第248話 神斎術、譲渡

 翌日の朝、早速動きがあった。

 動くと決めてからの行動が早いよなぁ、ビィクティアムさんは。

 秘密部屋の監視カメラで確認したところ、ちゃんと聖典第二巻を持って出てくれたみたいだ。


 このままビィクティアムさんは、教会に設置してある方陣門からセラフィラントへと移動するのだろう。

 カルラスに着くのは早くても午後だろうと高をくくっていたのだが、どうやらセラフィエムス家近隣の教会からカルラスの教会への方陣門があるらしく、十分もせずカルラスに到着してしまった。

 のんびりと朝食をとろうと考えていたのだが、それどころではない。

 俺は部屋で食べるからと言って、そそくさと自室に戻った。


 実は【音響魔法】を使えばビィクティアムさんのケースペンダントに使ったシトリンから音が拾えるのではないかと、実験を兼ねてやってみることにした。

 部屋でその魔法を起動し、今のビィクティアムさん周辺の音と会話を聞くのだ。


 それに、あの三角錐の部屋に取り付けた監視カメラは、ちょっと遠い位置だから音が拾えないんだよね。

 本当は神眼で、同じくケースペンダントに使ったラピスで遠見ができないかと思ったのだが、そもそも服の上に出す物ではないので外は見えないのだ。


 さあ、ここからが本番だ。

 もしもの時のための、待機警戒態勢に入るぞ。

 まぁ、平たく言えば盗聴と覗き見である。



 カルラスに着いたビィクティアムさんは、かなり早足で歩いているような足音だった。

 そしてすぐに突きだした三角錐に辿り着いたのだろう、俺の仕掛けた方陣が作動したようだ。

 三角錐の下部の部屋を写すカメラに、ビィクティアムさんの姿が映り込んだ。

 上手く転移方陣が発動してくれたようで、ほっとした。


 室内は明るくしてある。

 あの部屋は地下に有った三角錐の部屋と違って、真っ暗だったからな。

 ビィクティアムさんはきょろきょろと辺りを見回しているが、あまり驚いている感じではない。


〈ここは……こんな場所が存在するなんて。酷い悪臭だな〉

 多少ビックリはしているみたいだけど、結構冷静だよなぁ。

〈初代の記録の通りだな……水晶の柱、か〉

 そうか、一度初代様がここに来ているんだもんな。

 記録とか日記に記載があるとしたら、読んだことがあって当然だな。


 多分あの三角錐は水晶ではないと思うんだが、初代様は水晶だと思っていたんだな。

 あ、柱……って思っているのは、天井を支えているように見えているからか。

 ここがあの『穂先』の下の部分とは、思っていないってことだ。

 まぁ、普通、そう思うよな。

 あれ?

 てことは、穂先とこの地下部分とは、材質が違うのかな?


〈神典が光っている……? んっ……ぐっ!〉

 魔力の強制搾取が始まったみたいだな。

 ビィクティアムさんには、ちゃんと魔効素ドーピングができるように加護に書き加えてある。

 でも、凄く苦しそうだな……

 魔力を一度に、大量に使うことに慣れていないからか?


 なんとか、魔力の注入が終わったみたいだ。

 ビィクティアムさんの顔色が悪い。

 肩で息をしているし、膝をついてしまっている。

 魔力を短時間で大量に使うって、普通はこんなに身体に負担が掛かるものなのか……


 だが、魔力不足にはなっていないはず。

 なんとか立ち上がれた姿を見た時には、正直めちゃくちゃ安心した。

 俺自身が魔効素使用の魔力強制搾取に慣れてしまっていたせいか、ここまでとは思っていなかった。

 予想以上に、途轍もなく危険なことだったんじゃないだろうか。


〈……よく、俺の魔力で足りたな。ここに入れればいいのか?〉

 そうか、そういえば以前、ドードエラスが言っていたよな。

 ビィクティアムさんは魔力量が少ないって……だから余計に負担が大きかったのかもしれない。

 うー……俺の予想と、見積もりが甘かった。

 本当に御免なさい、ビィクティアムさん……


 無事に聖典は所定の場所に入れられ、三角錐が開く。

 階段が現れ、石を嵌め込める場所まで降りられるようになっている。

 地上まで降りてしまったら、右肩上の嵌め込み位置まで届かないので下までは降りられないようにしたのだ。


〈あった! ここに嵌め込むのか……〉


 カチリ、と音がして石が嵌め込まれた途端に石板からぶわわわっ、と四方八方に光が放たれた。

 そして九芒方陣が輝き出す。

 吸い寄せられるようにその方陣に触れたビィクティアムさんから、またしても魔力が奪われていく。

 だが、今度は先ほどのように苦しむ姿はなかった。


 よかった……

 九芒方陣は、大した量は取られないからね。

 俺の時と同じように魔力を注がれたラピスはビィクティアムさんの周りを飛び交い、鳩尾の辺りへと吸い込まれた。

 おお、ビィクティアムさん自身が発光している……!

 これは、無事に神斎術を獲得できたんじゃないかな。


 もう、石板から魔瘴素ましょうそは出ていない。

 ゆっくりと、魔効素が満たされていく。

「……これで、海は甦る、ね」

〈え? 今、なんと……?〉

 うわっ、こっちの声、聞こえちゃうのかよっ?


 三角錐が閉じ始めた。

 そして、俺が仕掛けた最後の魔法陣が発動し、ビィクティアムさんの姿が部屋から消えた。

 無事に表に出られただろう。

 俺の強化魔法が功を奏したのか、それとも元々ここは壊れない仕組みだったのか三角錐部屋は静まりかえったままだった。


 ふぅ……危なかった。

 まさかこっちの声まで筒抜けとは……

 この魔法、もう少し考えないとまずいな。


〈なんだ、あれは……! 海が……〉

 え?

 海が、どうしたって?


 走る足音と風を切る音が聞こえる。

 ああっ、くそっ! 気になるっ!

 ええい、カルラスに転移だ!



 俺が転移したのは、魔瘴素ましょうそが漏れていた崖の上。

 あの三角錐の飛び出した部分から港方向とは反対に行った、小さな森の崖際だ。

 ここから、カルラス港と海が一望できる。

 走って降りてきたビィクティアムさんを見つけた。


〈早く船をつけろ! すぐに海から離れるんだ!〉


 海で、何かあったのか?

 俺が海へと視線を向けると、沖合の急に深くなっている付近の海が大きく盛り上がった。

 バカでかい何かが……姿を現した。


〈あんなに大きな魔魚が……!〉

〈信じられん! あいつがいたせいで、不漁だったのか?〉

〈あの大きさの魔魚であれば、触手がここまで届く! 早く逃げろっ!〉


 驚愕する人々に、避難を促すビィクティアムさんの声が響く。

 まるで巨大な潜水艦が顔を出したかのような、あれが『魔魚』か……!

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