【B視点】ソフトクリーム限定セール100円

・SideB


 その日は朝からてんてこ舞いだった。


「しゃいませー」

「らっしゃーせー」

「ソフトクリームひとつですね。100円ですー」

「あの、ソフト本当に100円なんですか? チラシにそう書いてたんですけど」

「ええ、本日11時までのキャンペーンとなっております」

「どんな味でもいいんですか? あとクラッシュアーモンド添えてもらいたいんですが」

「大変申し訳ございません。キャンペーンの対象フレーバーはバニラ味のみとなります。また、トッピングをご希望される場合も別途ご料金を頂きます」

「このクーポン券だとコーヒータダって聞いたんですけど」

「はい。こちらは本日中でしたら問題なくご利用いただけます」


 こんな感じで、客はずーっと途切れなかった。

 隣のモールの従業員が混雑緩和に駆り出されるほど、行列は店の外まで続いている。

 まるで砂糖に群がるありんこだ。

 大繁盛つったら聞こえがいいけど、実際は大した売上にはならない。


「100個出ても売上1万って。やってられんっすよね」


 隣でぼやいた男子高校生に、あたしはしっと指を立てて注意を促す。

 まあ愚痴りたくなる気持ちは大いにわかるけどね。


 うちはリピーターの定着のために、結構常連サービスや期間限定キャンペーンはやってる。

 中年層から上は折込チラシや優待券、若年層はSNS主導のメルマガで。

 足繁く通いつめればつめるほど、お得にご利用いただいてる特別感をもたらすために。

 つまるところ優しい搾取。どこも一緒だろうけど。


 でも、競合他社との差別化を図ろうと、上はとんでもない企画を練りだした。

 いわく『どこぞのラーメン店が1杯10円でバズったからうちも真似しようね♪』


 もうね、アボカドバナナ。アホとバカって意味ね。


 うちら炊き出し係かい。

 資本主義社会で採算度外視商売はハイリスクローリターンにも程があるバクチだ。

 そんなんで来るのは飯代浮かせたいドケチだけだっつーの。


 と従業員がこぞって力説したおかげか、決定案で10円ソフトは100円ソフトにまで値上げされた。

 うちの店はこの持ちビルのオーナーが道楽で経営してるから、軽いノリで言ったんだろうけど。


「で、子連れや若い人はともかくなんで年寄りもこんな並んでんすか。

ソフト好き多いんですか?」

 男子はさっきよりもボリュームを絞ったものの、愚痴の弾は尽きない。


「ポスティング。見たらうちもそうだったけど上が大量に刷って入れたわけ」

 先輩が拾って補足する。

「そんな食べなくてもワンコインなら行っとくか~、な人が大半だよ」

「アイスで腹ふくれないでしょうに」

「いつもより安いなら行く。近いならもっと行く。

限定販売なら得した気分になりたいからとりあえず行く。そんなもんよ」


 私語を断ち切るように、先輩はちょっと語調を強めて言った。

 男子もさすがに察したのか『単純っすね』と肩を落として裏の冷凍庫へと向かった。


「お疲れさまでーす」


 そんなこんなで100円キャンペーンは滞りなく終了した。

 店長が即座に限定販売終了の旨を記したポスターを店頭に貼っていく。

 ひたっすら数時間にわたって巻いてたもんだから、終了30分前あたりからはソーフト巻き巻き♪なんて脳内再生されるくらいには頭がハイになっていた。


「お疲れ」

 休憩に入った従業員男子に、先輩がささやかな差し入れを手渡した。

 あ、抹茶味だ。いいなー。


「……もうソフトはしばらく見たくないっすわ。食いますけど」

「かき氷だったらグランドメニューからしばらく消えるんだけどねぇ」

「せんぱーい、かわいい後輩たちにもくださいよぉ」


 媚びた猫なで声を上げる同僚に混じって、あたしもませたポーズを取る。

 一人だけノらないと気取ってるとか思われるからね。でもこういう一体感は嫌いじゃない。

「休憩入ったら勝手に巻いて食べていいから。自食表にちゃんと書いといてね」

 ただのまかないじゃん。

 ぶーぶー文句垂れる女子たちと同調しつつ、お勘定の客が来たのであたしはレジへと向かった。


 さて、キャンペーンが終わると急に客足が減るのは極端すぎると言いますか。

 仮にも休日で外めっちゃ晴れてるのに、昼でこんな少ないのは久しぶりじゃない?

 まー何時間も行列出来てたら『今日はやめとこ』なんて敬遠する人も出てくるか。

 楽だからいいけど。

 ピークを過ぎてアイドルタイムに入ったので、のろのろ食器を洗っていると。


「休憩入っちゃっていいよ。今暇だし」

「いいんですか?」


 確かに、この人数ならあたし一人抜けても回りそうだけど。


「ついでにご飯食べちゃって。忙しくなってきたら呼ぶかもだけど」

「分かりました」


 言われてみればお腹もけっこう空いてるし。ちょうどいいか。

 他の従業員に一言声をかけて、あたしはバックルームへと向かった。



「およ」

 珍しいこともあるもんだ。

 スマホの新着通知には、あいつからのメッセージがあった。


 緊急の連絡だったらまずいな。

 付き合うことになったんだし今度からシフト表添付しておくのもアリか。

 そんな考えを巡らせながらLINEを開く。


「(……まじか)」

 前にあんだけ勧めても気まずいからって遠慮してたのに。


 来るんかい。今日。親同伴で。どういう風の吹き回しだ。

 多分、文から見るにあいつじゃなくてお母さんが行きたがったんだろうけど。


 ……あれ? 待てよ。

 送信時間はそんなに経ってない。

 の割には、まだ店内にはいなかったはずだ。来たら絶対分かるから。

 じゃあ、今向かってるとこ?


 奇しくも休息のタイミングだから、不意打ちにビビらなかっただけ良かったのかもしれないけど。

 りょ。気にせず食ってけやと軽めに返信して、あたしは一人頬杖をついた。


「…………」

 脳内にものすごい勢いでお花畑が広がっていく。


 やばいな。今からにやにやしてるって。乙女かよ。

 昼食を置きに訪れた先輩に悟られないように、軽く咳払いをする。


 んー、しかし一般的にはどうなんだろうね? 恋人にアポ無しでバイト先来られるって。

 多分嫌って人が多そうだけど、店員と客できっちり線引きしてくれりゃ何とも思わない。


 だいたい、接客業は見られるのが仕事だ。誰に見られてもいいように綺麗にしておくのがプロ意識ってもんじゃないかね。

 偉そうに考えつつ、あたしは化粧ポーチを取り出した。


 今日めっちゃ忙しかったし。うん。あんだけ豪語しといて崩れてたら目も当てられないしね。


「……あの、食べるか化粧するかどっちかにしてね?」


 食事せず映え写真を撮るギャルを見つめるような目で、先輩が厨房から生温かい視線を送っていた。

 さーせん。

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