第332話 新しい靴
その後、ガイエスからあの二枚の石板を預けられた。
「いいのか? 俺が持ってて」
「ああ。実を言うとそいつ重くてな。重いものがありすぎると【収納魔法】は魔力が多めに要るんだ」
……重いから置いていきたい、と?
でも、置いていってもらった方が安全だな。
いくら【収納魔法】に入っているとはいえ、何かの弾みで取りだした石板が人目に触れないとも限らない。
それが皇国内であっても他国であっても……あまり良い結果には、ならなそうだからな。
俺の手元のものと同じように、閲覧制限をかけて保管しておこう。
それと……【収納魔法】が重いもので魔力を食うというなら軽量化袋も渡しておこうか。
まぁ、これからも重いものを運んでもらうわけだしね。
いっぱい持てるように協力するのは、依頼主としては当然だろう。
「軽い方がいいなら、この袋、使うか?」
流石に迷宮内で拾ったものを、その都度こっちに送ってきたりはしないだろうし。
これに入れてくれればどんな場所で採取した物でも洗浄浄化できるし、虫とか菌とかも運び込まないから安全面を考慮しても是非使ってもらいたい。
劣化もしないしね、
また『むくれっ子モード』になったぞ。
本当に感情豊かなやつだ。
「軽くなる魔法なんてあるのかよ。洗浄浄化とか保管とか……てか、そういう方陣、作ってくれ」
「んー……じゃあ、ガイエスが送ってきた物次第で、欲しい方陣を作ってやるよ」
うん、そうだよな。
依頼に対しての代金は支払うつもりだったが、皇国貨が使える国ばかりじゃないだろう。
こいつが欲しいって言うものでも支払いができたら、それが一番かもしれない。
他にも攻撃系じゃなければ、良いものが送られてきたら作ってやろう。
是非とも頑張ってくれたまえ!
それから二日間ほど、ガイエスはシュリィイーレにいていろいろと買い物などをしていたようだ。
東大市場横の馬寄で、カバロが待たされているのを見かけた。
旅支度、か。
シュリィイーレを旅立ってすぐに、あいつは何度かの方陣の使用で無事セラフィラントに着いたみたいだ。
これは……全く意図も予想もしていなかったのだが、あいつの【収納魔法】に俺の作った『改札出口の方陣』が展開されているからか、俺が『入口の方陣』を開くとまるでGPSのように居場所がわかってしまうのだ。
なんか……申し訳ない気持ちになる。
よく考えたらそうだよなぁ。
俺の方から送る物が届くってことは、今いる位置情報が判っているってことだもんなぁ。
なんか、スマホに内緒で『居場所特定アプリ』とか入れちゃったみたいになってしまって、ホント、ごめん……
ストーキングする気はないから、安心してくれ。
そして翌日は雨交じりの天気で、西の森へ入る許可が下りなかった。
雨の時は危険度が増すので、ひとりでの行動は不可と言うことだ。
ならばこの機会に、ずっと買えずにいた靴を買いにいこう。
東市場の靴屋も、この雨なら少しは空いているかもしれない。
などと仄かな期待をしたのだが……やっぱ混んでるなぁ……
どの店も割と列ができているぞ。
俺と同じようなことを考えた人が多いんだろうな。
やたらと行列の長い店が、いくつかある。
上手いんだろうな、あそこの職人さん……と思って作業をしている手元を視ると、緑色のキラキラが指先から溢れている。
何軒かある市場内の靴職人の店は、やはりどこも何人か待っているみたいで昼前までに終わりそうもない。
ふと、目に止まったのは、靴屋の並びから少し外れた布地を売る店の隣。
小さい『靴』の看板がある。
近付いて見ると場所のせいか、誰もお客はいないみたいだった。
随分若そうな職人さんだなーと思って、靴用の皮を揃えている手元を視るととんでもなくキラキラしている。
この人、もしかして凄く上手いのでは?
俺は誘われるようにふらりとその店に入り、靴用に
「あのー、青シシの革で靴を作って欲しいんですけど……いいですか?」
俺がそう言うと、店員……いや、ひとりだから店主か? はきょろきょろと挙動不審。
そして囁くような声で、僕でいいんですか……? と問いかけてきた。
その手は間違いなくあの売れっ子職人並みに、いや、それ以上に煌めいて見える。
「はい。俺ずっと作っていなかったんで、父さんと同じ青シシの靴が欲しくて」
「た、高く……なっちゃうよ? 青シシ……」
「大丈夫です! ちゃんとお金持ってきてますし!」
若造なんで、支払いの心配をされてしまったのかもしれない。
俺の皇国小金貨を数枚と大銀貨を入れてある財布を見せれば、安心していただけるだろう。
皇国小金貨は、市場で使える最大単位の貨幣である。
俺の感覚としては、一万円くらい。
大銀貨はちょっと使い勝手が悪い二千円札みたいな感じだが、価値的には千五百円くらいの換算だ。
銀貨十五枚で、大銀貨一枚だからね。
「ほ、本当に、僕なんか、が、作っていいのかい?」
この店主さんは、お客が来な過ぎて自信喪失しているのかな?
場所が悪いだけだと思うけどなぁ。
「ええ、是非お願いします。えっと、毎日履くんですけど、俺、結構走り回ることが多いんで、靴の中で足が遊ばないようにして欲しくって」
「わ、わかった。うん、毎日の、走ってもズレない靴、だね」
「はい。あ、たまに土の上を歩いたり、山に採取にも行くから滑らないようにして欲しいんです」
「錆山にも行くのか……す、すごいね。行動的なんだね。じゃあ、動きやすくしないと……でも、足首は、出さない方が安全だね」
デザインしてくれたのはハイカットのスニーカーみたいで、機能的な編み上げのショートブーツって感じだ。
でも安全靴ほどは、無骨じゃない。
うん、俺こういうの好き。
「あ、青シシの革は柔らかいけど丈夫で、高いんだけど凄く長持ちだから、と、とても、いいんだよ」
そう言いつつ用意してくれた靴底の素材は、革なのだが部分的にゴムがついているものだった。
この世界でゴムなんて、初めて見たぞ!
「これね、ルシェルスのでね、す、滑らなくっていいんだけど、み、見た目がね、ちょっと悪いんだけど、ホント、滑らなくて、いいんだよ」
この人のコミュ力も、お客が来ない原因かもしれない……
俺はゴムを知っているから全く不思議に思わないし、むしろ良い素材使ってるなって解るけど、知らない人に『いいんだよ』だけじゃ……ねぇ?
でも誠実なのも丁寧なのも、採寸やデザインから伝わってくる。
おっ、靴に中敷きを作ってくれてる!
こっちの世界じゃなかったんだよな、クッション付きの立体的な中敷き。
こりゃこの人、本当に大当たりだぞ。
うーん、土踏まずの所をちゃんとサポートしてくれる感じで、足の裏が気持ちいいー。
靴底に中敷きを重ねたものだけでこれだけの素晴らしさなのだから、その他もさぞかし……と彼の手元を視たら、とんでもない輝きが迸っていた。
革をカットするハサミから、縫い付ける針から、そして整えていく木槌から、その輝きが形を作っていく。
絶対にこの人、天才ってやつだ。
当たり、なんて段階じゃない。
そうして俺の感動と共に、靴はみるみるうちにできあがっていく。
もう俺は、胸の高鳴りが抑えきれない。
最高の天才職人の作った、最高の靴が、俺の目の前に!
燦めきがッ!
止まらないッ!
ほんの一刻……二時間ほどの作業だったのに、めっちゃ肩で息をしている……
凄く魔力も減っているみたいだったので、本当に全身全霊でこの靴を仕上げてくれたのだろう。
「ありがとうございます! こんなに素晴らしい靴、俺、初めてです!」
「き、き、気に入って、もらえた、なら……よ、よよよかっ……」
おおっと、倒れる寸前だよ。
俺は持っていた水と、常備している焼き菓子を差し出してちょっと休んでください、と腰掛けてもらった。
「うちの食堂で作っているお菓子なんで、よかったら少し食べてください。魔力補給には甘い物が一番ですから」
うん、明らかに魔力不足になってるよね。
「あ、ありがと……んっ! こここここれっ南・青通り三番のっ! えっ? 君の、って、えっ?」
「はい。うちは南・青通り三番の食堂で、俺はタクトと言います」
「ふぉーーーーっ! し、しょ、ショコラ・タクトのっ! ふぉっ? ごふっごふっごふふっ!」
いや、咽せるほど吃驚しないでよ……
どうどう、落ち着いてくださーい。
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