第117話 音楽再生機
トリティティスさんが聞いてくれたところによると、音楽家さん達は概ね賛成してくれている。
中にはそんなものが出回ったら演奏会に来なくなるのではと、懸念している声もあるそうだ。
しかし、演奏会といういつもと違う空間で聴く音楽には、日常にはない『特別感』があるはずだ。
それに予め知っている曲を聴くと、その曲を知っているという優越感みたいなものも生まれるので、とても気分が良くなったりするのも事実だ。
全く知らない曲を聴き続けるより、知っている曲を演奏してもらった方が嬉しいなんてことはよくあることだ。
まぁ、その辺は人によるとは思うが、やってみたいという意見が圧倒的だったということで、あとは俺次第なのである。
音楽を付与する……と言ってはみたものの、音楽をまず『文字』にしなくてはいけない。
だが、なんとこちらには楽譜というものが存在していないのだ。
全部『耳コピ』なのである。
音楽家には音に対しての記憶と判別の魔法や技能があるらしく、それを使えば全く楽譜がなくても、正確に覚えられるのだそうだ。
絶対音感どころの騒ぎではない。
しかし、俺にはそんな能力はないので、まず音楽家さん達に演奏してもらったものを、俺の知っているあちらの世界の楽譜にする。
勿論、魔法で演奏が自動的に楽譜として書き込まれるように設定し、それを『音』として再生できるようにする。
はじめは音楽そのものを録音できるようにしてみたのだが、録音された音が小さくなってしまった。
魔法で音量を上げると、一緒に録音されていた雑音まで大きくなってしまったので諦めた。
音量を上げるにはかなりの大きな音での演奏か、他の音が入らない場所での録音が必要になるのだろうし、それよりは一度楽譜にする方がいいのではないかと思ったのだ。
実は楽譜にすると簡単に音量調節ができたのである。
一曲につき、だいたい楽譜は十枚くらいになった。
この紙を演奏順に長ーく連ねたものにタイトルを付けると曲名が【集約魔法】になる。
文字が書かれている場所が折れていなければ魔法として発動するので、そのタイトルを記録媒体に書き込む。
試しに作った簡単な木箱に【集約魔法】で発動条件を付与して、記録媒体をセットした。
「今は蓋が閉まっているから聞こえない……で、蓋を開けると……」
音楽が聞こえだした!
うん、音量も大丈夫だ。
でも音量は、箱の方で調節できるようにした方がいいかもしれない。
演奏の途中で箱を閉じ、音楽を止める。
そして、もう一度開くと途切れた途中から鳴り出す。
今度は途中で閉じて、記録媒体を抜き、もう一度差し込む。
蓋を開けると曲の初めから演奏が始まった。
よし、イメージ通りだ。
その日の夕方のうちに、俺はトリティティスさんの所に試作品を持っていった。
今日はトリティティスさんの家で演奏してくれた人達が練習をすると聞いていたので、なるべく多くの人に聞いて欲しかったのだ。
「……本当に、できたのかい? こんなに早く……?」
トリティティスさん、できるわけないとか思っていたのか?
ふっふっふっ、できちゃうのですよ。
「俺が思っていたとおりにはできたんで、音のこととか、俺には解らないことを確認して欲しいんです」
そう言って皆さんに集まってもらうと、ぼそぼそと懐疑的な声が聞こえる。
まぁ、見て……じゃない、聞いてくださいよ。
俺はゆっくりと、箱の蓋を開く。
音量は敢えて、少し大きめにしてある。
音が鳴り出すと、全員の動きが止まり音に集中しだした。
演奏していないのに、自分たちの音楽が聞こえるということが不思議なのだろう。
箱を凝視して、視線が動かない。
曲が終わり、俺が蓋を閉めてもまだ誰も何も言わなかった。
「如何でしたか? 皆さんの演奏のままだと思うのですが……」
「……すごい……こんな、こんな風に音楽が聴けるなんて……」
「俺達の演奏でした! 間違いなく、俺達の音だった!」
「こんなにちゃんと音楽が聞こえるなんて、思っていなかったよ……もっと、酷い音になってしまうんじゃないかと思ってた……」
「僕もです。できたとしても、なんとなく聞こえる程度じゃないかって……」
よかった。
ご好評のようだ。
まだ音質はイマイチかも知れないけど、それは楽譜にする時の文字色とかで調整しよう。
トリティティスさんは何も言わず、その箱を手にとって眺めている。
あ、仕組みを説明して欲しいのかな?
「えっと、この仕組みはですね……」
「素晴らしいよっ!」
うおっ、いきなり叫ばないでくださいよっ!
「なんて、なんて素晴らしいんだろう! 音楽が、手の上にある。私の手に音楽が……!」
な、泣き出した?
ええっ?
感激屋さんすぎますよっ!
あああっ!
みなさんもっ?
「これで、家の中でも音楽を聴いてもらえるんですよね?」
「ああ、俺達の演奏をどこでも聞いてもらえるなんて、考えてもなかった!」
「タクト! 君はなんて凄い魔法師なんだ!」
熱い抱擁と握手と……あっ、あっ!
キスは遠慮しますっ!
芸術家は表現が激しい方が多すぎっ!
「それで、タクト君、この箱の名前はなんと言うんだね?」
……なまえ……?
えーと……イメージ的にはオルゴールなんだけど、全然違う仕組みだ。
この箱が音を鳴らしているのではなくて、再生しているだけなんだから。
溜めた音を……鳴らす……電気を溜めるのは蓄電、なら、音を溜めるのは……蓄音……
「……蓄音器……?」
いや、別にこの箱に音が溜まっている訳じゃないし……
でも日本では、プレーヤーを蓄音機って言ってたよなー。
形は違うけど、レコードをかけて音楽を聴く道具とやってることは変わらない。
『機械』というよりは『器』の方の『蓄音器』だろうか。
「そうか! 『蓄音器』か! いいねぇ」
あ、決定されてしまった。
まぁ……いいか。
間違いじゃあない。
そして俺は、もう二、三曲の録音をさせて欲しいとお願いした。
今の曲は明るくて楽しげな音楽だから、ゆったりとしたお休み前に聴きたいような曲と、みんなが知っている童謡みたいなものとかがいいんじゃないかと提案した。
気分によって、聞きたい音楽って変わるからね。
俺的には、フォルクローレとかワルツみたいなのが欲しい。
何曲か演奏してもらって、楽譜に起こしていく。
試しに新しい曲を入れて作った物を箱に差して聴いてみる。
皆さんから歓声が起きた。
いい音だし、いい演奏だ。
「箱はこれから何種類か意匠を変えて作りますが、必ずこの音源がないと演奏は聴けません」
「音源を変えると違う曲が聴けるなら、態々演奏会に来なくなってしまうんじゃないのか?」
これは当初からの懸念事項だよね。
「そんなことはないですよ。知っている曲が演奏されたら嬉しいし、絶対に生演奏の方がいい音ですからね」
「でも、同じ曲にお金を払ってくれるかな?」
「録音した時より、演奏会の時の方が絶対に上手くなっているはずでしょ? 聴いたお客さんは、いいと思ってくれればお金を払ってくれるし、その曲をもう一度聞きたいと思ったら、蓄音器と音源を買ってくれる人も増えます」
俺はCDや配信で聴いた曲とコンサートでの曲は同じだけど、全く価値が違うと知っている。
けど、こちらの演奏家さん達には、初めてのことだもんな。
「……そうだよ。俺達がいい音楽を提供すれば、お客さん達はちゃんと解ってくれるはずだ」
「まずは『音楽を聴く』っていうことを身近にすれば、今まで演奏会に興味がなかった人達も聴きに来てくれるかもしれませんよ」
「いいね、いつでも音楽のある生活……か」
「うん、素敵ですね……僕はこの蓄音器、とても画期的で素晴らしいと思います。是非、売って欲しい。僕が買いたいです」
ここで販売のプランも説明しておく。
箱は、石工工房と木工工房に作製を依頼する。
音源は今回は見本だけど、正式なものは水晶か色硝子で作るつもりだ。
プリズムのように三角柱で、曲名と演奏者の名前を表面に記載しておく。
再生機を買ってくれた人には、好きな音源をひとつ差し上げるが、他のものが聴きたければ音源のみを別途購入してもらう。
『音楽を買う』という習慣を、つけてもらうのである。
「だから、曲数は少しずつですが増やしていきます」
うんうん、と皆さんが頷いてくれたので先に進める。
魔法付与は全て俺がやるので、魔法の契約は魔法師組合を通して俺とこの楽団。
販売は別の人に依頼するので、販売契約は俺とその店が結び、音楽の権利金として楽師組合を通じて楽団に支払われる。
「箱を作ってくれる工房に三割、俺は魔法付与で三割貰います。楽団には四割……ですが、如何ですか?」
「待ってくれ、そもそもこれは君が考えたことだし、君が全ての手続きをやってくれているのだから、君はもっと取るべきだ」
トリティティスさんがそう言ってくれるけど、ちゃんと儲けが出るから問題ないんだけどなぁ。
「んー……でも、俺としてはこれで充分なので……あ、そうだ! じゃあ、演奏会を開く時、俺と俺の家族は無料で招待してくださいよ! 母さんも演奏会に行きたがっていたし、それだと俺も嬉しいし」
「そんなことでいいのかい……?」
「何を言っているんです! 演奏会に良い席を用意してもらえるなら、その方がずっといいですよ!」
「解った……絶対に君から、沢山拍手をもらえる演奏会をするよ。ありがとう」
やったぁ!
音楽堂の演奏会って結構人気で、入れないことも多いから嬉しいぞ!
さあ、箱を作ったらまずはうちの食堂で試作品販売開始だな!
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