第313話 青シシ草の咲く頃に

 その後、更に奥まで進み、崖崩れで道が塞がった辺りまでやってきたが、魔虫の卵も成虫も、そして巣も見つけることはできなかった。

 まぁ……この辺りは俺がガッツリ駆除して浄化済なので、マーキングも見当たらない。


「……どうやら、全員あっち側に抜けたのかもな……」

 ちょっとほっとしたような顔で呟くバルトークスさんの側を、俺は何も言えずに少し離れた。


 新しい土地に辿り着けなかったやつがいたんだよ、とは絶対に言えない。

 でも、そいつらが生まれた町を危険に晒すような真似はさせずに済んだよ……と心の中で呟くだけだ。


 浄化したせいか、この辺りはもの凄く茸やら山菜の生育がいい。

 地面がもう、美味しそうな山菜でキラッキラなのである。

 ああ、これは我慢できない……!


「父さん……少し山菜摘んでいっていいかな? めっちゃくちゃキラキラで、美味しそうなやつばっかりなんだよ」

「む、そうなのか? 山菜は『テンプラ』ってのにすっと旨かったよな?」

「うん、米と一緒に炊いても、和え物にしても絶品……!」

「この辺りに魔毒があるかどうか『視え』るか?」

「ない。魔毒どころか、毒性のある生物もいない。茸も全部食べられるものばっか」


 俺と父さんの内緒話を後ろから聞いていたるルドラムさんが、手伝うよ、といいながらにかっと笑う。

 そういえば、ルドラムさんも天麩羅が大好きだったっけ。


「バルトークス組合長! 明日の昼食に使用する食材を今、採っていきたいです! 少しここで採取しててもいいですかっ?」

 猟師組合三人組が、なんだとぉ? みたいに凄むけど、ここは引けない。

 このキラキラの山菜を今ここで摘んでいかなかったら、俺はきっと悲しくて今晩眠れなくなってしまう!


 俺の固い決意と熱意が伝わったのか、諦められたのか、じゃあちょっと休憩にするかと皆さん立ち止まってくれた。

 では!

 採取タイム、スタートですっ!




「おーい、そろそろ行くぞー」

 あっ、夢中になってちょっと離れてしまった。

 カタクリや山ウドまであると思わなかったから、つい夢中になっちゃったよ。

 いやー、山の恵みに感謝ですなぁ。


「タクト! その花……『青シシ草』じゃねーか!」

「青シシ草? えーと、これはカタクリとか堅香子かたかごっていう名前で、根から採れる澱粉は薬効があるし、若葉は茹でると美味しいんですよ?」

「旨いのは知っとる。この花は七、八年ごとに大量に咲くんだ。その花と茎を食いに青シシが沢山、山から下りてくる」


 青シシ……というのは、割と標高が高い所にいる赤シシ・黒シシの仲閒。

 肉質が非常によく、旨味が強いだけでなく脂肪……つまりサシが結構入っている柔らかい肉なのだとか。

 爪も角も皮も全く捨てるところなく利用される、大変貴重なシシらしい。


 ただ、この西の森の山は途中から、切り立った崖のようになってしまうので人は登れたとしても狩りをして戻ることが困難なのだという。

 そんな場所に暮らす青シシが下りてくるのは、大好物のカタクリの花が大量に咲く時期だけなのだ。

 これは是非とも、良い状態で狩っていただかなくては!


「いい時に閃光仗を作ってくれたぜ! これがありゃあ、ほぼ無傷での捕獲もできる!」

「やっぱり、大量購入っすよ、組合長!」

「タクトぉ! ちょっと、ちょっとだけでいい! 安くならんか?」

 おっと、これはいい交渉材料が。


「……しょうがないですねぇ……では、代金は半額でいいですから、青シシの肉を三頭分くらいまわしてもらえますか?」

「おおっ! それでいいなら頼むぜ! すぐにでも用意してくれねぇか?」

 はい、畏まりましたー!

 美味しいお肉をゲット(予定)だぜ!



 そしてご機嫌で俺と父さんは家路につき、母さんに青シシが手に入りそうだと告げると牛肉の時以上に大喜びであった。

 ……そんなに美味しいのかぁ……あ、涎が。

 そういえば、俺、食べたことなかったよなぁ、青シシ。


 カタクリが地上に姿を現す期間は、だいたい三十日間程度だ。

 つまり、蕾から花が咲くくらいまでの期間はもっと短い。

 俺が摘んだものは群生地ではなかったので、沢山咲いているのはもう少し上だろう。


 ……あれ?

 あの辺って、崩れた土砂で道が埋まったんだよね?

 つまり、山が崩れてて……青シシ、下りて来られないんじゃね?

 それはいかんっ!

 青シシのための……では……ないな、俺達の胃袋のためのルートを確保せねば!



 夕食後、ご依頼の閃光仗を大量生産し、猟師組合へ届けつつ俺は青シシのいるという山の上へと偵察に向かった。

 ルビーを埋めた場所に転移してから、西の森に飛んでいく。


 カタクリの群生地へ青シシを導くためのルートと、下から猟師組合の面々が上っていけるルートを造らなくては。

 だが、『道』を造ってはいけない。

 あくまで『ちょっと通りやすい』だけの、道なき道を造るのだ。


 そして、山頂へは『人が登れない』『登ったら下りられない』ようにしておかねば、青シシの生活圏まで人が入れるようになってしまう。

『七年に一度のご馳走』だからいいのだ。

 狩り尽くされては、いけないのである。

 まぁ、シュリィイーレの猟師組合の人々ならそんなことは解りきっているだろうから、乱獲なんてことはないだろうけど。


 飛びながら、カタクリを赤く示す魔法で山を見る。

 おおっ、やっぱり今日登った所より少し高い位置に、群生している箇所がいくつかあるようだぞ。

 その群生地の上の方に、少しなだらかになって牧草のようなものが生えている草地がある。

 もしかしてここら辺が青シシの成育地かも……と高度を下げていく。

 ああ、いた、いた。


 あ……かわいい系の赤シシとは違い、ゴツイ系で精悍な顔つき……青っぽい毛並みの中型のシシだ。

 ああー、やっぱり下りられなくて、崖の上でウロウロしている。


 暗くなってきたから、今日はもうねぐらに戻って行くようだ。

 寝静まった頃に、作業をしようかな。

 先に、上りルートの方に手を入れるか。



 上りルートの方は、さほど困難な道ではない。

 この辺りまでは崖崩れの影響がないから、カタクリの群生地も潰されずにいたのだろう。

 ここの山はどうやら、別の成り立ちでできた山と山がくっついたような場所なのかもしれない。

 地質が全然違う気がする。

 青シシのいる辺りはどう見ても柱状節理だし、この辺りは泥岩と砂岩だ。


 下りて来られないのは、縦に大きく崩れた崖から足場が全くなくなってしまったからだろう。

 所々に足場を造ってやればいいのだが、この岩壁は結構脆い気がする。


 表面上は魔瘴素で侵されたようには見えないけど、また断層かなんかで内部が崩れているのだろうか?

 だが、魔瘴素の流れを見ようとしても、魔瘴素を示すオレンジ色は全く視えない。

 むしろ、魔効素の方が多いくらいだ。

 本当に少ないのならいいんだが、俺がまだ岩の中にある魔瘴素までは視られないのかも。


 それとも、ここも地震かな?

 もしかして構造線とか構造帯で青シシのいる山と分かれているから、シュリィイーレ側には地震が伝わりにくいのかな?

 だとすれば、地質の違いもあって当然だろう。


 そして構造線で区切られているとしたら、青シシのいる辺りは少数民族領と地続き……そっち側からの魔瘴素汚染なら、かなりある気がするなぁ。

 多分、あの大峡谷もガウリエスタ側と同じ構造帯で続いているのだから、今後汚染は深刻化するかもしれない。


 もしもそうだとしたら、その大地の草を食べている青シシが魔瘴素で魔獣に変化したりしてしまう可能性もある。

 それは、絶対に避けたい。

 果たして獣が魔獣に変化するものかはまだただの仮説だが、危険がありそうだと解っているのであれば対策すべきである。

 青シシが魔獣化したら、絶対に角狼なんかより強いに違いない……


 大峡谷のこっち側にも昔は少数民族が点々といたようだが、今は移動したのか山が崩れてなくなってしまったのか、この山脈の中に人は全くいないという。

 まぁ、いたとしても俺的には『国境は大峡谷のへりまで』という認識の元、こっち側の大地をガッツリ浄化させていただこう。


 魔法の展開と維持には、錆山の紅の部屋手前で見つけたあのサファイアを使おう。

 ルビーの石板を埋めたのも大峡谷の間近だったから、もうひとつサファイア石板で同じように指示して埋め込めば『線』が作れる。

 それが『浄化魔法的国境』になるだろう。


 青シシのいる岩山の斜面を少しだけ細工し、いくつかの足場を造ってみた。

 脆い岩肌には、ほんのちょっとだけ【強化魔法】をかけてある。

 下りやすくもないし、多分登りやすくもないけど……こっちに来たら、狩られてしまうかもしれないけど。


 これ以上、情が湧いてしまったら食べられなくなりそう……ってことは多分ないんだが『生き物を食べる』っていうのは、解っていることだとしても時々胸が痛いよな。

 ……厨房に来たら、ちゃんと無駄なくいただくからね。



 そうだ。

 ついでだしカルラスと海底部屋の三角錐に、魔効素変換魔力吸収の指示しておこう。

 そしたら、魔力不足で魔瘴素浄化ができなくなることはないだろう。


 ちゃんと『循環』させれば、あの石板浄化システムは永久機関のはずだ。

 俺が埋めたルビー板とサファイア板もそうだしね。

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