分かるほどに不機嫌だったし、ひょっとするとギルドの中ではもっと不機嫌になるのではないかと危惧していた。
しかし、実際はそんなことなく、むしろ少し機嫌良さそうに俺のジョッキに蜂蜜を入れていたりする。やっぱりシャーリィは“ギルド”が嫌いなのではなく、“ギルドマスター”が嫌いなのだろう。流石に本気の本気でギルドマスターを嫌悪しているって雰囲気ではないみたいだが……
「シャーリィ。確認しておきたいんだけどさ、ここに来た目的は俺の身分証明を作って登録してもらうことなんだよな? ……ああ、蜂蜜はそれぐらいで」
「ええ、身分証明を作るだけよ。本当は貴方の手掛かりも探したかったけど、商業周りで貴方の身元なんて分かりそうにないからね。……はい、混ぜてから飲みなさいよ」
「それなんだけどさ、その身分証明ってそんな簡単に作れる物なのか? えっと、聞きかじった程度の理解だけど、身分証明ってのは他の場所から王国に移り住む時に作る物で、俺みたいに身元不明な奴が作る物じゃないんだろ? ……ん、どうも」
恐らくギルドマスターに頼んで俺の身分証明を作るのだろうが、一体どうやるのだろうか?
飴の一つや二つで容易にお願いを聞いてくれそうな容姿をしているものの、中身はキチンと大人だ。重要施設の責任者として、詳細が不明な
たとえ、記憶も宛ても無くしているような、そんな複雑な事情を抱えていたとしても。特殊な事情だからと言って安易に受け入れるのは良くないってことぐらい、記憶喪失の俺でもなんとなく分かっている。
「だから、その辺は相応の理由があれば大丈夫なのよ。いや、受け入れざるを得ないと言うのかな。貴方ならその辺の問題はないでしょ」
「……? 何で問題ないんだ?」
「そりゃ貴方は――――う”っ」
一瞬、肺から空気が漏れたような声と共に、シャーリィの姿がブレて見えた。
下手するとテーブルに頭をぶつけてしまいかねない――最悪、ジュースも巻き込んでもおかしくなかった――程の勢いだったが、シャーリィは不意打ちにも関わらず見事踏み止まってみせた。一瞬の出来事だったが、今のは結構凄いのでは。
「はぁああ〜……やっぱりシャーリィの腰回りは特に良いのぉ……服越しでも分かる華奢な感じが特に……布越しに瑞々しさが私の肌に伝わってきそうな――」
「っ! ああもうッ! 何するのよギルマス! 良い加減にしないとこっちも全力で引き剥がすわよ……!」
何処から飛んで来たのか、シャーリィの背中に飛来物――ギルドマスターがピッタリと張りついた。
コルセットで引き締まった細い腰回りを……なんといえばいいのか、表現
……まあ、毎度毎度あんな絡み方をされたらうっとおしく感じるか。ちょこっとだけシャーリィに同情する自分なのであった。だが仲裁には入らない。
「よう、青年――いや、“ユーマ”か。さっきぶり」
「さっきぶり、ギルドマスター。……あれ、名乗ってたっけ?」
「いいや、シャーリィから聞いた。呼びやすくて良い名前だ」
背中に頬擦りをしながら(それと同時にシャーリィに引き剥がられそうになりながら)ギルドマスターは俺に話しかけてきた。
……心底どうでも良い感想だが、その時の脱力したギルドマスターの表情は、昨日ベッドに横たわった時のシャーリィとよく似ている気がする。シャーリィは嫌がっているみたいだが、実は似たもの同士なんじゃないかなぁ、なんて。
「ギルドマスター、その服は」
「おお、これか? ふっふっふ、良い着物だろう? 本当は髪型も変えたかったのだが、レイラが早くしてくださいと急かすのでな……まあ、着物
良いものじゃろう? なんて聞かれても
着物は日陰のような黒色をしていて桃色をした花びらのような模様がちりばめられている。暗い色に髪の金色が良く映えていると思う。
そんな感想を込めて頷くと、にぱぁ、なんて音が聞こえてきそうなぐらい嬉しそうな顔をしていた。
「……さて、こうしてギルドに来てくれた理由もシャーリィから聞いている。ユウマの身分証明を作りたいとのことだが……シャーリィ、この王国の規定は分かっておるな」
「そんなの知ってるわよ。あと引っ付かないでってば」
「む……分かった、分かったよシャーリィ。流石の私も嫌われるのは嫌じゃからな」
「だからもう手遅れじゃないのか?」
何気なく口にした俺の発言にシャーリィはそうよそうよ、と頷いた。
そんな会話をしながら飲み物を仰ぐシャーリィは相変わらず退屈そうだ。用件が終わってしまえば今すぐにでも引き上げてしまいそうなぐらいにやる気がない。
「ふむ……それなら、ユウマの身分証明を作るのは残念ながら難しいということも理解しているな? というか、戸籍すら持っていないのだろう?」
「因みに身分証明が無かったらどうなるんだ? この王国から追い出されるとか……」
「いやいや、そこまで鬼じゃない。お金さえあれば宿泊も出来るし食事も摂れる。
……成る程。生活は出来ても稼ぐ手段が全くない、と。
それは結局、お金が尽きたら王国の外――集落なんかで仕事を見つけて、農業や林業で働いて暮らす事になるのではないだろうか。確かにシャーリィの言う通り、
「身分証明を作る例としては、余所でブランドを持った店が王国に出店するとか輸送業といった、王国と密接に関わる外部の商業を受け入れる時じゃな。最近だとコーヒーハウスなんかも外部から出店してきた分店として、身分証明を貰っている。私はあの店は苦手なのじゃがな……匂い嗅ぐとお腹がごろごろする」
……身分証明を得るために自分を証明する仕事が必要という訳か。なんだか頭がこんがらがる話だけど、なんとなく分かった。
それに、外部からあらゆる物が集まるこの王国に居れば自分を知る手がかりが入ってくる可能性が僅かにでもある。だが、もしも辺境の集落などで生活をしていたら、手がかりを得る可能性は無いに等しい。
王国で生活する為だけじゃない。自分の情報を集める為にも、俺には身分証明が必要だ。
「……でも、それって“普通なら”でしょ。もしもユウマが普通じゃない――貴女たちが放っておけない人材なら、特例として受け入れるしかない」
「それは……どういう訳だ、シャーリィよ」
「うーん、そうね。じゃあ……ユウマ、お願いがあるんだけど」
シャーリィは片手をこちらに向けて“こっちに来い、もっと近づけ”と言わんばかりに手招きする。
俺とシャーリィは十分に近い場所に座っているのだが……まあ、近づけと云われたのだから俺はもう少しシャーリィに近づくことにした。
「シャーリィ、何をお願いだって?」
「ああ、お願いって言ったけど、貴方に何かして貰うわけじゃないから」
「? 何を――」
こちらが尋ねる間もなく、以前にも見たシャーリィの冷酷な目が俺を捉えていた。気がつけば首元に冷たい何かが添えられる。
何処から持ってきたのか、それとも初めから持ち込んでいたものなのか――いや、そんなことよりも、首の皮膚がザリザリと引っ掻かれるような、刃物に裂かれる直前の生々しい感触が背筋を走る。
鋭い刃物が今にも俺の首を斬り抜こうと動いている……!
「!? シャーリ――――」
名前を呼び終えるよりも速く、ピン、と勢い良く通り抜ける銀色の軌跡と噴き出す何か。
頭から血の気が引くような喪失感。そのまま地面に倒れそうな脱力感――それを、芯から湧き上がる圧倒的な力で押し止めて、自分の足で踏み留まった。
「ぅぐ――ッ、あ……あれ……?」
慌てて斬られた首元を慌てて手で押さえる……が、血の生暖かい感触は無い。むしろ、その首元を押さえている腕に何か銀色をした煙? 風のようなものが薄く纏わりついているような。
「ふーん……転生してると目つきがキッとしてるわね、貴方」
「し、シャーリィ! いきなり首を斬るなんて何を考えてるんだ!? あ、いや。実際首は切れてないんだけどさ」
「ごめんなさいね。でも怪我はないように気を付けてやった訳だし、こうして証明しないと路頭に迷う訳だから。大目に見て」
耳元でシャーリィは言い訳混じりにそう謝った。
……人の首を突然かっ切っておいて言うことがそれなのか、とか言いたいことが幾つか脳に浮かんだが、今は一先ず文句を飲み込む。そもそも、これと言って怒りを感じているわけではないし。
「転生できてる……あの時と同じだ」
そんなことよりも、自分の体に視線を落としてまじまじと観察する。
流れる風を目で見ることができたら、きっとこんな感じなのだろう。体から熱気のように溢れ出る生命力が膜のように俺の体を包んでいる。まるで風の鎧だ。
圧倒的な力が沸き起こる自信と安心感と高揚感。それを実感すると、不思議と腹が痙攣するような乾いた笑いが込み上がってくる。
「……シャーリィ、これは」
「見て分かるでしょ。彼は私と同じ転生使い。派手な代物だから披露させたくはないけど、魔法だって使える。この意味、分かる?」
「…………」
転生できたことに驚き喜んでいる自分とは異なり、シャーリィとギルドマスターの反応は妙に重く深刻なものだ。
ギルドマスターは難しい表情を浮かべたまま“そうか”と呟くと、眉間を緩めていつもの顔に戻り、遠巻きに見守っていた従業員の一人を手招いた。
「ペーター、私の書斎から戸籍の書類を持ってきてもらえないか。ああ、一緒に印鑑を持ってくるのも忘れずにな」
「ええっと、ギルドマスターの書斎のどこの棚にあるんですか……? 正直散らかっててわかりにく――」
「――ゴホゴホンッ! ……うむ、私のコレクションが置いてある棚の左。上から二段目だ。印鑑は……まあ、机の上に分かりやすく転がってるじゃろ」
なにやらだらしないギルドマスターの一面を聞いてしまった気がするが、まあ気にする程のことではないのでスルーした。シャーリィにベタベタしている時点で残念な部分があるのはなんとなく想像できていたし。
そんな適当な命令でもペーターと呼ばれたひ弱そうな青年は小走りでカウンターの奥に飛んで行く。
それからしばらくの間シャーリィと共にメーラの絞り汁を飲んで待っていると、青年は息を荒げながら一枚の羊皮紙と大きな判子を手にして、行きと同じく飛ぶようにギルドマスターの元へ戻ってきた。
「お……お待たせしました……ギルドマスター……!」
「うむ! 常に全力で命令に取り組むそのパシられ精神、大いに評価するぞペーターよ」
肩で息をしているペーターの背中をギルドマスターはポンポンと叩きながら褒めて……褒めているのか? アレは。
「……シャーリィ、あれって本当に褒めているのか?」
「さあ? 本人は出し惜しみ無しに褒めてるつもりっぽいけど」
「……ほいっと、よしよし。これでユーマは王国の住民として受け入れられたぞー、思う存分喜ぶのだ!」
ギルドマスターは羊皮紙に何かを書くと判子を押しつけて緑色の印を付けた。まだインクが乾いていない印に息を吹きかけて乾かし、ついでに炭の粉末を吹き飛ばすと、羊皮紙を丸めて和服の懐に入れた。
しかし、今の俺にとっては受け入れられた喜びよりも、ギルドマスターの手のひらを返したような対応にどうしても疑問が拭い切れない。
「ギルドマスター。本当は俺みたいな人って身分証明とやらを登録するのは不可能なんですよね? なのにどうして許可してくれたんですか。転生できる事がその規定とやらを曲げるほどに重要なんですか?」
「……のう、シャーリィ。ユーマは魔法使いについて知っているのか? まるで何も知らない様子じゃが」
俺の質問には何か変な部分があったのだろうか……? ギルドマスターは“どういうことだ?”と俺にではなく、隣のシャーリィに尋ねた。
「転生使いね。魔法使いって古い言い方されると混乱する……ユウマは記憶喪失なの。付近の山にできていたスモッグがあったでしょ? 気がついたらそこで倒れていたんだって」
「スモッグか……シャーリィよ、その時点から彼に説明しておらぬのか……ああ、すまんなユーマよ。質問に答えていなかったな」
ギルドマスターは簡素に謝ると、袖を揺らしながらこちらに向き直って一度大きめに咳払いをして仕切り直した。
「ユーマ、転生使い――もとい、魔法使いがどのような存在なのか知っているか?」
「魔法使いの存在……?」
「ああ、魔法使いってのは魔法の使える人を指して……まあ、転生使いの旧名って考えておくれ」
ギルドマスターの問いかけに俺は首をかしげる。
転生使いの存在、なんて言われても今の俺みたいな感じに、生命力を身に纏って魔法が使える人って訳ではないのだろうか――って、いつの間にか身に纏っていた銀色の風が無くなっている。気づかぬ間に転生が解けてしまったのか。
しかし、そんな俺の考えていたことが分かっているのか。ギルドマスターは俺を見て静かに首を横に振った。
「先に話しておくとな、この世界には魔法が溢れて
「溢れていたって……今はもう魔法使いは存在しないんですか?」
「いや、魔法使いは今も生きておる。まあ、私の知らないところで自害した奴がいるのかもしれんが……命よりも大切な誇りだし不思議じゃない」
そんな恐ろしいことをギルドマスターはさらっと言ってくれる。しかし、テーブルに両腕を乗せて語っているギルドマスターは普段の楽しそうな笑顔をしていなくて、その発言が冗談ではないことを理解した。
「……消えたんじゃよ。魔法使いの中から魔法だけが忽然とな。何の予兆もなく、魔法使いたちは魔法を奪われてしまった」
「奪われたって、一体誰がそんなことを」
「ああ、本当に誰かの手によって奪われた訳ではない。まるで
金色の髪の毛に手櫛をかけながらギルドマスターは一連の出来事を淡々と語る。
盗み見るようにシャーリィの方を見ると、どうやら彼女は既に知っているらしく、落ち着いた様子でジョッキに口を付けて飲み物を飲んでいる。その一方で俺の方はそもそも内容に追いつけていなかった。
昔は魔法使いが多くいたとか突然魔法が消えてしまったとか、きっと当事者からすれば衝撃的な出来事だったのだろう。
でも、その当事者ではない俺からしたら“そういうことがあったんだ”程度にしか受け取れなかった。
「……ユーマよ。この大陸に現存している魔法使いはもう片手で数えられる程度しか分かっていない。常人には持ち得ない力を持つ魔法使いの存在は、この世の何よりも希少でありながら圧倒的な価値を持つだろう。主に圧倒的な武力行使の手段として」
「……そう、なのか」
ギルドマスターの話に恐る恐るだが納得する。
スモッグの中で俺は魔法を武器として扱った。その破壊力は、抵抗する手段を持たず食われるだけだった
そして、自分自身がそんな存在――
「…………」
……なんて考えても、どこか自分に関係する話とは思えずにいる。
実際この力を使ったし、この力に助けられたんだけども。それでも何でだろう……俺自身が名前負けしている感が否めない。
「イマイチ実感が持てない、とでも言いたげな顔だな。まあ、結構。この辺で本題に戻るとして……お主を特例として認めたのはそういう訳だ。そんな存在が「私には行く宛てがありません。どうか私を預かってくれませんか」なんて訪ねてきたら、価値の分かる者なら二つ返事で快諾するだろうさ」
まるで夢のようじゃな、とギルドマスターは袖の中から取りだした扇子で口元を隠しながら笑っていた。
「……と、こんな事を言ったが、私は別にユーマのことを戦力とか武力行使の手段とか、そう考えている訳ではない。ただ、最近ギルドの周りが不穏でな……一番恐れているのは、お主が反ギルド団体にさわれて利用されることだ。私達は戦力として使わないとは言え、敵の手に回るぐらいなら私が貰う。絶対手放さぬぞ!」
突然、宣言するように大声を上げるギルドマスター。長々とした複雑な話に少し気が緩み始めていたから少しビクッとした。
驚いた拍子でうっかり足でテーブルをガタッと蹴ってしまう。あとそれを見たシャーリィに無言で“話を聞きなさい”って云われた。
「それでだが、ユーマよ。こちらの事情で悪いのだが、お主はこのギルドに引き取る形を取らせて欲しい。近場の宿泊施設から一部屋貸し切っても良かったが……万が一を考えると私たちの近くに居て貰えると安心する。私の勝手なお願いだから当然お金を請求することはしないが、どうだろうか」
「寝泊まりする場所まで頂くなんて……好待遇でなんだか申し訳ないんですが」
「構わんよ、別にそんなこと気にしないでおくれ。こちらとしては魔法使いを手元に置けただけで十分得をしているのだからな。流石にこれ以上の好待遇は難しいがな」
ギルドマスターの笑顔から目を逸らして、彼女の提案を受け入れるか考える――ふりをして、結論は既に出ていた。
現実味が感じられないほどの好待遇に申し訳なさを感じるが、自分の正体を探すにはこの上なく助かる待遇だと思える。変に遠慮してチャンスを逃すよりは、ここで図々しくもギルドマスターの提案に乗った方が今後のためだろう。
ベルとも一度相談したかったが、以前シャーリィとの問答での考えを聞く限り、この案にはベルも納得してくれそうだ。
「ギルドマスター。本当にそのお誘いに乗って良いんですか」
「構わん構わん。というかユウマ、変にかしこまらなくて良いんだぞ」
「ん、そうだった。ありがとうギルドマスター。それじゃあ、お世話になります」
逸らしていた視線を戻してギルドマスターにお礼を言うと、彼女は口元を扇子で隠しながら微笑んでいた。さっきよりもささやかな笑みだが嬉しそうだった。
「……さてと、そろそろ行こうかしら」
腕を天に突き出して伸びをしながら、シャーリィは独り言のようにそう呟いた。ジョッキの中はいつの間に飲み干したのか既に空っぽだ。
「シャーリィ、次はどこに行くんだ?」
「……あー、そうね」
残ってた飲み物をさっさと飲み終えて立ち上がり、そう尋ねるとシャーリィは腕を組んで小さく呟いた。行き先を今から考えている、というよりは元々決めていたことに決断を付けているような雰囲気だ。
「これからのことだけど、私は貴方が一人で生きていけるようになるまで手助けをするのが役目だった。それはつまり、ギルマスが貴方を引き取ってくれる以上、私の役目はここまでってことだと私は思っている。だからもう、ここでお別れにしましょう」
「………………そうか」
突然そんなことを余りにも簡単に言ってくれるもんだから、頭が真っ白なまま口だけが冷静ぶった返事をした。
シャーリィが何時まで協力してくれるのかは既に聞いていた。聞いていたのだからギルドマスターが俺を受け入れてくれるということは、シャーリィとの約束はここで終わるということは自ずと理解できた筈だ。
だというのに、何故俺はこんなにも衝撃を感じてしまっているのだろうか――
「まあ、お別れって言ってもまた時々顔を出しに行くと思うわ。スモッグ絡みの仕事もあるし、まだやり終えていないこともあるからね」
「……分かった。今までありがとう、シャーリィ」
「お礼なら私をディナーにでも誘えるぐらいに立派になってから言いなさいよ」
親しみやすい笑みを浮かべて、シャーリィは髪の毛を払うと席を立った。お別れだというのに“それじゃあ私はこの辺で”なんて聞こえそうな軽やかさが彼女らしい。
「じゃあね、ギルマス。スモッグの報告も兼ねてまた来るわ」
「うむ。またな、シャーリィ」
ギルドマスターと軽い挨拶を交わすとシャーリィはギルドの出入り口に足を運ぶ。
振り返りも立ち止まりもせずに真っ直ぐと歩いて行く。そのまま彼女が扉に手をかけたところで、ようやく俺の頭にまともな思考が戻った。
「ッ、シャーリィ」
「……ん? なにかしら」
まともな思考が戻ったというのにまたしても口が勝手に動き、シャーリィを引き留めてしまった。
話しかける言葉なんて考えていなかったから、どうしようかと慌ててこの場にふさわしい一言を考えて、やっと決まった。
「……じゃあな。また今度」
「ええ、また会いましょう」
出入り口の向こうから吹き込む風に髪をなびかせながら、シャーリィは俺の拙い挨拶に笑みを浮かべて返事をして、そのまま扉の向こうへ消えていった。
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