第312話 改造『閃光仗』試用

 翌日、俺は光の剣のモデルチェンジ&アップデートに着手した。

 寒波が居座っていてくれたおかげで、まだ魔虫は本格的な活動を始めていない。

 父さんに確認したら、明日にでも西の森と白森に自警団と衛兵隊による偵察隊を出すらしい。


 えーと、痛みは弱く麻痺は強く、そして他の動植物に一切影響がでないように……と。

 魔虫だけはそれ以外の獣用と分けて特化させるから、魔虫殲滅モードと魔獣モード、そして獣モードを搭載。

 だけど、痛みを与えるのは弱いんだから、魔獣と獣のどちらにも効くようにしておいて構わない。


 そして麻痺は、魔獣の時と獣の時でスイッチを切り替えて使ってもらおう。

 光の色が変わるようにしておけば、解りやすい。


 だが、魔虫には痛みなど与えずすぐにでも動けなくする方がいい。

 そしてその場で、地面に落とさずに焼いてしまうのが一番だ。

 魔虫にだけ効果を及ぼす、発火する程の『高熱』を一瞬で与える?


 いや、焼くのではなく……分解の方がいいか。

【雷光砕星】と【極光彩虹】で分解して浄化……できるよな?

 今までも雷系の魔法は使っていたから問題ないし、神聖魔法での浄化は説明せず『ちょっと強めの【雷光魔法】』ってことにしておいてもらえればいい。

 俺の【文字魔法】が範囲指定できることは知られているし、毒で魔虫であることを特定している……と説明しておこう。



 翌朝、俺はもう一度猟師組合を訪ね、魔虫の毒を消すという薬を買ってきた。

 シュリィイーレには『薬屋』という商店はなく、たいていは病院で診察してもらってから必要があれば買うものである。

 液体薬が主流なせいか、常備薬という考え方は定着していないようだ。

 まぁ……ある程度は魔法、あるしね。


 ただ、毒消しだけは診察を受けなくても、猟師組合や外門事務所でいろいろな種類のものを買うことができる。

 魔虫特化の毒消しも、そこで買えるのだ。

 これを分析して、魔獣の確保数が少なくても魔虫の毒消しが作れるようにしておいた方がいい。


 もう大峡谷の向こうから、つまりガウリエスタ側からは、魔獣が入って来ることはない。

 そして、白森や西の森の魔虫も少なくなれば、魔獣がいたとしても毒性は弱くなる。

 今、この町で売られている毒消しが『一番毒が強かった頃の毒消し』となる可能性がある。

 だから、今の時点のデータを残しておく方がいいのだ。


 家に戻ってすぐに俺は父さんに『光の剣』改め『閃光仗せんこうじょう』を試してもらうことにした。

『剣』のように斬れるわけではないし、棒状の光で守るもの……的な意味で『じょう』にしてみた。


「ほう……魔虫は雷光で焼いちまって、浄化……神聖魔法ってことだな?」

「うん、どうやら【神聖魔法:光】は賢神一位の加護魔法だからか、【雷光魔法】と【浄化魔法】に似たことができるみたいで」

「魔虫だけに特化なんて、よくできたな?」

「【文字魔法】で、魔虫の毒の特性を指定してるからね。猟師組合で魔虫の毒消しを買って分析したから、この界隈の魔虫にしか効かないかもしれないけど」


「毒消しを? てことは、おまえ、その毒消し自体も作れるのか?」

「多分……できるんじゃないかな? まだやってないけど」

「そうか! そりゃあ、助かるな。よし、この『閃光仗』、今度の偵察隊で試そう」


 よかった。

 取り敢えず試してもらえれば、改善点も出てくるだろう。

 データが出揃ったら再度アップデートしたのを作って、ラディスさんとエイドリングスさんにも渡しておこう。


 あ、レーデルスのバーライムさんにも届けてもらわなくちゃ。

 甘薯に何かあったら大変だ。

 そうだ、エゼルに作ってもらっている虫除け香や、ホルダーとかケースも一緒にして『防虫・駆除キット』を作ってお渡ししよう!


 エゼルとレザムにも、ちゃんと代金払わなくちゃな。

 労働には対価が必要だ。うん。



「え、俺も行くの?」

 翌日、父さんだけが行くのかと思っていた西の森の偵察隊に俺も加わることになっていたらしく、朝早くに支度をしろとせっつかれた。

 うーん……そりゃあ、いつかは行くつもりではあったけど……

 ま、いいか。

 試作品の使い勝手やらなんやらは、現場での確認が一番だよな。


 一緒に行くのはバルトークスさんとルドラムさん、そして猟師組合のダンタムさんとゴトラエルさんだ。

 ……皆さん、ゴツイ。

 ガタイがいい筈のルドラムさんが、小さく見えるほどだ。


 ダンタムさんとゴトラエルさんは、見た目に反して弓の達人なのだそうだ。

 絶対に斧とか、鎚とかが似合いそうなのだが。


「この時期はまだ様子見だが、冬ごもりから出て来たばかりで少々気の荒い獣がいる事もあるから気をつけろよ」

「そうだぞ、はぐれるなよ」

 そして、とても優しい笑顔のおじさん達だ。


『閃光仗』を持っているのは俺と父さん、そしてバルトークスさん。

 簡単に使い方を説明し、すぐに森の中へと入ることになった。

 一応、魔虫と魔獣の位置確認ができるように、色つきで視える指示を有効にしている。

 今のところどちらもいないようだが、他の獣までは解らないから警戒しないとな。


 夜で、しかも上空からしか見ていなかったから、こんなに碧の森と違うとは思っていなかった。

 標高だってさほど変わらないはずなのに、植生が全く違う。


 水楢ミズナラが多いが、密集しているわけではなく森の中は明るい。

 ぶな羽団扇楓はうちわかえでに似た高木もちらほら見える。

 おー、ヒラタケとかキクラゲもあるぞ。

 おおっ、椎茸も発見!


「……タクト、今はちゃんと前を見ろ」

 父さんに後ろからゴツッとやられた。

 デスヨネー……すんませんっしたっ!

 茸は後日、改めて採りに来ます。


「橅のウロは気をつけろよ。水を吸いやすい木だから、魔虫が毒を入れて巣にしていることが多いからな」

「あと、この羽楓はねかえでは、実が付く再来月くらいになると小さい獣が寄ってくる。それ目当てのデカイやつが潜んでいるから、その時期に来るなら気を抜くなよ」

「そうだな、タクトは茸や木の実を採りに来そうだもんな。下草の裏に小動物の死骸があったら、魔虫が寄ってくるからすぐに焼いちまうんだぞ」


 前を歩いているバルトークスさんやダンタムさん達が、あちこちを指差しながら教えてくれるのは助かる。

 流石、猟師組合の方々はいろいろと森に詳しい。


『植物鑑定』もしながら、巣も見つけられるようにしていこう。

 巣の中に魔虫がいなければ、色が変わる反応は視えないかもしれないもんな。

『魔虫の毒』を見つけられるように、指示した方がいいかもしれない。


 暫く歩くと少し開けた場所に出た。

 獣や魔獣を、このような所々にある開けた場所に追い込んで仕留めたいらしい。

 どうやら本格的にいろいろと出てくるのは、ここから先のようだ。


 丁度、視線を向けた奥の方に、小さめの兎に似た獣がいた。

 兎よりきついお顔立ちで、ちょっと怖い。耳が垂れていてもあまり可愛くない。

「よし、閃光仗を試してみっか」


 父さんが痛みモードの白っぽい光で、兎擬きを刺激する。

 逃げ出すかと思ったけど、向かってきた。

 結構、好戦的な兎さんだ。


 そして、次に青い麻痺モードの光で、突進してくる兎擬きになぎ払うように光を当てる。

「おーっ! 動かなくなった!」

「すげぇな、一瞬だぜ」

「こりゃいい! 全く傷つけずに牙兎きばうさぎを止められるたぁ! 毛皮も売れるぞ」


 どうやらかなり凶暴な種類らしく、噛みつかれると結構深い傷になるのだとか。

 怖い兎さんだった……


 みんなが獲物の捕獲と閃光仗に夢中なので、今のうちに魔虫の毒を可視化してみますか。

 おおっ?

 ……思っていたより点在している……

 こうしてみると、どうも『マーキング』をして、巣を作る場所の候補地に印をつけているみたいだ。


 マーキング程度では、木はまだ腐り始めたりしないのだろう。

 物件選びとは、魔虫のやつ贅沢だな。


 きっとここらの巣で孵った個体ではなく、別の場所から飛んできたやつなのだろう。

 そのチェックを全て外してやりたいところだが、ちょっとだけ我慢だ。

 今まさにあちこちの物件に唾をつけまくっている魔虫が、この辺をウロウロしているはずである。


「タクト! 頭を引っ込めろ!」

 俺の後ろからゴトラエルさんの声が響く。

 とっさにしゃがみ込むと、魔虫と思われる数匹が頭の上を飛び去った。


『閃光仗』装備、魔虫殲滅モードスイッチオン!

 濃い黄色に薄い蒼が纏っているかのような光を放つ閃光仗を右手に構え、水色に色づいた光を視線で追う。

 立ち上がった途端に、俺を見つけた魔虫共が速度を上げて飛びかかってこようとする。


「馬鹿っ! 引っ込んで……!」

 怒鳴り声の聞こえた瞬間に、振り下ろした閃光仗の光が二匹の魔虫を包み込み……消した。

 ふぅ、大成功。


 うわ、まだいるっぽいぞ。

 魔法を打ち込みたい衝動を抑えつつ、閃光仗を振り回す。

 広げた柄の幅いっぱいに魔法の有効範囲を広げてあるから、簡単に光が魔虫に当たる。

 うーん、蠅たたきのデカイやつを振り回している感じだ。


 そして水色の虫共は姿を消し、俺は大きく息を吐いて身体の力を抜いた。

 ばちーーーんっ!

 ……油断大敵……

 でも突然身内に、背中を攻撃されるなんて思わないでしょ。


「い、痛いよ……バルトークスさん……」

「今のはなんだっ! おまえのその光の、えーと」

「『閃光仗』」

「そうっ! そいつの力かっ?」

 さっき説明したじゃーん……


「魔虫の毒を感知して、この光の範囲で【雷光魔法】を……って、言いましたよ? さっき」

「だからってよぅ……あんなに一瞬で、魔虫が消し飛ぶなんて思ってもいなかったぜ」

「これ、本当に魔虫にしか効かんのか?」

「はい。殲滅は魔虫だけです。魔獣は……試してみないと解らないですが、多分あんまり効かないです」


「それにしたって……どういう理屈なんだよ?」

「そういう魔法なんですよ」

「だから、それがどういうものかって言ってんだよ」

 食い下がるなぁ、バルトークスさん。


「じゃあ、弓で矢を射るとどうして飛ぶのか説明してみてくださいよ」

「あ? そりゃ……こう、ぎゅーんって引っ張れば、離した時にバーンって行くだろうが」

「ぎゅーんってどれくらいの、どういう力なんです? バーンってどのくらいの反動なんです?」

「……弓ってのは、そういうものなんだよ!」

「魔法もそういうもの、なんですよ」


 弓はきっと物理学とか力学とか使えばある程度説明できると思うけど、それを知らなきゃ魔法と同じで説明なんかできないでしょ?

 そして相手にもその知識がなければ、説明を理解できないのだから『そういうもの』で納得してもらいたいです!

 俺だってまだ神聖魔法を完璧に理解していないんだから、かみ砕いて説明とか無理。


「ガイハック! おめーの息子は理屈っぽ過ぎるぞ!」

「そりゃ、俺のせいじゃねぇよ。でも、この魔法に関しちゃ『そういうもの』で納得して、上手い使い方をすることだけを考える、でいいと思うがな」

 父さんのフォローは、神聖魔法ということを明かせないから、だ。


 あ、ルドラムさんもダンタムさんも笑ってる。

「タクトの魔法はいろんな魔法が重なってるから、説明されたって魔法師じゃなきゃわかんねぇすよ、組合長」

「そーだよなぁ。あの保存食の魔法だって、未だに全然わかんねぇんだから、こんな新しい魔法が解る訳ねぇって」


 バルトークスさんは、大きく溜息をつく。

「……そーだな、聞いたってわかんねぇなら、上手く利用できる方法を考える方が建設的だな。で、こいつはどんくらい作れるんだ、タクト?」


「材料さえあれば、いくらでも。だけど、魔力を使っての使用者登録が必要だから、ひとりにつきひとつだけね。でも、使用者の変更は、俺の所に持ってきてくれたらすぐにできるよ」


 なら、猟師組合全員分が欲しいというダンタムさんに、予算が厳しいから取り敢えず、ひとつのチーム二、三本……と主張するゴトラエルさん。


 その辺の相談は、組合事務所でやって欲しいかな……

 まだ、もう少し奥まで行くんですよねー?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る