第119話 木工細工
マーレストさんの工房は既に閉まっているので、自宅の方を訪ねた。
「マーレストさん、もうすぐ夕食なのにごめん、急いでお願いしたい話があって……」
「おーぅ、タクトかぁ。いいって、いいって。どーぉせ暇だぁ」
この間延びした喋り方が癒し系のお爺ちゃん職人さんである。
お爺ちゃんと言っても、リシュレア婆ちゃんよりはずっと若い。
そして、木工細工の細かさは、他の追随を許さない最高技術の持主なのだ。
正に『達人の中の達人』なのである。
竹を仕入れている数少ない工房で、シュリィイーレで使われている竹製品は全てこの工房製だ。
うちで作製をお願いしている竹籠と笊も、マーレストさんの妹さん一家がやっている店で売ってもらっている。
結構、好評らしい。
俺は蓄音器の説明と、木工での箱の作製をお願いした。
ん?
なんか難しい顔しているぞ?
「んっんー……箱は作れっけどぉなぁ。うちじゃあ、彫刻はぁできねぇ。竹で作るとか、箱の形を変えるくれぇしか、できねぇなぁ……」
あ、そうか。
『木工技術』と『彫刻技術』は、全くの別技能だ。
うー……でも、彫刻を別に頼むとなると、高くついてしまう。
彫刻だと基本は一点ものだし、それじゃあ石細工ものとの差別化が……
木工の……キレイめの箱、といえば……あったよね。
俺の出身県のお土産物にも。
『寄せ木細工』ってのが!
あれなら、彫刻技術はいらない。
むしろ木工技術で寸分違わぬ部品が作れなければ、美しい模様にならない。
俺はマーレストさんに色の違う小さい木片をいくつか貰って、部品を作り、組み上げてみる。
幾何学模様に組み上がったそれの模様が綺麗に見える面を薄く削り取り、シート状にする。
「おおぅ……こりゃあ、綺麗だなぁ!」
「これなら全部『木工技術』だけで、いろいろな模様ができるよ。大きめに作って木箱に貼り付けるだけで、もの凄く綺麗だと思うんだけど」
「うん、うん、木に色ぉつけてから、組み上げてもいいな、うん!」
マーレストさんが少し早口になったぞ。
やる気になってくれたっぽいね。
俺は持っていた資料本から寄せ木細工の模様をいくつか【文字魔法】で複写し、マーレストさんに渡した。
これらの模様の組み合わせで、オリジナルのデザインを作ってもらえればいい。
……そうだ、木工で身分証入れも作れないか?
石細工より安くできるし、軽いから多少厚みがあっても平気だ。
彫刻でなく、この寄せ木細工シート……確か『ズク』って呼ばれてたものなら、組み上げた種板を削ることである程度の量産もできる。
鎖も木で作れないかな?
いや、竹の方がいいか?
そのこともマーレストさんに話すと、お弟子さん達と相談したいと言ってくれた。
よし、よしっ!
金属が全てダメな人でも、木製身分証入れなら使えるのではないだろうか。
防水や防火、防汚などを付与するのだから木製でも耐久性に問題ないだろう。
勿論、販売はマーレストさんの妹さん一家がやっている店だ。
ご本人達には何度か会っているけど、店は遠目にしか見たことがなかったな。
その店、ちゃんと見ておかないとと思ったが、流石にそれは日を改めることにした。
マーレストさんとの話も終わった頃には、かなり陽が傾いており夕食時間までぎりぎり。
しかたない、転移で家の近くまで行っちゃおう。
でも西地区からだと、結構魔力使いそうだな……
あのミズナラの裏へと転移した。
念のため魔力を確認すると、使用したのは千二百ほどだった。
そうか、歩く道だと遠くても転移は直線距離で消費量が変わるのか。
思ったより魔力を使っていないのは、そのせいかもしれない。
急いで戻って、夕食の支度を手伝いに入った。
「また何か始めたの?」
「え?」
「タクトが戻らない時って、いっつも何か新しいことを始める時だから」
……流石、母さん。
「明日、新しいものを食堂で売ってもいい? 食べものじゃあ……ないんだけど」
「あら、楽しみ。ふふっ」
その日の夜、俺は寄せ木細工のパーツを作り『八角麻の葉』模様に仕上げていく。
三つ繋げたくらいで丁度、身分証のサイズになるようにしてみた。
結構細かい作業だが、一度作ってしまえば【複合魔法】のレシピを作れる。
これは薄いシート状にせずに、種板をそのままケースにする。
今までチタンで使っていたケースのレシピそのままではなく、もっと丸みを帯びた優しい形にしよう。
角がないようにすべて綺麗に削り、艶が出るように磨く。
丸カンも木で作って、紐……なんだけど、組紐みたいにするか?
いや、全部木製か竹製にしたいなぁ……
そっか、竹とか木の繊維を取り出して紐状にしよう。
そのままだと味気ないから、いくつか束ねて三つ編みにしていく。
お、なかなかよいのでは。
紐の長さを調節できるアジャスターも木で作って、一個完成!
今日のところは全部この模様だけで、十個ほど作った。
同じように八角麻の葉模様の少し大きめの種板を作ったら、こちらはシートにして蓄音器の箱に貼っていく。
ただの木の箱が、あっという間に化粧箱になった。
伝統工芸って素晴らしい……!
「蓄音器は……五個ずつくらいでいいか」
木製と石製をそれぞれ五個作って、音源を三曲分、各十五本用意した。
準備は万端だぜ!
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