第19話

なんということでしょう……私はいま、これ以上ない、はずかしめを受けています。


くっ……卑怯な!


天然のハチミツのかかった、クッキーが目の前に。


美味しいに決まってるそれを、これみよがしに見せつけられているのだ。


「さあ、口を開けよ。そなたの好物だぞ? ほら……ラデン」


「自分で食べられますー!」


クッキーの盛られたお皿に手を伸ばすが、無慈悲に遠ざけられてしまう。


腕の長さで負けているっ。


悔しいよー。


「駄目だ。甘やかすと際限がない事が、よく分かったからな」


「ぐぬぬ……っ」


意地悪な笑みを浮かべ、私の口元にその綺麗な指先で、つまんだクッキーを差し出すアルケ様。


鼻先を、香ばしい匂いがかする。


なんという誘惑か……ゴクリ。


他人に、お菓子を手ずから、食べさせられるとか。


しかも、何故かアルケ様の膝の上に座らされ、腰をホールドされ逃げられない状態なのだ。


なんでだ。


三人のお姉さん達は、壁際に立たされ、この状況を見学させられている。


心配そうな、面白そうな、微妙な表情で見られている。


何これ、何の嫌がらせ?


クッキー食べたい。


泣きそう。


「アルケ様……っ」


へにょりと眉を下げて振り仰ぐ。


美貌の威厳あるエルフが、勝ち誇って言う。


「泣き真似は、効かぬ」


いや、ホント、泣いちゃうよ?





観念して、エサを与えられる小鳥のように、ポリポリクッキーをかじっていると、急に外が騒がしくなった。


珍しく、慌てた様子のエルフさんが、駆け込んで来る。


「アルケ様っ、失礼しますっ!」


室内の様子……私がアルケ様につかまっている現場を目撃し、エルフのお兄さんは目を丸くさせたが、すぐにキリッとした。


「どうした」


「明けの……女王がご訪問に。お止めしたのですが……いま、こちらに向かって来ておいでで」


10枚目のクッキーが、途中でお皿に戻され、私は瞬きする。


うん……習得した気配察知が、近づいてくる数人をとらえた。魔力の質も、分かるようになった。


成長したな私!


多分、エルフ……でも、この里のじゃない。


「お客様?」


「許可もなく、踏み込む者は、客とは呼ぶまい」


私は急いで、アルケ様の膝の上から降りようとした。


なのに、逆にがっちりホールドされてしまう。なんでや。


じたばたしてる間に、バーンと扉が開かれ、お客様が入って来てしまう。


「明けの女王、テライアが来てやったというのに、出迎えもなしか! アルケ……っ!?」


わあー、美女や。


炎のような朱金色の髪と目をした、キツ目の美女エルフが、お供を連れて部屋に入って来る。


が、アルケと、私の姿を目にした途端、固まった。


驚愕に美しい顔が歪み、わなわなと唇が開いた。


「なっ……っ! なんじゃ! その子供は! わらわの知らぬ間に、まさか──ちぎ」


「テライア。無礼ぞ」


氷点下の美声が、一気に場を支配する。


心臓を握りつぶされそうな、圧倒的な威圧に、ガタガタと美女達が震え、後ずさった。


「許可なく、我らが里に侵入するな。───去れ」


「……ッ!!」


ゴウッ! と一陣の強風が彼女達に向かって放たれ、あっという間に訪問者は消えた。


「……」


お姉さん達が、そっとドアを閉じに動く。


お兄さんエルフは、一礼して、足早に出て行く。


「……他の、エルフさんも、いるんですね」


「エルフの歴史も教わったのだろう? アレらは、明けの湖の子孫だ。女王などと、勝手に名乗っているが……そなたには、関係ないな」


はっ、お菓子! ……無事だ。


私の視線の先に気付き、アルケ様はクスリと笑った。


「まだ食べる気か?」


もちろん!


というか、もう降ろしてくれないかなー?




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