第193話 紅茶講座
侍従さん達の迫力に負け、そして差し出がましいことをしてしまった後ろめたさから、紅茶の入れ方を伝授することにした。
しかし、紅茶って貴族の文化なんでしょう?
どうして美味しい入れ方ってのが、研究されていないんですかね?
これも『伝統』と『格』ですか?
不味いものなんて『伝統』じゃなく『悪習』ですよ!
「えーと、まず水を整えるところからです」
「水……でございますか?」
皆さん不思議そうな顔をしていらっしゃいますな。
「タクトくん、水を整える、とはどういうことなんだい?」
セインさんとビィクティアムさんも、興味があるらしい。
「えーと、水というのは、大地を通って湧き出ています。つまり、水の中には大地に溜まっていた、様々な栄養素が溶け込んでいるのです」
カルシウムとかマグネシウムとか言っても、俺が説明しきれないから『栄養素』とした。
『鉱物』と言ったら、もっと不思議そうな顔をされそうだし。
「紅茶というのは、非常にその栄養素の含まれ方に左右される飲み物なので、紅茶に最も適した状態に調整するのです」
「おまえ、水系の魔法が使えたのか?」
あ、やっぱ突っ込まれた。
ビィクティアムさんは細かいよね。
「俺は『大地の栄養素』を鑑定で判別しているので、それを【加工魔法】で取り出したりして調整しています。でも『水質鑑定』と【水性魔法】が使えればその方が簡単なはずです」
そう言うと何人かの侍従さん達から、使えるという声が上がった。
「では、この何もしていない水と、俺が調整した紅茶用の水を鑑定して違いを覚えてください。どう見えますか?」
濃度とか酸素量とかpH……なんて俺の拙い説明では絶対に理解されないので、そのものズバリを完全に記憶してもらう方が早い。
「何もしていない水の方が、色が濃い物が沢山入っています。もの凄く……青が強いです」
「紅茶の水は淡い色で、なんだかキラキラしている感じです」
「そのキラキラは空気の粒です。その量や色を覚えてください。そして、普通の水をその色や状態になるように魔法で調整してみてください」
その魔法を試してもらうと、何度もやらないうちに皆さん水の調整ができるようになった。
うーむ、流石は皇宮に務める侍従の方々だ。
優秀な方が多い。
「この水ができれば、半分は合格です。次に大切なのは温度です。紅茶を入れる時は必ず完全に沸騰させなくてはいけません」
「……『沸騰』とは、どのようなことなのでしょう?」
おっと、語句の説明が必要だとは……
そういう概念がなく、ただ『温めて』いただけなのか。
いや、お貴族様に熱い飲み物を出して、火傷騒ぎにならないように、かな?
そりゃ、美味しくないのは当たり前だ。
「沸騰、とは水を火にかけた時に、ボコボコと気泡を発する状態の温度のことです。えーと……これくらいですね」
百聞は一見にしかず。
そしてポットの選び方、なぜその形なのかどうして沸騰させた方がいいのか、茶葉の特性や時期に合わせた入れ方を教えてから実践してもらった。
「ではみなさん、飲んでみてください」
勿論ビィクティアムさんとセインさんにも、侍従さんが入れた紅茶を召し上がってもらう。
「うむ、美味いな」
「確かに、さっきとは比べものにならない美味しさになった」
侍従さん達も口々に美味しい、こんなに違うなんて、と笑顔がこぼれる。
「これで、東茶寮の侍従どもに一泡吹かせてやれる!」
え?
「ありがとうございます、スズヤ卿。次の選定会ではきっと、我々が一番です!」
「選定会? 一泡吹かせる……って」
「はい、去年の選定会で随分と……その、やり込められてしまっていて。今年こそはと」
ここでも、リベンジ……か。
「なんだ……そんなことなら、教えなければよかったな……」
ガッカリして、つい呟いてしまった。
いや、こんなことを言うのは失礼なのだと解っている。
彼らは必死だったのだし、その選定会というものを通して侍従のモチベーションを上げることにもなるのだろうから。
「タクト……? そんなこと、とは」
「俺は、皆さんが訪れる人達にただ美味しいものを提供したいという気持ちから、学びたいと申し出てくれたのだと……勘違いしていただけです。気にしないでください」
うん。
これは俺の勝手な思い込みが、ちょっと見当違いだったってだけだ。
誰も悪くない。
落ち込むのは、俺自身のせいだ。
「食べることやお茶を楽しむことを……誰かと競ったり、勝ちとか負けとか……なんだか俺は好きじゃないってだけです」
ぽふん、とビィクティアムさんが俺の頭に手を置く。
慰めてくれてるんだろうな。
相変わらずの、子供扱いだけど。
「食べ物は楽しむため、か」
「全ての食べものや飲みものは人を幸せにするためにある……と思っているので、そのことで誰かが嫌な思いをするっていうのが、苦手なだけです」
あ、いけね。
俺のせいで、変な空気になってしまった。
俺はごちそうさま、とだけ言って部屋を出た。
ビィクティアムさんとセインさんもすぐに来てくれたけど、気分がなかなか回復しない。
すると、セインさんが気を遣ってくれた。
「皇宮の中庭は美しいぞ。行ってみないか? タクトくん」
「そうですね。食べ過ぎちゃったので少し歩きたいです」
うーん……修行不足だなぁ、俺も。
中庭はシュリィイーレの中央広場のように、噴水を中心としたシンメトリーの作りになっていて大変美しい。
ここにも教会の聖堂ほどの大きなサイズではないが、神々の像がある。
真ん中より少しだけずれた位置にあるけど、主神の像だけちょっと大きいんだな。
正面台座に『シシリアテス』と掘られている文字が、俺には赤く見えた。
これ『前・古代文字』だ!
主神の像のまわりを歩いてみる。
他にも何か、書かれていないだろうか?
真裏を見た時に、なんだか不思議な感覚が襲ってきた。
この像、なんか変だ。
なんで裏側にまで、襟のあわせがあるんだ?
主神の像は他のものと違い、足が隠されている。
長いローブかと思っていたのだが、裏から見ると……ドレスのようだ。
そのドレスの裾が掛かる台座に『前・古代文字』を見つけた。
『シシリアティア』
あの名前だ。
主神の別名?
なぜ『こちら側』は……名前が違うんだ?
名前……シシリアテスは男性名だ。
シシリアティアは、どう見ても女性名。
どういうことだ?
同じ神を指す、男性名と女性名があるってことは……
両性体?
雌雄同体?
それとも、そのひとつの身体に、ふたつの神の精神が宿っているということ?
いや、男性と女性の両方を併せ持つことで『完全』であるとされたのか?
シシリアテスとシシリアティアが、同体でありながら対をなすふたつの精神であり、二柱の神であるとするならば、スサエレーザとスサルオーラもそうではないのか?
「ねぇ……セインさん『スサエレーザ』っていう名前、聞いたことある?」
「いや? 初めて聞くが、どこかに書いてあるのかね?」
「じゃあ、『スサルオーラ』は?」
セインさんとビィクティアムさんの視線が、急に厳しくなった。
いるのだ。
『スサルオーラ』が。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます