第125話 燈火のその後
結局、雪は五日間も降り続き、家の前の道は高さ二メートルほどの壁となった。
俺は紙に『半径五メートルの雪を融解』と書き、その壁の上にぽん、と置いた。
はい、店の前の除雪完了。
道の反対側の衛兵官舎から、早速食堂に来る人達を迎え入れる。
「よかった……もう、保存食がなくなっちゃって、死ぬかと思った……」
「俺も……五日は厳しかったぜ……」
殆どの人は、買い置きなんて五、六食あればいい方だもんね。
これからも雪が降るから、買っておいてくださいねとばかりに食堂の一角に保存食を山積みにしておいた。
勿論、飛ぶように売れますよ。
うはうはですよ。
今月から『しゃきしゃきキャベツの千切り』と『五種類の野菜のサラダ』『三種の温野菜』もパッキングしてありまして、こちらは女性の方々に大好評でございますよ。
ドレッシングはサービスです。
野菜はメイン料理より少し安くしているけど、普通に素材で買うよりは高い。
しかしこの時期に美味しい野菜が食べられることがなかなかないので、冬場は売れるはずだと見込んで期間限定で販売することにしたのだ。
そして雪の間にケーキの保存パックも作っていたので、こちらも大喜びされた。
ここの衛兵さん達は、本当に甘いものが大好きだからね。
うーん、なんだかコンビニの食品売り場みたいになってきたぞ。
まぁ、ここまでの品揃えは冬だけなんだけどね。
雪に閉じ込められなければ、うちに食べに来て欲しいから。
「なぁ、タクトくん」
ひとりの衛兵さんから呼び止められた。
カムラールさんだ。
衛兵官舎の一階に住んでいるご家族で、餡入焼きの実演販売の時にずーっとできあがるのを見続けていた子供ふたりのお父さんである。
「もう、あの小さい燈火は売っていないみたいなんだけど、君も作らないのかい?」
「今のところ、作るつもりはないんですけど……必要になったんですか?」
「ああ、魔法が切れたのか、点かなくなってしまっていてね」
「それなら、うちですぐに直せますよ。持って来てください」
そうか、簡易ミニ燈火は、使い捨てだと言っていたっけ。
ダメになったのを持っていくと、少しだけ安く次のものが買えるとも言ってたな。
どうやら、コデルロさんの所ではまだ『電池』の開発は上手くいっていないのだろうな。
「直してもらえるなら助かるよ! 子供が寝ている時に、部屋の灯りは点けられないからどうしてもあれが必要でね」
そっか……コデルロ商会がどうなろうと構わないのだが、エンドユーザーの方々に不便を強いるのは本意ではない。
フィラメントもいくら竹製とはいえ、アルゴンガスではなく真空バージョンだからもちはよくないだろう。
電球と電池の取り替えだけで済む作りに変えれば、今後はそのふたつだけを買い換えてくれればいい。
「もし他の人も困っているようなら、うちで修理すると伝えてください」
「ああ! みんな喜ぶと思うよ! 結構高かったからなぁ、あれ」
……いくらで売っていたんだろう。
ぼったくっていたんじゃないだろうな?
その辺、全く気にしていなかったからなぁ。
カムラールさんはすぐに燈火を持って来てくれたので、早速修理に取りかかる。
そういえばこの簡易燈火は電池を渡していただけだったから、製品自体を見たことはなかったな。
……
……
おい。
結構酷いな、この作り。
電球の硝子は厚さが均等じゃないし、取り付ける所の口金が曲がっているから電球も斜めになってしまっている。
オンオフのスイッチ部分も、がたがたじゃないか!
なんて雑な作りなんだ!
こんなものを売っていたとは思わなかった。
でも最初の頃は、どの職人さん達もきちんとやっていたはずだ。
少なくとも俺が教えた五人は、こんなに粗い仕事をする人達じゃなかった。
庶民相手だからって手を抜いたか、未熟な職人に作らせて安くあげていたのかもしれない。
あそこの顧客の貴族達はどうでもいいが、この町の人達にこんな粗悪品を売るなんて許し難い。
よし……電池の形とサイズ、接続方法も全部変更しよう。
コデルロ商会に流用されないように、完璧に『修理』してやる。
俺はムキになって、全部改造してしまった。
電球も形を少し変えて丸みをきちんと出した可愛い感じにし、フィラメントをキッチリ強化してからセット、アルゴンガスを注入した。
電池は棒状だったものをボタンタイプにし、本体と電池に付与した文字が一致しなければ電気が流れないようにした。
これで今までの燈火に、この電池は一切使えない。
ここまでの修理の所要時間は、十五分ほどである。
待っている間にお菓子を食べていたカムラールさんに、できあがりを持っていった。
「えっ、もうできちゃったのかい?」
「元々は俺が作ったものですからね。いろいろガタがきていたというか、酷い作りだった所も直してますから、もっともつようになったはずです」
「あ……本当だ。曲がっていないね。灯りの部分も、形が変わって綺麗になったな……おおっ、点いた! ありがとう!」
喜んでもらえて良かった。
まさかこんな尻ぬぐいをさせられるほど、クオリティの低いものを作っていたとは!
本当に、契約終わらせて大正解だ。
食堂と工房前の壁に『簡易燈火の修理受付ます』ってお知らせを出しておこう。
それから、何人も燈火の修理を持ち込んできた。
どれもこれも酷い製品ばかりで、ここまで質が低いと逆にどうやって作っているのか不思議で堪らなかったほどだ。
「いやぁ……こんなに、ちゃんと点くようになるとはねぇ……」
「今までどんな感じだったんです?」
「点いたり、消えたり……灯りの所を下に押し込まないと点かないことも多かったね」
「……酷いな。この町でよく、そんな不良品売れたものだ」
「この一年くらいだよ、酷くなったのは。昔のは、ちゃんとしていたのさ」
修理に来たドネスタさんは、デルフィーさんと同じで夏場は錆山ガイド、冬場は道路整備をしている。
【土類魔法】の達人で、坑道修理の時も大活躍だったおじさんだ。
「まぁ、一番最初にタクトが作った燈火の方が数段良かったが、簡易燈火も悪いできじゃあなかったんだ」
「どんどん悪くなっていったってことなのかな?」
「工房に若いやつを多く入れたんじゃねぇかな。職人の魔法が未熟だったんだよ」
その内育ってくれりゃあいいんだがなぁ、とドネスタさんは苦笑いを浮かべていた。
未熟だからって、客がそれを許すのはおかしい。
そういうものが出回らないように教育したり、品質をチェックするのは工房責任者の仕事だ。
一定のレベルに満たないものを売ることは、商会の信用にも関わるはずだ。
多分、これが王都だったら、こんなものは売らないのだろう。
この町が彼らにとって、どうでもいい市場だったのは明らかだ。
だから、未熟な者達の訓練を兼ねて作ったものを売っていたのかもしれない。
その日の午後、昼食時間が終わってから、俺は散歩がてらコデルロ商会の工房の様子を見に行った。
南東市場を越えた南東門に近い所にある、中規模の工房だ。
この大雪の後だから閉まっているかと思ったが、数人の人達が出て来た。
「これからどうするんだよ……」
「さぁな……まさかこんなに早く、辞めることになるなんて思わなかったぜ」
「この工房、暫く稼働しないみたいだから、殆どのやつが別の町に行かされるって」
「別の町に行くなら、辞める方がマシだ。俺は、この町で技術を磨きたくて来たんだからな」
おっと……燈火作りが全くできなくなって、退職者が出はじめているようだな。
ちょっと声をかけてみようかな。
「君達、この工房の人?」
「もう違うよ。辞めてきたんだ」
「そうなのか……最近、簡易燈火が売られなくなっていたから、どうしたのかと思ったんだけど」
我ながら白々しいな。
「ああ、あんなもの作り続けていたって、すぐに売れなくなったよ。酷かったんだ、あれ」
「作り方も変なやり方だったし」
「俺はずっと、素材の仕分けばっかりしかやらせてもらえなかった」
「俺もだよ。【加工魔法】とか『錬成技術』とか全然使わせてくれなかったし、ずーっと一日中同じことしかさせてくれないんだ。嫌になって当たり前だぜ」
魔法や技能があるのに、使えない環境?
結構そういう人が活躍できるはずだったんだけどなぁ、あの燈火作り……
「どうして、そんなやり方で作っていたんだろうね……」
「技術が上がると、賃金も上げないといけなくなるからだろ」
「材料だってどんどん減らして、わざと壊れやすく作っているとしか思えなくて嫌だったんだ。辞められてスッキリしたよ」
コストカットが悪い方にいったパターンか。
「そうか、いい働き口が早く見つかるといいね」
「そうだな……」
「でも、今の時期に雇ってくれる所、あるのかなぁ……冬だと工房自体やっていないじゃないか」
「君達は石加工? 金属?」
聞いてみると石工技能持ちと金属加工のできる人達だった。
「じゃあ、北・赤通り沿いにはそういう工房が多いから、行ってみるといいよ」
「そうなのか! この町のことをまだよく知らなかったから助かるよ!」
「北側は雪も多めだし、凍っているから気をつけてなー」
「ああ、ありがとうーっ!」
彼らがいい工房に巡り会えますように、と神様に祈っておいた。
コデルロ商会は、これでシュリィイーレからは撤退なのかもしれないな。
うーん、燈火はこの先も使いたがる人は多そうだし、錆山では必需品になっているよな……
どっかで頼めないかなぁ……
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