第157.5話 教会の一室にて
「こちらにおいででしたか。遅くなりました」
「いや、すまんな先に『門』で来てしもうた」
「相変わらず見事な【方陣魔法】でございますね、上皇陛下」
「ビィクティアム、父上がここにいらっしゃることを知っておったのか?」
「勿論です。シュリィイーレを預かる身として、当然でございます」
「うむ、ティム坊は、よぅやっておる」
「……大伯父上……その呼び方は……」
「久しぶりですね、アイネリリア」
「お久しゅうございます、上皇后陛下」
「して、おまえ達はどういうつもりでシュリィイーレに来たのじゃな?」
「そ、それは……」
「皇王としての仕事とは、思えなんだが?」
「……は」
「皇王陛下は、タクトにお会いになりたかったとのことでございます」
「ほほぅ、それは公務であるのか?」
「……」
「シュヴェルデルク!」
「も、申し訳ございませんっ! 私的な興味でございました! あの見事な『蓄音器』の作成者にして、天にも届く舞曲を作り上げた青年に……興味がございました」
「え……あの無礼な店員が……蓄音器……の?」
「黙れ、ハーレステ。おまえに発言を許した覚えはない」
「……申し訳ございません……」
「ふむ、その者は近衛か?」
「はい、わたくしの侍従にございます……」
「アイネリリア、あなたが美しいものを愛でることは、大変素晴らしいことと思いますが……近衛は、能力と人格でお選びなさい。容姿と家柄だけでは、良い侍従にはなれません」
「……はい……」
「リヴェラリム、ハーレステを連れて方陣門の近くで待て」
「はっ」
「……最近の若い騎士や近衛は、どうやら
「貴族子弟の教育改革は、皇后の仕事ですよ」
「はい、本日わたくしも痛感いたしました。如何に自分が甘やかしていたか……お恥ずかしい限りでございます」
「あなたならば、立派に果たせましょう。期待しておりますよ、アイネ」
「はい、励みまする」
「ガルドレイリス……いや、ガイハック。そなた達の邪魔をするつもりは、なかったのだが……タクトに一度でいいからと言われてのぅ……」
「いいえ、お越しくださいましたことは、光栄と存じております……ただ、これ以上は……」
「解っておるとも。ミアレッラも、気を遣わせてすまなんだ。この馬鹿共にはきちんと言っておくでな」
「恐れ入ります」
「ミアレッラ……貴女達から可愛い息子を奪う気はないの。それだけは……解ってね?」
「もったいのぅございます。上皇后陛下」
「では、私どもは、これにて失礼いたします」
「ま、待て! ガルドレイリス! まだおまえに話が……!」
「よい、早くタクトの所に戻ってやれ」
「……はい」
「父上! まだ私は、あいつに言わねばならぬことが……!」
「今更なんの言い訳じゃ? おまえのくだらない発言で、あのふたりがどれほどのものをなくしたのか、まだわかっとらんのか!」
「ですから……あれは、ただの冗談であったのです。ただの……」
「身分が上の者の無責任な発言が、どれほどの者達に影響するか、身を以て学んだと思っていたのだがな……」
「私は……謝りたかったのですよ、父上」
「ならん」
「え?」
「皇王が頭を垂れてはならん。皇王はひとつたりと判断を間違ってはならんのだ。過ちを詫びて許される立場ではないのだぞ」
「それでは……私は一生許されないのでしょうか。我が友に……生涯……」
「そうだ。さっき、食堂の前で聞いておったであろう? タクトが言った言葉を」
『自分以外の人が、何を大切にしているかなんて解ろうともせずに自分の価値観を押しつけて傷つけておきながら、許されると思っている方が図々しいんです。心に付けられた傷は他人には解らなくても、どこまでも深く一生消えないことだってある』
「あのふたりは……タクトほどは、苛烈ではないであろう。おまえが詫びれば、言葉の上では赦すかもしれん。だが、おまえは赦されてはいかんのだ」
「……」
「楽になろうとしてはいかん。おまえは『復讐』を受け止めなければならないのだよ」
「はい……」
「それにしても……タクトは身内を守ることに関しては、随分ときつくなるのだのぅ……」
「そうですわねぇ、いつもとっても穏やかでよく笑う子なのに」
「おふたりは……彼を、よくご存知のようですが……?」
「当たり前じゃ。タクトは、うちの『お得意様』だからの」
「いつもうちの紅茶や、お砂糖を買ってくれるのよ。それをとても美味しいお菓子にしてくれたり、美しい形の砂糖菓子にしてくれたり」
「タクトがたっぷり買ってくれるおかげで、国庫を煩わせずに済んでおる」
「……おふたりの歳費が減ったのは……そのせいだったのですか」
「紅茶の入れ方も、大伯母上が?」
「いいえ、タクトは全部自分で勉強して知っていたの。あの子は、本当に勉強熱心だわ」
「どれほどの教育を受けたか気になって聞いたことがあったが、確か十六年間、ほぼ毎日、一日に何時間も座学の時間があったそうじゃからのぅ」
「タクトがあらゆる知識を持っているのも、その礎があったからこそでしょうね。貴族達の勉学のなんと浅薄なことかと、恥ずかしくなりましたよ」
「……十六年間……? タクトがシュリィイーレに来たのは確か、十九歳の時だったはずですが……そんなに幼い頃から?」
「な、なんとも……信じられないですが、納得いたしますな。彼の叡智はそうした素地があったということですか」
「ドミナティア神司祭は、タクトに随分と期待しているようですものね」
「恐れ入ります、上皇后陛下……彼は古代文字が全て読み解ける、この国唯一の賢者にございますので」
「やはりな……他国の言葉も、難なく読んでおったわ。物の成り立ちや、原理にも精通しておる」
「それでも、タクトが幼い頃からの勉学を習得できたのは、彼自身の才によるものでしょう。並大抵の頭脳ではありませんわ」
「その上、あの『蓄音器』! あれには絶句したわい。あのような物、作れたとしても成り立たせることなど不可能じゃ」
「『成り立たせる』……とは?」
「あの魔法が、黄魔法なのはわかっとるな?」
「はい【音響魔法】であると、タクト本人からも確認済です。尤も、初めは常時発動であると思い至らなかったようで、魔力切れを起こしていました」
「黄魔法……? あの複雑で多くの楽器を使った曲を、黄魔法で常時? なんということ……信じられませんわ……」
「伯母上が驚かれるのも無理はございませんが……その常時発動も、タクトはあっという間に解決してしまっているのです。どうやったかは、秘密だと言っていましたが」
「それじゃ。その『黄魔法の常時発動を解決できる方法』が、まさしくタクトの最も大きな価値のひとつと言える」
「ただでさえあの子はとても魔力量が多いですが、それ以上に『魔力を引き出す方法』を知っているということになります」
「タクトの魔力量は知っているか? ティム坊」
「……最後に確認した時は、六千を越すぐらいでしたが……」
「それは、常時発動を解決する前か?」
「はい。あまりに増えた魔力に戸惑って、我々に相談してくれた時に確認したものです」
「では、蓄音器で魔力を吸い取られている時の表示ということじゃな。ということは、最大値は少なくとも二万以上のはずじゃ」
「……あ、あり得ない。なんだそれは……? どういうことですか、父上?」
「あの子は、常に魔法を使い続けている。おそらく、かなり前からじゃな。隠蔽や身体の強化、それと防御系」
「防御……? 聖魔法ですか?」
「そこまでは『視えん』が、そうした魔法を常に使っているせいだろう。魔力総量はおそらくこの国一番と言っていい。そのタクトが、魔力切れを起こすほど『音楽を流し続ける』ことは過酷なのじゃよ。常人には絶対に成立させられん」
「『魔力の根源』……!」
「それを操れる可能性があるということですか、上皇陛下!」
「よいか、タクトを絶対に他国に出してはいかん。このシュリィイーレからもなるべく出すべきではない。タクトの技術や魔法も、できるだけイスグロリエスト国内だけで留めるのじゃ」
「タクトは『約束』に対して真摯であることを求める子です。あの子の信頼を決して裏切らないことよ」
「今後も一層、警護に務めます……!」
「そうじゃな。ティム坊、頼むぞ」
「で、ですから……その呼び方はお許しくださいと……」
「いいではないか。おまえは儂らにとっては、まだまだひよっこじゃ」
「さて、おまえ達は、王都で説教じゃな」
「え……まだ……」
「当たり前だ!」
「あの近衛の処遇も、きちんとなさいね、アイネ」
「はい!」
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