第318.5話 調査する人々

 ▶セラフィラント リエルトン港の面々


「お嬢! お嬢! 判りましたよ!」

「……呼び方っ!」

「あ、すみません、アリスタニア港湾長!」

「まったくぅ、何度言わせるのよぅ」

「さーせん、つい昔からの癖で」


「で、判ったの?」

「はい、ビィクティアム様から頼まれてた『緑の楷樹の実』、ディエイン砂丘近くの楷樹で間違いなさそうです」

「……緑の実なんて……あったかしら? 赤っぽくなるのは見たことあったんだけど……」

「赤くなったその後、固い殻が割れて中身が見えるらしいんすよ。多分、それじゃねぇかって」


「持ってきた?」

「はい。でも一昨年のものなんで、これだけっす」

「去年のは、なんでないの? 食べたとか?」

「いえ、これを食うのは家畜だけみたいっす。でもこの実自体が二年に一度しか実らないから、殆ど誰も採ってないらしいっす」

「そーよね。こんな可愛くない上に美味しくなさそうな堅い実なんて、食べようがないもの。でも……ディエイン砂丘付近にあったんなら、シュライエル辺りにもあるはずよね?」


「そっちはガートンが調べてます。でも、本当にこの実で合ってるんすかね?」

「わかんないわよ。あたし達には全然。でも、ビィクティアム様があの砂ばかりの場所にある楷樹に、価値を見出そうとしてくれてるのよ。絶対に探し出すんだから!」

「リンティオ村からは榛果を取り寄せたらしいですし、カルラスでも勾漆の種のことを訪ねていらしたらしいっす」


「レクサナ湖近くのあの村には榛以外なくて男達が出稼ぎに行くような土地だし、カルラスだって港があっても、ロカエほどの魚が捕れる訳じゃない所よ。そういう『あまり恵まれていない場所』を、見直してくださっているんだもん、絶対にシュライエルもお役に立てるって判ってもらわなくちゃ」


「……この港の近くは、作物も育ちにくいし、あんまり……豊かとは言えねぇ土ですからねぇ」

「でも、聞いたでしょ? ビィクティアム様が探しているものの条件! 『乾燥した水はけの良い場所』……リエルトン付近そのものじゃない! しかも『楷樹』なのよ!」


「まぁ、この辺りにゃ塩害もありますし、楷樹くらいしか育たねぇですもんね。それが必要になるなら、港だけじゃなく内陸でも仕事ができるようになりますね」

「そうよ、今まで行き交うものを羨ましげに見るだけだったこの港から、この土地で育てたものを送り出すことができるようになるのよ! 絶対に、絶対にみつけるんだから!」


「そっすね! そうなったら、シュライエルにも人が戻ってきますね!」

「もう『何にもないただの経由地』だなんて、言わせないんだから! タクト様に美味しくて、可愛いお菓子を作ってもらうのよ!」

「え? なんで、タクト様が出てくるんです?」


「あんなワケ分かんないもの欲しがるなんて、タクト様くらいしか考えられないもん。あの……えーと、珈琲豆? あれだって信じられないほど美味しくて、可愛いお菓子になったじゃない。ビィクティアム様が、タクト様に使ってもらうために探しているに違いないのよ」

「そーっすかねぇ……でも、あの緑の実、どんな菓子になるってんですか?」

「馬鹿ねぇ、解る訳ないでしょ、そんなこと!」


「お嬢! ありましたぜ!」

「ガートン! 呼び方っ!」

「あ、申し訳ない。あったんですよ、シュライエルに『緑楷樹』の林が! 塩害のあった場所に、砂の進入を防ぐために植樹したって林が、全部『緑楷樹』だったんす!」


「……毎年、実が採れるの?」

「はい! 何年かにわたって、何度も植樹されてますから。去年の実と一昨年のものと、もらってきましたぜ」


「すぐにビィクティアム様にお届けして! これで間違いないか、確認していただくのよ!」

「「はいっ!」」



 ▶シュリィイーレ衛兵隊


「ライリクス執務長、北門と北西門勤務の者達から書類が届いてますよ」

「それは多分、僕が個人的に聞いていたことのものですね。すみませんね、届けてもらってしまって」

「いえ、それくらいは……これ『狐男の伝承』ですか?」

「いろいろなものを集めているのですよ。ちょっと、頼まれましてね」


「まぁ、面白いですね。私の子供の頃聞いた話とちょっと違います」

「是非ともそのお話を聞きたいですねぇ。どこが違っていましたか?」

「私が父母から聞いた話ですと、狐男が騙すのは女性ばかりでしたし、最後には正体がばれてしまって、沼に沈められてしまうのです。ここでは狐男が女に化けて男を騙してますわ。最後も、まんまと逃げおおせていますし」


「ほう……君は、リバレーラの出身でしたよね?」

「はい。樹海に近い、カリエトという町です」

「そうでしたか。ああ、仕事を中断させてすみませんでしたね。ありがとう、リエンティナ」

「いいえ、お気になさらず。それでは失礼致します」



「ふむ。リバレーラでは男女が逆で、結末も違うのですか。ここに書かれているのは……ああ、ドーリエス……というと、出身はウァラクですね。ほぼ同じ内容なのに、取り扱っている果物や花が違うものもありますね……なるほど。確かにタクトくんの言うとおり、地域性などはかなりありそうです。時代……ああ、祖父の話と違うと書かれているものもあるみたいですね。本当に、タクトくんは面白いことを思いつくものですねぇ……」



 ▶王都 皇宮司書館


「おや、シェルクライファ紋章官殿。最近よくいらしていますね?」

「あなたと皇宮司書館で会うのは四回目ですから、あなたの方こそ頻繁にいらしているのでは?」

「神話ですか……もしかして『褒賞品登録』、ですか?」

「えっ、まさか……あなたもですか、クリエーデンス副省院長」


「はい……聖神司祭様方の意図が、どうしても汲み取れなくて……神話を全部読み直しても、神典をひっくり返しても、さっぱりなのですよ……」

「わたくしも陛下の御心に沿うのがなかなか。今、民間伝承なども調べておりますが……真珠貝など全く……」

「真珠貝……でございますか。ああ、私の故郷、カタエレリエラのケルレーリアに、真珠貝を育てる青年の話がございましたなぁ」

「なんですって! そ、そのお話を是非とも、お聞かせいただけませんかっ?」


「え、ええ……ですが、今は珊瑚のことを調べなくてはならず……」

「珊瑚……ああ、さっき読んだルシェルスの伝承に、いくつかございましたが……」

「本当でございますかっ? その書物はどちらに……?」

「こちらですが……お話、伺っても?」

「はいっ! 勿論ですとも!」



「これでお互い、調査を進められそうですね」

「我々のこの出逢いも、神々のお導きでございましょう」


((やっと本来の仕事に戻れる……!))



 ▶マリティエラ


「……絶対に怪しい。私が気付かないとでも思っているのかしら? 知っていそうなのは……お兄さまか、タクトくん辺りかしらね……」



 ▶メイリーン


「ふぇぇ……やっぱり凄く酸っぱいぃ……なんで美味しく、ならないのかなぁ……これじゃタクトくんにも、飲めないって言われちゃうー。もう一度、配合を考え直さなくちゃぁ……」

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