第156話 ショコラ・タクト
俺は慌てて、厨房の奥に用意していたケーキを運び込んだ。
「メイリーンさんに食べて欲しくて、新しいお菓子を作ったんだ」
俺は彼女の前に直径十二センチほどの、小さいポーションタイプのケーキを出した。
チョコレートで全体をコーティングした上に、チョコで飾りも作ってある。
『ショコラ・タクト誕生日限定特別デコレーション』である。
立体的なチョコの造形も、温度管理さえしっかりしていれば思った通りの形にできた。
……とはいっても、結構練習はしたのだが。
メイリーンさんはそのケーキを見つめて瞬きもしない。
「……こんな綺麗なお菓子、見たことない……スゴイ」
このメイリーンさんの呟きに、おじさん達がわらわらと集まり出す。
「こ、これは……菓子……なのか?」
「信じられません……なんと素晴らしい芸術品でしょう!」
ビィクティアムさんの伯父上様と伯母上様は、ちょっと大袈裟すぎる。
「綺麗ねぇ……メイリーン、あなたのためにタクトくんが作ってくれたのね! なんて素敵なの!」
「タクトくん……これは、まさか、カカオ……ですか?」
お、流石ライリクスさん。
「ええ。この間、山のようにいただいたカカオで作りました。はっきり言って最高傑作です」
「最高……」
「……傑作」
ライリクスさんとマリティエラさんがゴクリ、と唾を飲み込むように呟く。
息ぴったりだよな、このふたり。
「あ、マリティエラさんとライリクスさんの分は、ちゃんと用意してございますよ。いろいろとご協力、ありがとうございました」
おっと、ふたりがまるでハイタッチのように手を合わせたぞ。
ビィクティアムさんは、ありゃ甘そうだな……って顔で苦笑いしている。
セインさんとあのおふたりは……食べたそうだなぁ……
「……食べたいんですか?」
俺が嫌々問うと、三人とも無言で見つめてくる。
「でもなぁ……そちらの皆さんにはどっちかっていうと、今日は迷惑しかかけられていないし……」
急に悲しそうな顔になったぞ。
なんか、面白い。
「解りました。一般用ですが特別に出しますよ。ビィクティアムさん、どうします?」
「甘いのは……ちょっとな……」
「カカオの濃いもので、甘くないものもありますよ?」
「甘くないなら……少しだけ貰おうか」
一般用には、チョコの飾りはない。
あれは、メイリーンさんだけの特別バージョンである。
俺は好きな人とそれ以外を、きちんと差別する依怙贔屓野郎なのである。
「まず、一番始めにメイリーンさんが食べてよ。そうしたら、みんなにも出すから」
「うんっ、も、勿体ないけど、美味しそう……」
ひとくち、フォークで切って口に運ぶ。
すっごい笑顔になった。
メイリーンさんはいつも、本当に美味しそうにスイーツを食べてくれるんだ。
「……美味しい……っ!」
「メイリーンさん、改めてお誕生日おめでとう」
皆さんから拍手が起こった。
「あ、ありがとう、ございます」
「これからも毎年、メイリーンさん用に特別のお菓子を作るから、楽しみにしててね」
そう、必ず毎年、この笑顔を見るために最高のバースディケーキを作ろう。
「……うん、嬉しい。楽しみにしてる」
そして、俺は今か今かと待ち侘びていらっしゃる皆様達にもケーキを配った。
マリティエラさんとライリクスさんには、メイリーンさんのものよりちょっと小さいホール型だが、その他の人達は飛び入りなので試作品をカットしたものだ。
「カカオがこんな風にキラキラとするなんて……薬としては知っていたけど、お菓子になるのねぇ。ん……おいし……」
「確かに、最高傑作です……この滑らかさと味わいは、完璧です」
ライリクスさんとマリティエラさんに認めてもらえるなら、このスイーツは大成功である。
「本当だ、あんまり甘くないな。うん、これなら平気だ」
砂糖の量を調節すれば、カカオポリフェノールたっぷりの健康食品ですからね。
ビィクティアムさんに出したのは、父さん用に試作したビタータイプだ。
「深い味わいとこの甘み……なんという至福でしょう……!」
「うむ、王都でも味わえぬ。素晴らしい甘味だ。しかも、まさかカカオとは……」
「タクトくん、確かにこれは特別な日の特別な菓子だな!」
おじさま達にもセインさんにもご好評いただけて、取り敢えずは良かったかな。
「タクト、この菓子はなんという名前なのだ?」
「え?」
「新しく君が作ったのだろう? 名前を付けていないのかね?」
えーと、付けたというか、付けられてしまったというか……
まさか伯父上様に、そんなことを聞かれるとは思っていなかったので動揺してしまった。
「なんか……『ショコラ・タクト』ってことに……」
「ほぅ! いい名だ『ショコラ・タクト』。うむ。良い、良い」
「この菓子に相応しい名ですね、あと半分で食べ終わってしまうのが、惜しくて堪りませんわ」
いやいや、スイーツを堪能したら皆さん、本日はさっさとお引き取りくださいね!
俺はメイリーンさんとオハナシがしたいのですよ!
「ねぇ、メイリーン、タクトくんからの贈り物、見せてもらえる?」
おっと、マリティエラさんは流石お姉様だ。
アクセには興味津々ですか。
「これです……えへへ、凄く、綺麗なんです」
「……素敵だわ。タクトくんの造形は、本当に佳麗ね」
折角だから着けてご覧なさい、とマリティエラさんがメイリーンさんの髪にその髪飾りを着けてあげている。
美人のお姉様が、可愛い妹におめかしさせてる図とか、尊い……!
メイリーンさんの輝く銀髪に、ペリドットはとても綺麗に映える。
「凄く似合う……可愛い」
あ、口に出てた……
真っ赤になって小さな声でありがと、と言った彼女もあまりに可愛くて、きっとギャラリーがいなかったら抱きしめていたに違いない。
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