第155話 婚約(仮)?

 突然湧いて出たかのように、食堂内の面々が工房側になだれ込んできた。


「素晴らしいです! 完璧でした! この婚約、わたくしたちが見届け人、いえ、保証人となりましょう! よろしいですね?」

 よろしいも、よろしくないも……

「……まさか……全部、聞いていたんです……か?」

 嘘だろ?

 ちゃんと消音の魔道具、使ったはずだぞっ!


「すまんな、タクト……そいつ、魔石が少し欠けて、魔力が切れかかっててよ。後でおまえに頼もうと思っていたんだが……いやぁ……こんなことになっちまうとは」

 工房側の奥から出て来た父さんと母さんが、ニヤニヤしている……

「ど、どこから聞いてた……?」

「『俺のために怖い思いさせちゃって』くらいからだな」

 殆ど全部じゃねーか!


 伯父上様と伯母上様はちょっと頬を赤らめて、なんだかやたら楽しそうだ。

「それにしても……いやはや、あの神話の言葉をちゃんと引用するとは」

「これこそが、正式な婚約の手続きです。淑女の前に跪き、儀礼品を贈り誓いを立てる……なんと美しい場面でしょう……!」


 まてまてまてぇい!

 どーして婚約?

 お互いが好きっていうことを確認しただけで、なんでそこまで飛ぶのっ?

 伯父上様も伯母上様も、盛り上がりすぎですよ!



「……タクトくん、何がなんだか判らないって顔していますね」

「解りませんよ! なんですか、いきなり出て来て婚約とか、見届け人とかって!」

 ライリクスさんとマリティエラさんが、ニコニコとしながら説明をしてくれる。

 ……教育番組のお兄さんとお姉さんみたいだ。


「まず、特別な日に特別な装飾品を贈る、ということ」

「メイリーンの誕生日にタクトくんが自分で採った素材で、タクトくんが作った身につけるものを贈ったってことね」

 そんなこと、よくあることじゃねーか!


「同じ場所に在って、毎年花を付ける木の花を贈るということ」

「つまり、幾年月共に歩みたいのでどうぞよろしく……ということになるの」

 そ、それはっ、これからお付き合いしてくださいね、的な意味でいいじゃないか。


「その贈り物に、互いの神と家門を表す意味が込められていること」

「タクトくんの出身国の国花で、特別な花である上にタクトくんの神である賢神一位の『天光』の象徴の石で、メイリーンの神である賢神二位の色が使われている……ということで条件を満たしているの」

 まぁ……そこは、半分くらい偶然というかなんというか……


「そういう贈り物は『婚約儀礼品』として認められるのですよ」

「それを受け取った時にメイリーンが相手の神の言葉を言い、タクトくんがメイリーンの神の言葉を返した。これが承諾と誓いになるのよ。おめでとう、ふたり共!」


 ……それって、お貴族様ルールなのでは?

 庶民、適用外なのではっ?


「僕達の結婚式でも、誓いの言葉を言ったでしょう? それぞれの神に他の神との親交や友愛を示す逸話があり、その中のふたりの神に相当する部分の引用が、誓いの言葉になるんですよ」

 そーいえば……言っていたような気もするけど、あの日はその後の披露宴のお菓子のことばっかり考えてて、そんなこと気にしていなかったよ……


「最近は結婚式で一連のやりとりを済ませる者が多い中、こうして古式ゆかしく婚約を行うとは天晴れである!」

「流石はわたくしの見込んだ青年です! この婚約に立ち会えたことは、わたくしの自慢になりますわ!」

「おいおい、儂だってタクトのことは買っているのだぞ?」


「タクトくん、メイリーンのことよろしくね」

「これで、婚約者がいないのは長官だけですね……」

「おい、なんで矛先がこっちに向くんだ」


「まぁまぁ、嬉しいわぁ。娘ができるのねぇ」

「そうだなぁ! それにしても、一気に婚約まで申し込んじまうとは……」



 おじさん達がやいのやいのと盛り上がっている中、俺はそっとメイリーンさんに尋ねた。

「これって、そういう意味だって……知ってた?」

 メイリーンさんは、真っ赤になりながら首をブンブンと横に振る。

 だよなぁ……やっぱり、お貴族様の文化なんじゃないのかなぁ。


「でも……俺は、嬉しい……かな」

 俺がそう呟いた声が、彼女にも聞こえたのだろうか。

 俺の服の袖をぎゅっと握って、小さな声で、あたしも、と言ってくれた。

 それなら……いいか。


 セインさんまでやたら機嫌良く、俺の肩をポンポンと叩く。

「だがな、タクトくん、正式な婚約儀式が執り行えるのは三十五歳になってからだからな。今はまだ『仮』だ」


 は?

 なに、それ。

 あと九年もあるの?

 その間に、俺が振られちゃったりしたら……どーなんの?


 ビィクティアムさんは……なんだか少し不機嫌?

 なんで?


「そうだな。結婚は、三十八歳を過ぎないとできないしな」


 スパンが長過ぎなんだよっ!

 この先、十二年間、俺はメイリーンさんに愛想尽かされないでいられるだろうか……



 食堂に戻った俺達は、はしゃいでいるおじさんおばさん達を無視して、ちょっと落ち着こうとふたりして空いている席に座った。

 見回すと、あの女騎士はいなくなっていた。

 よかった。

 まだいたら俺、絶対に力ずくででも追い出していたかもしれない。


 あっ!

 忘れるところだったよ!

 折角、誕生日用のケーキを作ったのに!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る