第311話 隠蔽工作完了
「ありがとう、タクトくん。凄いな……完全に銀証にしか見えないし、開いても何ひとつ違和感を感じないなんて……」
「ライリクスさんの魔眼でも、視え方は変わりませんか?」
「ええ。揺らぎも靄も、全く視えません」
ふっふっふっ、『看破の魔眼』をも凌駕できたのは、やはり
【
「紛失防止機能もつけましたので、この身分証入れの真ん中辺りに魔力を通してください」
「……こうですか?」
はい、完璧です。
魔力登録も終わったので、全ての魔法が滞りなく発動いたしましたよ。
同じように紛失防止を付与したとだけ言って、マリティエラさん分の緋色金プレートを渡す。
これをケースペンダントにセットしてもらえれば加護も掛かるし、聖魔法が出たとしてもすぐに隠蔽できるのでうっかり『金証』になってしまうこともない。
セラフィエムスは男系だから、マリティエラさんは多分大丈夫だと思うけどもしもってこともあるからね。
「ところで、この魔法の代金の件ですが……」
「あっ! お金は要らないですよ! でも、お願いがあるのです! ちょっと面倒くさいことかもしれないのですが」
支払い書を取り出そうとするライリクスさんを慌てて止める。
「僕にできることですか?」
「はい、勿論ですよ。ライリクスさんが知っている限りの、この国に伝わる伝承や御伽噺、昔話などを教えて欲しいのです」
神話の最終巻を読んで、時折話が途中までだったり、終わったはずなのに後日談があったりしている伝承の本が、シュリィイーレ教会の秘密部屋にあったことを思い出した。
その本は水源から入った古代部屋の本棚にもあったのだが、全然違う内容で語られていたりするものもあって不思議だったのだ。
そしてその多くの話が、神話の最終巻を元にしているものではないか……と、思えたのである。
だが『夜』の様子が描かれている神話の最終巻だというのに、あの石板から写し取ったもの以外は、時間帯がバラバラなのだ。
石板時代、前・古代文字時代、古代文字時代と今、口伝で伝わっているものが集まったら、その変化の理由が掴めるのではないかと思ったんだよね。
人は……都合の良い部分だけを残す。
一体何が、どのような人々に都合が悪くて削られたりねじ曲げられたりしたのか……もしかしたらこの信仰が一度消えかけた原因も推理できるかも、なんてことまで妄想したのである。
「できれば、マリティエラさんからも伺いたいんですよね。北のマントリエルと東のセラフィラントでは、伝承なども違っていそうで」
「それは……なんのために?」
「趣味です。好きなんですよね、伝承とか昔話」
怖いのは苦手だけど、御伽噺としてなら大丈夫だし。
神話の最終巻にも『夜』だけどホラーっぽいものはなかったから、きっと平気!
「母さんから聞いたのと同じような話が教会の司書室の本にあって、でも父さんが知ってた話と違っていたり、ビィクティアムさんから聞いた伝承と似たものがあったりしてたから。地域とか時代で、結構伝わり方が違うんだろうなーって」
「時代と……地域性ですか。解りました。僕の知っているものと、マリティエラや他の衛兵隊員達からも聞いてみましょう。衛兵隊には、いろいろな領地の者がいますからね」
わーい!
楽しみー!
これで神話の最終巻を、もっと楽しんで読めそうだぞ。
……セインさんに発見してもらうのは……もう少し後にしてもらおう。
まだ全部、訳も終わってないし。
「それと、もうひとつ聞いてもいいですか? タクトくん」
「はい?」
「その……窓辺の水槽は?」
あ、そっか、珊瑚なんて珍しいもんなぁ。
最北のマントリエルには、なかっただろうし。
「この朱色と桃色のものは珊瑚です。で、岩に張り付いてるこの貝は真珠貝ですよ」
「まさか……育てているんですか?」
「イスグロリエスト大綬章と教会偉勲章の褒賞下賜品……とかで、届いた中に生きているものがありまして。丁度セラフィラントから送ってもらった水槽に海水が残ってましたから、入れたら元気になるかなーと思って」
「……珊瑚で飾るなんて、考えても……」
「いえいえ、この珊瑚も生きてますよ」
「は?」
「珊瑚は動物ですから。動いて見えなくても、ちゃんと餌を食べるし卵も産みます。この種類は体内で藻を飼っていて、それも栄養にしているんですよ」
ライリクスさんは珊瑚とアコヤ貝を繁々と眺め、まだ信じられない、といった風な表情を浮かべる。
まぁ、そうだよねぇ。
珊瑚なんて、まだ植物って言われた方が納得できるよね。
「褒賞の真珠貝には、どれほど真珠が入っていたんですか?」
「ああ、これ一個ですね」
「……この
「貝自体は沢山あったんですけど、どうも真珠が形成される前の若い個体ばかりだったみたいです。貝殻も、使い物にならなかったですから。あ、貝柱の煮付けありますけど持っていきますか? 俺、あんまり沢山は食べられないから」
そう言って半ば無理矢理、煮付けの瓶詰めをひとつ押しつけた。
小瓶で三つほどできあがったのだが、ひとつは父さんの酒の肴になった。
もうひとつは……どうしようかなぁ。
不味くはないし、食感も悪くはないんだけど……やっぱ食べ慣れって大事だよね。
どうせなら、蜆とか浅蜊とかの方が嬉しかったなー。
セラフィラントのレクサナ湖とかに、蜆いないかなぁ?
でも、汽水湖じゃないから無理か……
夕食後に、アクアリウム越しに夜空をぼんやりと眺める。
ライリクスさんからの依頼で改めて、今回清書する予定の新法典が今のものと比べて随分と変更になっているのだろうと思った。
……多分『貴族』の規定が、相当厳しくなっていそうだ。
でも、そうだよねぇ。
陰謀にすらならないような馬鹿っぽい事件だったとはいえ、『聖魔法師』や『大貴族』に対する不敬が過ぎる案件が多発したからね。
しかも、神斎術師である次期セラフィラント公に、とんでもないことをしちゃってたからねぇ。
今までビィクティアムさんを蔑んでいたやつらは『粛正』とまではいかなくても、かなり厳しい状況になるんだろうな。
自業自得なので、その辺は気にしてはいないんだけど。
室内の光が、夜空を背景にしたアクアリウムの水に煌々と反射する。
……魚、いないけど結構癒しになるものだな、珊瑚と貝でも。
海月とかなら……入れたいかも。
入れないけど。
そーだ。
割れちゃってた珊瑚を使って、スノードームみたいなの作ろうかな。
ひっくり返さなくてもキラキラがずっと降り注いでいたら、なんか癒されちゃったりしないかな?
雪が降ってる……っていうと、シュリィイーレの人達は『大変!』って思っちゃいそうだから、光が降ってるって方がいいよね。
ビィクティアムさんの式典の時みたいに、空気の粒に光を入れたものを散らして降り注いでいるように見せたら綺麗だよね。
光……
あっ!
忘れてたよ!
光の剣、改造しなくちゃ。
そろそろ魔虫の季節だし、魔獣狩りも始まるし!
大量発生阻止作戦を完遂して、すっかり気を抜いていたよ!
衛兵隊東門詰め所・長官室 〉〉〉〉
「失礼します、今、お時間宜しいですか?」
「ライリクス……? どうした、何かあったか?」
「いえ、いくつか確認したいことがありまして。ご負担でなければ【境界魔法】をお願いできますか?」
「……ああ、もういいぞ」
「ありがとうございます。この身分証を鑑定していただけますか? できれば……神斎術で」
「なんで、銀証なんだ……? ん? 何も感じないが。……! おまえ、まさか血統魔法を閉じたのかっ?」
「いいえ、そんなことはしていません。何も……感じない、ですか?」
「もしかして【隠蔽魔法】か? ああ、全然何も……! そうか、タクトか!」
「はい。凄いですね……僕の魔眼だけじゃなく、あなたの神斎術での鑑定からも隠し果せるなんて」
「この台座にもう一枚、金属が貼り付けてあるみたいだな」
「ええ、付与した魔法を支えるためだと言って、緋色金を使ってくれました。この【文字魔法】の書かれている金属板も緋色金です」
「……凄いな。この金属のおかげで効き目が強く、どんな鑑定の魔眼も通さないのかもしれん……まさに『神鋼』か」
「そうだと思います……そこに書かれている文字は、お解りになりますか?」
「読めないが……随分と複雑な文字だな? ニファレントのものか」
「はい。『ニホンゴ』と言うらしいです。音を表すものだけで百文字、意味を表すものとなると、五万字あると言っていました」
「……ご、五万……?」
「ええ、日常的なものは二千文字程だから、全部は覚えていない、と言っていましたが、多分彼はかなりの数を覚えていると思います」
「確かにここに使われているものも、同じ形のものは少ない。日常的に二千文字とは、それだけでも覚えきれんな」
「……僕には、そこに書かれている文字は全く見えません」
「え?」
「タクトくんが書いている時は、確かに見えたんです。でも、書き上がって魔法が発動した途端に……見えなくなりました。僕の目には……魔眼での鑑定ですらも、何も書いていないようにしか映らないのです」
「どういうことだ……? なんで、俺には見えているんだ?」
「おそらく神斎術をお持ちだからでしょう。タクトくんはその金属を【
「そうか……あいつ『神詞操作』なんていう技能があったな。文字をその技能で書くと、神聖属性になるのかもしれないな」
「多分、タクトくんは無意識です。ただ、この魔法を作る時に『全力で、全ての鑑定も看破もできない、完璧な隠蔽の魔法を用意する』と言ってくれました。そのせいで、上位魔法・上位技能を使用しての【文字魔法】になったのでしょう」
「相変わらず、危険な魔法の使い方しやがって……」
「その時に提示された『対価』も……ちょっと気になりまして」
「ほう?」
「伝承や昔話を集めて欲しい、と」
「……俺のせい、かな?」
「興味を持ったのは、そうかもしれませんね。湿原が草原になったことも、彼の興味を引いたのかもしれませんが……タクトくんは『神話の最終巻』への手がかりを探しているように感じました」
「最後の、『夜』の部分の神話か。あり得るな」
「以前、彼自身が知っている伝承と同じものが、神典に載っていたと仰有っていましたよね? だから彼が『自分の知っているその他の伝承が、神話の最終巻にもあるのではないか』と考えても不思議じゃないと思うのです。それを確かめつつ、伝承や昔話として語り継がれているものの中にも『神話』に基づいているものがあるはず……と思ったのでは、と」
「探す手がかりというより、どんな内容かの推測をしている……ということか」
「あちらの兄が最後の『聖典』を見つけ出すより、タクトくんの推測が完成する方が早そうな気がします」
「今度こそ、ちゃんと発見者にならんと風当たりが強くなるな、ドミナティアは」
「……神典第一巻も表向きは発見者とされていますが、本当に一番最初に見つけたのはサラレア神司祭だというのは……一部では知られていますからねぇ」
「あのおっさん、探し物はあまり得意ではなさそうだしな」
「あ、もうひとつあるのですが、これは是非とも抗議していただきたいので【境界魔法】を解いていただけますか?」
「……ん、いいぞ。なんだ?」
「イスグロリエスト大綬章と、教会威勲章の下賜品についてです」
「ああー……あれは、酷かったな。どう抗議してやろうかと思案していたところだ」
「ご覧になったのですか?」
「届いた時にな」
「それでは、真珠貝の中もご確認なさいましたか?」
「いや、そこまでは見ていないが……」
「中に入っていた真珠は、小指の先ほどの歪んだ瓜のような形のものがたったひとつだけでした」
「は? 嘘だろ……? 貝は百枚近く届いていたのだぞ?」
「タクトくんが言うには、まだ充分に育っていないものばかりで、真珠は形成されていなかったようだ……と。貝殻も使えなかったと言っていたので処分するしかなかったみたいですね」
「……っ! そんなことも確かめずに、送りつけたのかっ!」
「中には生きている貝もいたようで、珊瑚と一緒に水槽で十枚ほど、飼ってましたよ」
「そうか……珊瑚もそんなことくらいにしかできない程度のものということか……」
「珊瑚って、動物だったんですね。僕は初めて聞きましたよ」
「そうなのか?」
「はい。水槽の中の飾りなのかと思ったら、生きていると。ちゃんと餌も食べるみたいですよ? あ、これ、真珠貝の貝柱を煮たものらしいです。ちょっと召し上がってみます?」
「……結構、旨いな」
「ええ、コリコリしてて歯触りもいいですね」
「真珠貝って本当に食えたのか……下賜品の内容、司祭殿は王都に報告するだろうな」
「『宝具』は資産価値を確認して、紋章院に登録しないといけませんからね」
「登録されてしまったら、次の受賞者への下賜品はかなり揉めるな」
「どうするつもりなのでしょうね……結構、美味しいですね」
「……癖になる味だな、これ」
「多分、もう一生食べられないものですよ。真珠貝を食用にしようなんて、誰も思いませんからね」
「あのバカ親父共、どうしてくれよう……」
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