第140話 秘密部屋の秘密

 少し、落ち着いたところで、ファイラスさんは『死体』として運び出され、そのままマリティエラさんの病院に預けられた。

 俺達はエラリエル神官が意識を取り戻したというので、彼を伴って秘密部屋に向かう。

 どうやら【回復魔法】を使える神官さん達のおかげで、随分と早く回復している様子だ。


「すみません、エラリエル神官に伺いたいことがあるんですけど、いいですか?」

 ビィクティアムさん達は不思議そうな顔をしたが、許可してくれた。

「エラリエル神官、あなたのお仲間の中に青い眼の人は何人いらっしゃいますか?」

「……青……?」

「はい」

「いない。青い眼は……私だけだ」

「わかりました。ありがとうございます」


 ということは『もうひとり』は、全く別の思惑で動いているということか?

 若しくはエラリエル神官にさえも、自分の目の色を明かしていない人……


 司書室に入ると、あの視線がまた俺達を見ているのが解った。

 俺はみんなが入る前に、司書室内の青い遠視のための石をすべて取り除いていく。


「……こんなに付けられていたんですか」

「そうですね。でも、これだけじゃないみたいです」

「え?」

 まだ、視ている。つまり『青』ではない目が、まだあるということだ。


 視線の軌跡はひとつだけ。扉の上からだ。

 一見すると何もないように見えるが、椅子に上り手で触ってみると出っ張りがある。

「ありました。隠蔽がかけられていましたね」

 見つけたのは、緑色の石だ。


「エラリエル神官、緑の目の方をどなたかご存じないですか?」


 彼は、何も言わなかった。言えない……のか?

 結構、上の人ということか?

「ビィクティアムさん、この色の目をした方が多分、黒幕です」

 俺はその石を渡すとビィクティアムさんとセインさんが押し黙って、厳しい顔になった。

 思い当たる人が、いるのかもしれない。でも、ここでは聞かない方が良さそうだ。


 秘密部屋に入ると、エラリエル神官は急に落ち着かなくなった。

「ここに、何があるのか説明してもらおう」

 ビィクティアムさんの低い声に、エラリエル神官は怯えながらもゆっくりと話し出した。

 ライリクスさんがずっとその様子を視ているので、嘘や誤魔化しがあればすぐに解るのだろう。


 なんでも、古代文字が書かれた壁に生け贄を捧げると、極大魔法の方陣が浮かび上がるらしいのだ。どっからそういう解釈になったんだ?

 生け贄なんて、神典にも神話にも一言も出てこないぞ。


「この部屋の古代文字の壁が……その文字が、方陣を解く鍵なのだ。そこに生け贄の血が掛かれば極大魔法が甦る、と言われた」

「あなたの血が掛かっていますが……何も甦っていませんねぇ」

「……きっと足りなかったのだ。私が生きているから。もっと、もっと犠牲が……」

「あのー……お話し中のところ、大変申し訳ないのですが……」

 俺は、なんだか可哀想になってきたのである。生け贄とか犠牲とか、ねぇ……?


「その壁の古代文字、俺が書いたものです」


 全員が一斉に俺に振り返り、呆れたような顔を見せる。

「えっと……神典にですね、意味が判らない文字が挟まっているのが気になって、書き出したんですよ……たまたま、何も持っていなかったので……壁に」

「そ、そんな……じゃあ、じゃあ! あの色の違う石の嵌め込まれているのは……」

「それも……何か穴が開いてるなーと思って、俺がそこら辺の石で埋めただけです」


 エラリエル神官以外の全員が、呆れながらも大笑いした。

 本当、すみません……俺のせいで……と茫然自失のエラリエル神官に謝りながら、俺は『多分、本当は方陣があったんだろうなぁ』と心の中で呟いた。

 俺が切り取っちゃった文字が、きっと方陣の鍵の文章だ。

 まぁ、生け贄ってのは間違いだろうけど、あのもうひとつの小さい文字も必要なパーツだったに違いない。


 俺に『方陣操作』なんて技能が出た訳が解ったよ。

 ……俺は方陣の文字を書き換えて、改竄してしまったのだ。

 本当に、ごめんなさい……でも極大魔法復活阻止ということで、今回は大目にみて欲しい。


「ここの極大魔法は、シエラデイスに関わりのあるものだと思った……ということか?」

「はい……シュリィイーレに方陣があるのなら、それはシエラデイスのものだろうと……」

 シエラデイスの家系魔法は、炎の魔法だという。

 確かに赤系の魔法がシュリィイーレではよく使われているし、赤属性が出現する者も多い。

 でもこの町の教会に祀られているのは『主神・昼と大地の神シシリアテス』だ。

 炎であるのなら『聖神三位ヒポレリターナ』だろう。


「主神は聖神二位を娶られ、炎を封じたのだから……ここにあるはずだと……」

 エラリエル神官の消え入りそうな呟きに、俺は頭を抱える。

 あーーまたしても、間違い部分の犠牲者が……


「えっと、そこ、違いますね……原典では『主神は営みの炎を愛し』で、封じてはいません。そして聖神二位は『娶った』のではなくて『語り合った』だけです」

「……は……?」

 エラリエル神官が頓狂な顔をするのも無理はない。


「エラリエル、彼は原典をみつけたのだ。そして古代文字が完璧に読める唯一人の魔法師なのだよ」

「ドミナティア神司祭……で、では、彼がここに来たのは……原典の復活……ですか?」

「そうだ」

 いやいや、それ、めっちゃ後付けですよね? 来た理由では、ないでしょ?

 てか、なんで言っちゃうかな、セインさんは!


「嘘だ、そんなこと信じられるか! こんな、こんなやつに神典が、原典が読めるなど!」

 うーむ、確かに、にわかには信じられないだろうねぇ。

 よし、どーせもう隠し通せないし、ちょっと小芝居をしちゃおうかな。


「では……神々に証明してもらいましょう」

「え?」

「おい……?」

 俺は何を言い出すんだと言わんばかりのビィクティアムさん達を制して、本棚から神典の下巻を取り出した。


「これは、神典下巻の原典です。この表紙の題字は読めますよね?」

「ああ……確かに神典……本当に原典なのか……? だ、題字くらい誰でも読める!」

「はい。では、この本、開いてみてください」

「……? な、なぜ」

「あなたが正しければ、神典はあなたに神の言葉を示すでしょう。でも俺が正しければ、あなたは何も得られない」

「ふ、開いた場所の文字が読めれば、私が正しいと? 古代文字など、読めない方が当たり前なのだぞ!」

「では、開いてみてください」


 俺はエラリエル神官に神典を渡した。彼は……神典を開くことができなかった。


「ど、どうしてだ? なぜ、開けない?」

「どうやら神々は、あなたに『何も示さない』ようですね……ビィクティアムさん、この本、開いてみてください」

 その神典を、ビィクティアムさんは難なく開いてみせる。

 そして、ライリクスさん、セインさんと次々に神典を開くと、エラリエル神官の顔が真っ青になった。

「俺にも……ほら、開けますよ? さあ、もう一度試してください」

 何度やっても、彼にこの本は開けない。


「そ、そんな……私が間違っていると? 間違っていると……神々が仰せられているのか?」

「お解りいただけたでしょうか?」

「……ああ! 私は、私は一生……許されないのだろうか……こんな、神に見捨てられた人生を送らなくてはならないのだろうか……」

 おっと、効き過ぎたかな?


「大丈夫だと思いますよ? あなたが今までの間違いを認め、正直にすべてを証言すればきっと神典はまた、あなたに言葉を示すのではないですか? ほら」

 俺が開いたそのページに『繰り返し真実の扉に手を掛け誓うがよい。神の御許に戻るために』という格好の一文があった。

 どうやら、ここの部分は彼にも読めたようだ。

 エラリエル神官は跪き、真実を語ると固く約束してくれた。


 ごめんね、神様達。

 ちょっとだけ、利用させてもらっちゃいました。

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