第131話 音響魔法の盲点

 新年・新月しんつきの八日に、碧の森と錆山が開かれた。

 だが、まだ春の初めは余程の熟練者でないと危険なので、新成人は碧の森のとば口だけで、錆山への入山はできないのである。

 未熟者を庇いながらでは採掘が難しいくらい、まだ雪の残る山は危ないのだろう。

 俺が山に入れるのは夏が近くなって、坑道付近から雪がなくなってからだ。


 それに、ここのところはしゃぎ過ぎていろいろ作ったりしていたから、少し温和しくしようとも思ったのである。

 増えすぎた魔力に油断して、倒れるなんてことのないようにせねば。

 一応……大人なのだから。



 その月の十六日、セインさんがやってきた。

 今日は新作スイーツ・ミニクロカンブッシュのお披露目なのである。

 ひとり用で作っているからミニシュークリームは六個だけど、飴でくっつけて山にしている。

 細ーーい飴の糸で鳥の巣みたいに作った細工をふわりとかけて、なかなか綺麗にできていると思う。


「おお……これは、なんとも美しい……」

「今日初めて出すお菓子なので、あとで感想を聞かせてくださいね、セインさん」

「うむ。しかし、食べるのが惜しいほどだな」


 俺はセインさんにだけ聞こえるように、こそっと耳打ちをした。

「すみません……あとでちょっと伺いたい……というか、教えて欲しいことがあるので時間もらえませんか?」

「……解った」

「よろしくお願いします……」


 身分証の段位の件とか、セインさんにはバレちゃってるので、相談しようと思ったのだ。

 俺の成長が早すぎるとライリクスさんに言われたのも気になるし、いくら黄魔法連発してるからって、魔力量の上がり方が異常すぎる気がするんだ。

 で、この際だから【音響魔法】だけは公開してしまうことにした。

 実際にその魔法で物品を作って販売しているので、これを隠しておく意味はない。

 これで黄魔法についても、聞くことができる。

 神典の訳も初めの方だけだが、渡してしまおう。



 で、なぜか、ライリクスさんとマリティエラさんの家にいる……

「……兄上?」

「いいではないか。昼間、ここほど安心して喋れる場所がないのだ」

「いくらマリティエラが仕事で居ないからって……今日は休みだったんですよ、僕は」

 まぁ……防音完璧ですからね。しかし、いくら兄弟だからと言っても、新婚さんのお宅にずけずけと入り込むのは……どうかと思うよ。


「邪魔をするぞ、ライリクス」

「は? なんで長官まで、いらっしゃるんですかっ?」

「このおっさんに呼ばれたんだよ」


 ビィクティアムさんまで……あ、なるほどね……このふたりには俺の段位のこととかバレてるってことか。

 俺がちょっとセインさんを睨むと、慌てて違う違うと否定した。

「……すみませんね、タクトくん。僕が兄の視界記憶から、君の身分証を覗いてしまいましてね」

「そんなこと、できるんですか? ライリクスさんの魔眼って……」

 初耳である。


「『隠し事のあるもの』なら、記憶の中のものでも、視ようと思えば視えちゃうんですよ。まぁ……記憶している本人が、拒絶しなければ……ですが」

 つまり、セインさんが拒絶しなかったから視えたということで、やっぱりセインさんが視せたんじゃないか。

 そんで、ライリクスさんは、ビィクティアムさんに話しちゃってる……ということか。


 前に、父さんが言っていたよなぁ……

 秘密なんて一度でも誰かに知られたら、絶対に隠し通すことはできないって。

 まったくもって、その通りだよ。


「それにしても長官、よく兄の呼び出しでいらっしゃいましたね?」

「タクトの件じゃなければ、誰が来るか」

 ……? どうやって連絡取ったんだろう?


「俺がさっきセインさんに話があるって言った後に、ビィクティアムさんに連絡したんですか?」

「ああ、このおっさんとは不本意ながら、今は親族だからな。貴族の親族同士であれば、魔石の通信具を持っていることも多いんだよ」

「ふん、私だっておまえになど連絡したくはなかったが、あとからグチグチと言われたくはなかったのでな」

 ほう、通信具……お貴族様同士では、持っている魔道具なのかもな。

 魔力が多く必要そうだなー。


「通信魔石は登録制ですから、個人で持っている者は限られますし、会話ができるわけではありませんが、短い通信文が送れるだけでも便利ではありますからね」

 ……ショートメール?

 いや、ポケベルって感じなのか?

 いつか魔石なんてなくても、双方向の会話ができるトランシーバー的なやつ作ってやる。

 庶民の力を、思い知るがいい。

 いやいや、張り合ってどうする。


 気を取り直して、俺は身分証を開く。

 姓も正しい段位も表示されるが、やばそうな魔法や技能は隠したままだ。


「実はワケ分かんない表示が出たり、魔力量がとんでもないことになっていて何がなんだか判らなくなっているので、ご教授願えないかと」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 名前 タクト/文字魔法師カリグラファー

 家名 スズヤ

 年齢 25 男

 在籍 シュリィイーレ 移動制限無

 養父 ガイハック/鍛冶師  

 養母 ミアレッラ/店主

 魔力 6181


 【魔法師 一等位】

 文字魔法・極冠 付与魔法・極冠

 加工魔法・極位 耐性魔法・極位

 強化魔法・最特

 音響魔法・特位


 【適性技能】 

 〈極位〉

 鍛冶技能 金属鑑定 金属錬成

 鉱石鑑定 鉱物錬成 石工技能

 〈特位〉

 魔眼鑑定

 〈第一位〉

 陶工技能 

 〈第二位〉

 土類鑑定 土類錬成

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 あーあ、誰も何も言わないよ……


「あのぉ、みなさん?」

 居たたまれず声をかけるが、セインさんとビィクティアムさんは全く動かない。

「……すみません……実物を見ると、やはり衝撃的ですね……」

「ライリクスさんは立ち直り、早いですね?」

「まぁ、割と君のとんでもないところは、直に見ていますから」

 はははは、吃驚案件に耐性がついたと。


「『極位』の……更に上があったとは……」

「なんだこの魔力量は……? 皇族だって六千を超す魔力量など、滅多にないぞ?」

 あ、そんなものなんですね。

 一割表記で驚かれちゃってると、もう絶対に開示できないってことですよね。


「こんなになかったんですけど……いきなり増えてて。段位もどうしてこんなに上がってるのか、全然解らなくって」

 俺がそう言うと、三人とも黙ったまま腕を組んでしまった。


「タクト、黄魔法が使えるようになっているな? しかもいきなり『特位』で」

「えーと、多分これのせいだと思います」

 俺は蓄音器を取り出す。

 まだセインさんとビィクティアムさんは、知らなかったらしい。

 蓋を開けて、音楽を流すとセインさんが信じられないというような顔をした。

 ビィクティアムさんは……難しい顔をしている。


「【音響魔法】か……なるほどな……」

「これは、どういう魔法なのだね? 付与……ではあるようだが……」

「音楽を記憶させた石から【文字魔法】で言葉に置き換えて、それから付与しています」


 俺は『音符』というものが音楽における『音を表す文字』であると説明し、その音符を演奏の順番に並べることで『楽譜』を作り、音楽を再現している……と説明した。


「つまり『楽譜』が【文字魔法】であり【音響魔法】そのものということだな?」

「はい……そうだと、思います」

「そのせいですね……なんて、無茶をする……」


 え? そ、そんなに無茶なことです?


「タクト、黄魔法というのは、一瞬で大きな力を要するものと、常に魔力を消費し続ける、常時発動型に分かれる」

 常時……発動?

「【音響魔法】は、間違いなく常時発動型だ。おそらく【文字魔法】も、ものによっては常時発動だろう」

「つまり、この音楽が鳴っている間、君はこの魔法を発動し続けている。いつでも、多くの人がこの蓄音器で音楽を聴き続ける限り、ずっと、魔力を使い続けていることになるんだよ、タクトくん」



 青天の霹靂だ。



 常時発動……そうだよ、なんでこんな当たり前のことに気付かなかったんだ?

 俺は、五年前からずっと水の浄化をし『続けて』いる。

 一年中、一秒たりと休まずに、俺は魔法を使い続けていることになる。

 その時に消費されているのは……俺の魔力だ。

 魔力量や練度が上がって当然だ。


 他にも、常時発動のものはいくつかある。

 期限が区切られていないものは、全てその可能性がある。

 俺の【文字魔法】は使用者の魔力を消費しないが、その魔法を作った俺の魔力を使い続けて発動しているということだ。


 音源水晶だって、音楽を鳴らせ『続けて』いるんだ。

 一気に大量に。

 少し余分に魔力を使っただけで、なんであんなにヘロヘロになったのかと思っていたが、こういうことだったのか……


「……知りませんでした。常時発動なんてこと、思いつかなかった……」

「蓄音器は多くの人が買って、一斉に使いだした。そのせいで魔力を一気に使った。その負荷で、魔力総量が跳ね上がったと考えるべきだね」

「タクトくん、これは大変危険なことだ。突然の魔力消費増大は、肉体的にも精神的にも君を追い詰める。そして、跳ね上がった自身の魔力で身体が傷つくこともある」

 ライリクスさんとセインさんの言葉が、俺に自身の浅はかさを突きつける。


 ぽんぽん、とビィクティアムさんの手のひらが俺の頭を軽く叩いた。

「まだ、大丈夫だ。やり方を変えればいい」

「やり方……?」

「まず『楽譜』を使った魔法の期限を区切ることだ。使える時間を限定する、とか。できればこの『楽譜』ではなく、別の方法を考えた方がより良いとは思うが……」


 そうか、俺から魔力を供給する期限を区切ればこの魔法は終わらせられる。

 でも、それでは意味がない。音楽が、また、なくなってしまう。


「……別のやり方を考えます。使用者の魔力を使う方法にすれば、効率は悪くても危険は減らせる……ですよね?」

「うむ、そうだな。それより、身体の具合はどうだ? 痛みや違和感はないかね?」


 セインさんに言われて、そういえば背中の辺りが少し凝っている気がする……と言ったら見せてみろというので、背中が見えるように服をたくし上げた。


 セインさんが、手のひらを背中に押し当てる。

「む……やはり、かなり無理をしておるな。少し、痛いぞ。我慢せい」

 急にぴりぴりっと、電気が走ったような感触がした。

「いっ……!」


 声を上げそうになるが、すぐに痛みは消えて、ふぁぁっと背中が弛緩していくのが判った。

「まだ成人したばかりで、魔力の流れが整っておらんからな。無理をすると『溜まり』ができて、身体そのものを傷つける」

 そっか、緑属性の医療魔法が使えるんだったな、ドミナティア家門は。

「これで少し楽になったからって、また無茶してはダメですよ? 治った訳ではなくて、あくまで一時的に、流れを良くしただけですからね」


 はい……本当に、心から反省しております……

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