【B視点】雨宿り◆

・SideB


「休憩は3300円から、らしい」

「ビジネスプランや女子会プランなんてのもあるんかい。そういう目的じゃなくても利用していいんだ」

「集客の幅は広いほうが、利益に繋がりやすいから?」

「それで呼び込んでもコスパ最強の漫喫に流れちゃうんだけどねー」

「店員には筒抜けと聞くし、何より不衛生だろう……」


 あたしたちは、ロビーのタッチパネルに表示された案内操作を眺めていた。

 番号が振られた画面からどの部屋にするか選べるらしく、意外とバリエーション豊かだ。学校フロアって何だよ。


 フロントも高級感ただようおしゃれな内装で、シャンデリアや熱帯魚がぷかぷか泳ぐ水槽なんてのも設置されている。

 店員がいないので、支払いは室内の自動精算機で行うらしい。


 まさか、あいつとラブホに行く日が来るとは思わなかったな。



 事の発端はデート中のこと。


 丸一日曇り空の予報は見事に外れた。

 激しい大雨に見舞われたあたしたちは、新幹線の高架下で足止めを食らう羽目になった。


 梅雨時っていつ天候が急変してもおかしくないし、こっちの自業自得ではあるんだけど。


 あたしのアパートまではまだ、それなりの距離。

 念のため持ってた折りたたみ傘では、開いた瞬間に骨と化すだろう。

 相合い傘のロマンは、静かな小雨のときのみ成り立つのだ。


「いつ止むんだろうねぇ」

「まだここの地域は曇りマークのままだな……」

 あたしはスマホを立ち上げ、情報を集めていた。


 SNSでは『ゲリラ豪雨』がトレンド1位。

 2位は『1日曇り』と怨嗟の声を感じる一文が続いていた。

 予報が外れたこともあり駅ビルや学校、会社内での待機を余儀なくされた書き込みも多い。


 ここの高架下にも、犬を連れた人や買い物帰りの主婦、サイクリング中だった子供たちなどそれなりの数の人が雨宿りに訪れている。


 しのぐ屋根があっても勢いがやばく、こっちにまで霧雨みたいな風が吹き荒れむき出しの肩が湿っていく。


 当然ながら、タクシーは捕まらない。

 そりゃそっすね。急な雨が来たらみんな利用するに決まってる。

 ここにいる人もそれ目的らしくスマホを耳に当てて、肩を落として途方に暮れているのがわかる。


 選択肢はどちらかしかないんだよね。

 止むまで待つか、ずぶ濡れ覚悟で帰るか。


 で、でもなー。あいつ今スーツだし、警察学校での服装はそれ以外認められてないっぽいし。


 数時間で乾くはずもなく、濡れたまま送り出すわけには絶対いかない。

 つか雷注意報も出てるから、雨の中飛び出すなんて危険極まりない。


 時間帯的にはまだお昼を過ぎた頃だけど、仮に明日まで止まない気配だったら暗くなる前に出ないといけないし。


 どうしよう。どうしたもんか。

 バケツを引っくり返したような降水量の大雨が続く、真っ白な視界をあたしは睨む。


 近くにバス停がないかグー○ルマップを駆使して、そしてひとつの施設を見つけた。


「お」

 あいつにスマホをかざす。

 ここからそう遠くない場所に、良さそうなホテルがあったからと。


 反対側の道路にあるものの、横断歩道を渡ってすぐの場所だ。高架下に沿って歩けば、濡れる時間はそこまで短くない。


 バス停もすぐ近くだから、雨が長引いてもあいつを駅まで送るくらいならできる。

 雨宿りにはうってつけと言えた。


「こんな郊外にビジネスホテルがあるのか?」

「駅周辺だよね、普通」


 そこで、ホテルのカテゴリーが”ラブホテル”であることに気づいた。

 ……まじか。そりゃ辺鄙な場所にあるわけだよ。

 用途の限られた施設に、あたしたちの間には微妙な沈黙が流れる。


 つってもストリートビューを見る限り、ここ以外は病院かコンビニくらいしかないしなあ。

 最寄りのバス停まではかなり歩くし、背に腹は代えられない。


「いいよ。行こ」

 うちらはそういう関係なんだし、成人してんだし。

 恥ずかしい以外、なんの問題もない。

 あたしはスマホをしまうと、あいつの手を取った。お金は出すからと付け加えて。


「せっかくのデートなんだから、こういう予想外のハプニングはそれっぽいじゃん」

 誘った側だからと開き直って、あたしはぐんぐん先を進んでいく。


 なにか喋ってないと、羞恥の針が振り切れてあいつの手まで振り切ってしまいそうだった。

 雨と轟く雷鳴で周囲の音がかき消されまくってるから、どんだけ届いてるかは分からないけど。


 切羽詰まったようなあたしのマシンガントークに、あいつはええと、とつっかえながら声を出す。


「誓って手出しは、」

「してもいいんだよ」

 雨宿りにかこつけ下心を出すことを恐れたあいつに、被せるように肯定する。


 だって、何ヶ月ぶりだと思ってんの。

 ひとりでしたくなるのも自重して、指だけじゃなくて身体も預けてたんだから。

 こんな美味しい機会、滅多にないんだから。


「あんたはしたくないの?」

 唇を尖らせつつ尋ねると、めちゃくちゃ小さい声でそんなわけがない、と返ってきた。


「ストレス溜まりまくってるでしょ。あっちのほうも、そうとう」

「…………はい」


 蚊の鳴くような返事とは裏腹に、頷く動作には迷いがない。

 生理中とか気分が乗らないとか。もしそれで外したらどうしようと内心ひやひやだったけど、向こうも身体目当てと思われそうで言い出せなかったらしい。


「ずっと待ってたんだから」


 それ以上は言葉はいらなかった。力強く握り返してきた手を引いて、歩き出す。

 我慢してきたぶんをぶつけあう場所を目指して、ちょっと速歩きになって。


 セットしてきた髪も、悪天候の中では崩れてわさわさと揺れている。どうせこれからもっと乱れるんだしいいや。


 容赦なく叩きつけてくる冷ややかな風が、蒸し暑い身体にはちょうどいいくらい。

 さっきまでは肌寒いって感じてたのに。



 歩き続けていると、やがて目的地が見えてきた。

 大通りに面しているため交通量が多く、滝のような雨音に水しぶきを弾き飛ばす走行音が加わる。


 その、交差点のあたりに。

 広々と続く畑と川をバックに、あまりにもそぐわない建物がそこにあった。


「……あれか?」

「ほぼほぼそっすね」


 白く高い塀に取り囲まれて、3階建てほどのシックな色合いに包まれた外装が目に入る。

 もっとネオンがギラギラしてるイメージがあったけど、黒一色ってのも却って存在感があるね。


 案内看板にはでかでかと『2h〜¥1980より』と、遠目からでもラブホだと分かる派手な広告がサービスと値段を主張する。

 付近にはリゾート施設みたいに松やシュロの木が植えられていた。


 さすがにこんな悪天候で一休み(意味深)に向かう物好きは少ないのか、駐車スペースはガラガラだ。

 とりあえず、近くの信号が青に変わるのを待つ。


「そんじゃ、全力ダッシュで行きますよ」

「ああ」


 いち、にの、さん。

 合図とともに横断歩道を駆け抜ける。


 毎日走り込みしてるあいつと社会人になってからめっきり走らなくなったあたしとでは当然速力に差があり、ぐんぐん背中が遠くなっていく。すべらないようについていくので必死だった。

 高校時代は短距離のタイム同じくらいだったのにね。


 そんなこんなで多少の雨粒を被りつつ、目的のホテルに到着した。



 選んだプランは4時間コースのご休憩。

 部屋はいちばん安いスタンダードルームにしたけど、設備はへたなホテルより充実している。


 無料VOD、無料wifi、漫画読み放題、フードオーダー、ドリンクバー、さらにはデジタルカラオケまで。

 ヤリ目的じゃなくても楽しめますよって宣伝していたのが分かる。


 だけど枕元にはしっかりティッシュ箱とコンドームが備え付けてあって、その生々しさにおおぅ、と後ずさりしてしまった。


 洗面所には化粧水に紛れてローションが置いてある。

 おりものシートまであったのはありがたい。替えの下着がないから汚せないしね。


 噂には聞いてたけど有線、マジで聴けるんだね。


 テキトーにベッドパネルのチャンネルを回したらクラシックが流れてきて、一気に賢者モードになりかけたので止めた。

 おっさんがノリノリで指揮棒振り回してる絵面がちらついて集中できんわ。



 先にお互い、軽くシャワーを浴びる。

 髪は乾かすのに時間かかるし、終わった後に洗えばいいか。


「アイロンまで使えるんだな」


 バスローブ1枚になったあいつが、ハンガーに掛けたスーツとあたしの服にドライヤーを当てている。

 空調は効いてるからチェックアウトまでには乾きそうだけど、部屋干しは臭いとか気になるからね。


「なんか飲む?」

「飲み物は買ってある」

「あたしはアイスティーにすっかな」


 備え付けの冷蔵庫には、ご親切にミネラルウォーターのボトルが二本入っていた。

 ハッスルしすぎたらこれで水分補給してってことかいな。


「…………」

 防音は徹底しているらしいラブホも、大雨まではかき消せない。

 未だ弱まる気配のない、庇を叩きつける雨音がどどどどと耳に届く。


「関東全域、大雨洪水雷警報だって」

「明日も一日中雨なのか……」


 あたしたちはベッドの上でなぜか正座しつつ、首都圏ニュースを眺めていた。

 画面横にはずっと『関東大雨 厳重警戒を』と青いテロップが流れていて、強風に雨ガッパが煽られるアナウンサーが現地から中継している。


 どこのチャンネルも気象情報ばかりなので、ムードが萎える前にテレビを消した。

 手元のアイスティーをひと口流し込んで、あいつへともたれかかる。


「胸、借りていい」

「構わないが……」

「我慢できなくなったら頂いちゃってどうぞ」

 生殺しの状況にフォローを入れて、あいつへと向かい合ってひっつく。

 体重を預けて、べったりと。


 ほんとはずっと、一緒にいる間はこうしていたかった。時間が許す限り密着して、寂しさを満たしたかった。


 布一枚隔てた体温の熱さと、いつもと違うボディソープの香り。

 もっと近くで感じたくて、さらに強くしがみつく。


「む」

 頭上へと人の掌が下りてきた。

 つむじに覆いかぶさって、指がぽむぽむと上下に動く。


 大きい手のひらに撫でられると、歳も忘れて甘えたくなってしまう。犬なら尻尾を振ってるに違いない。


 代わりに身体をくねらせて、擦りつけるように首を左右に振る。この子以外の前で見られたら死ぬ光景だ。


「この2ヶ月、ずっとあなたのことを考えていた」

 独り言のように、あいつが静かに口を開く。


「会って、話して、触れて、傍にいたい。呆れるほどに毎日、そればかりが頭にあった」

「うん、わかるよ」


 恋愛脳にも程があるな、と苦笑いするあいつにそうだね、とマジレスする。


 たぶん、この子よりもあたしのほうが重症だ。

 遠距離経験は二度目なのに、あいつのいない日々がこんなにも長く感じるなんて。大学時代より悪化してないかと自嘲する。


「見てよ、ここ」

 あたしは丈を少しだけまくって、手首を露出させた。春先につけられ、唯一残ってるキスマークを。


「もう、意地で吸ってるだけなんだけどね。やめられないんだ」

 責めるような口調で笑って、また唇を近づけようとする。

 と、慌てたあいつから手首を抑え込まれた。


「これ以上傷付けるのは駄目だ」

 口走って、それが自分に原因があることに気づいたのか。

 寂しい思いをさせてすまない、と頭を垂れたあいつから謝罪を受ける。


「だいじょーぶ。もうしないから」

 左手をあいつの眼前にかざした。

 薬指には今日贈られた、所有物の証が光っている。


「代わりにこっちにするよ」


 さらに左手を近づける。あいつの顔へと。

 察したように、あいつは少し頭を下げた。

 永遠の愛の象徴へと、唇が触れる。


 今日からは、寂しくなったら薬指に受け止めてもらうんだ。


「…………」

 我慢できなくなったのか、あいつが全身へと覆いかぶさってきた。


 背後の枕にゆっくり頭を預ける。

 鼻先数センチの近さになって、キスをおあずけするように頬を挟んだ。


 降り注ぐ雨粒の自然音と合わさって、行為に及ぼうとしている生々しさを久方ぶりに覚える。

 なんでだ、謎に恥ずかしい。もう生娘じゃないのに。


 外が雨だと真っ昼間でも寒々しい感覚になるけど、あいつの下にいる今は温かい。

 そのうち汗だくになって、ひいひい鳴かされるんだろうけど。


「なんかさ、初めてみたいな気分になってる」


 枕の違うベッドにいると、初だった頃のもどかしさが思い起こされる。

 そいや、最初の夜も宿だったか。


「今まで数えきれんほどやってきたけどさ。ラブホって未経験だったなって」

「成人しているのだから後ろめたいことはないはずなのに、なぜか罪悪感があってな……」

「あー、初体験のあと無性に親に申し訳なくなったとか聞くね」


 お互い一人暮らしで、無料の愛の巣があんだからわざわざ行く理由なかったしね。


 今日だって普通のデートで終わる予定だったのに、天候の気まぐれでまさかこうなるとは思ってなかったわけだし。

 嬉しいハプニングではあんだけどさ。


「だからか……心臓がうるさい」

「ふうん」


 聞かせてくれる? そう促すと、あいつがすっと目を閉じた。

 頬に添えた両手をほどくと、やがて吐息と心音が重なった。



 それからのあいつは、ただひたすらに優しかった。

 いつもの激しさは鳴りを潜めて、静かにあたしへと触れる。

 接吻と、抱擁と、睦言だけの緩やかな時間が過ぎていく。


 場所が場所だから、無音のAVを俯瞰してるような気分だ。でも1時間を経てまだ前戯すらいかないって、客からしたら金返せ案件だよね。


「今日はおとなしいんだね」

 シーツに散らかった髪を梳くあいつへと。唇が離れたタイミングで声をかける。


「……今のところは」

 その気ではあるけど、と言葉を切って、左手に指が絡んできた。ぴったりと嵌る薬指が撫で付けられる。


「抱く前に、もう少しこうしていたい」

「ピロートークみたいなやつ?」

「あれは事後を指すが……事前は何と言うんだろう」

「いちゃいちゃでいいじゃん」


 語彙の知性を下げて、あたしは手持ち無沙汰の右手を背中に回した。抱きつくように。

 うん、いいよね。がつがつに求め合うのもいいけど、こうしたいやらしさの薄いふれあいも。


「女子寮って何人くらいいるの?」

 あいつの近況が知りたくて、あたしは守秘義務に触れない範囲の質問をした。


「20人はいた」

「もっと少ないと思っていたけど、まあまあいるんだ」

 男性の定員を100とすると、女性は30人から20人ほどだ。倍率も10倍以上はあると聞く。

 あ、でも過去形で答えたってことは。


「今は、当初の半分くらい」

「さすが実力主義社会」

「教官も予想外だったみたいで、根性がないと呆れていた……」

 それでたるんでると叱られメニューが課せられた、とあいつがぼやく。


 苦労して入っても、それ以上に訓練が厳しいんだね。自衛隊よりきついとこもあるみたいだし。

 ほんと、我慢強い子だ。


「で、部屋は個室?」

 女子寮の話に戻る。

 探るようなあたしの言い方に、あいつもさすがに察したのか口角が上がった。

 安心させるように、そうだよと柔らかい声が届いて。ぽすんと頭に手のひらが落ちる。


「すっぴんの私に近づく物好きは1人しか知らない」

「さりげに変人扱いしたな?」


 レアな茶化した言い回しに、吹き出しつつ唇を尖らせる。

 実はあたしだけじゃないんだけどね、このにぶちんめ。


 しゃーないじゃん、気になるんだもの。

 男女交際は禁止とはいえ、あたしの場合は女子もライバル対象なんだから。


 ちなみに男子は8人部屋と補足を受け、うげぇと声が出る。

 むさい中で集団生活か。楽しそうだけどプライベートの時間がないのはきついね。


 さて、そろそろやることやっちゃいますかね。

 あたしは目と鼻の先にいるパートナーの頬に触れて、ムードに酔いしれた声でささやいた。


「思い出、つくろ。初ラブホなんだし」

「そうだな」


 付き合ったら、嫉妬心なんて無くなると思っていたのに。

 愛しているからこそ、相手のすべてを独占したいと欲をもつ。

 複雑だね、人間って。


 だから二人きりのときは、負の感情なんて消し飛ぶくらい欲しい気持ちをぶつけあおう。

 心と体で伝えて、伝わって。

 自分しか知らない相手を、相手しか知らない自分を、たくさん見せ合ってふたりのアルバムを更新していこう。



 雨も営みも、もう少し長引きそうだ。




 ※この先は18禁となりますので、以下のサイトに掲載いたします。

 https://novel18.syosetu.com/n1188hs/

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