第73話 紅茶を楽しむ準備
大収穫であった。
ルドラムさんが持ってきてくれた鉱石から少量ずつではあったが、今までこちらでは単一素材として扱われていない、多くの種類の鉱物抽出に成功したのである。
小さな欠片ではあるがオパール・琥珀なども見つかっている。
このままでは到底使えるものではないが、ここで見つかって俺が手にできたということが大切なのだ。
これで俺はいつでもその素材を【文字魔法】で出すことが可能になったのだから!
鉄や銅、少量の銀、そしてなんとタングステンやアルミまで作れた。
勿論すぐには使えないが、ここぞという時に……って、いつになるか判らないけど、きっとそういうタイミングはあるはずだ。
鉱石・鉱物コレクションが一気に増えたぜ、ふっふっふっ。
それにしても、錆山ってどういう地質しているんだろう?
植生もよく判らないし、魔力を帯びていると言うし、不思議な場所だ。
翌日、母さんに頼まれて野菜を買いに朝市に行った。
こっちに来てから、朝がつらくないのは本当に嬉しい……
身体が若返ったせいっていうのもあるんだろうけど、やっぱり心理的なものだと思うんだよね。
たくさんの新鮮な野菜を買い込んで、人目に付かないところで例によってコレクションに鞄ごと放り込んでから、少し散歩がてら他の店を見てまわる。
野菜の他に香辛料やハーブなんかも売っているし、小さめの食器とか雑貨も少しはある。
いつも行かない端の方の店で、なんと紅茶が売られていた。
「紅茶って、この店では毎朝売っているんですか?」
店番のお婆さんは優しい笑顔で、そうですよと微笑んでくれた。
知らなかった……そんなに高くないな、やっぱり。
「いつもこの値段なんですか?」
「今の時期だけね。もう少し寒くなると手に入りにくくなってしまうから高くなるわ」
そうか、保存が難しいのかもしれない。
金属の缶なんてそうそうないし、空気を遮断できなければ紅茶の香りを損なってしまう。
そうなったら、折角の紅茶の楽しみは半減だ。
よし、今のうちに買えるだけ買っておこう!
やっぱり、あの紅茶シフォンは作りたいし!
持っていた金額で、紅茶の大袋を四つ買えた。
お婆さんは本当にそんなに買って大丈夫かと心配そうだったので、うちの食堂で菓子にして出すから是非食べに来てよと勧めた。
ウキウキしながらの帰り道。
どうやって紅茶をみんなに楽しんでもらおうか、考えながら歩く。
どうせならちゃんとお茶としても飲んでもらえるように、ティーポットを作ろう。
ポットは、茶こしと一体化しちゃえば楽かな?
でも加工が面倒か……
フレンチプレスよりは陶器のティーポットの方が好きだから、やっぱり茶こしは別にしようかな。
ソーサーとカップも、専用の綺麗な形のを……
あ、でもこっちには受け皿を使う文化ってないんだよな。
砂糖とかティースプーンを置く小皿ってことでいいか。
お貴族様のものだってことだけど、ここで広めちゃえばこの町では日常になる。
そうしたらもっともっと、色々な茶葉だってシュリィイーレに集まってくるかもしれない。
美味しい入れ方も調べなくちゃな。
それに『あなたも貴族気分』みたいにちょと洒落た感じの特別メニューにしたら、うちに来てくれる女の子達も喜んでくれそうだ。
うちに戻って母さんに野菜を渡したら、俺はすぐに自分の部屋で紅茶の保存缶を作った。
鉄も錫も手に入っているから、ブリキ製の四角い缶だ。
円筒型でもよかったのだが、俺のイメージとして筒型は日本茶なのでどうしても四角くしたかったのである。
缶には湿気防止と、劣化防止を付与するのも忘れずに。
ラベルを作って、紅茶の詰まった缶は十二個できた。
うん、これならこのまま店の中に並べても綺麗だぞ。
インテリア用に、
ティーポットやカップなんかは、以前父さんに連れていってもらった焼き窯のある工房で相談してみよう。
見本を持っていけば、ティーセットとして作ってもらえるかもしれない。
……値段次第だけど……
無理なようなら工程だけ教えてもらったり、見学させてもらえるか交渉だな。
ケーキと一緒に、お茶も準備できたら最高だなぁ。
そして、コデルロさんが約束していた竹を持ってきてくれた。
思っていたより、もの凄く安くしてくれた。
下心でもあるのかなと思ったが、特に条件提示もされていないので甘えることにしよう。
長いままだったので、取りあえず裏庭に入れてもらってカットだけしておいた。
後は乾燥させてから、竹細工用に細く裂いていく作業だがそれは後回し。
今日は、紅茶が先である。
紅茶の図鑑やら、ハウツー本を持っててよかった。
紅茶缶のラベルなんかの文字も、カリグラフィーで頼まれたりするからね。
資料として色々な本を買っていたことが、今の俺をもの凄く助けてくれている。
コレクション認定されているから、今後も本が買えるってのも本当にありがたい……!
さて、付け焼き刃だが本の知識通りに紅茶を入れてみる。
ちゃんと水は、軟水に変えてから沸騰させた。
シュリィイーレの水はミネラル分が豊富な硬水なのだ。
丸いポットがないので、今回は仕方なく鍋で。
熱湯を注いでからしっかり蒸らして、カップ……も水用のゴブレットだ。
仕方ない。
今日はこの茶葉の味見だからな。
茶こしもまだできていないので、魔法で綺麗にした布を使って漉した。
濃い金色の透き通った紅茶が温めた器に注がれた。
うん、いい香り。
母さんに飲んでもらうと、もの凄くほっとした笑顔になった。
お茶は心を和ませるんだね。
うん。
「すっごくいい香りですねぇー」
「うわっ! びっくりした……ファイラスさん?」
「あらあら、こっちは厨房だよ」
「すいませぇん。もの凄くいい香りがしたもので、つい……おや、これ、紅茶だね?」
「はい。衛兵隊でも飲んだりするんですか?」
「あんまりここの隊では飲まないなぁ。それにしてもこれは、見たことない入れ物だね」
「あ、それは紅茶の茶葉入れです。俺が作ったので……昔見たものを真似してみたんですよ」
ファイラスさんは余程うちの菓子が気に入ってくれたのか、毎日のようにスイーツタイムの一番最後まで、ゆっくり菓子を楽しんでいる。
ビィクティアムさんに怒られてないのかね? 副長官殿。
そして、ファイラスさんは絶対に母さんへ一言声を掛けてから帰るので、客がいなくなった合図になっているのだ。
「あ、もうファイラスさんしかいないんですね。じゃあ、夕食時間まで閉めるね、母さん」
「ああ、そうだね。ほらほら、ファイラスさん、食堂に戻るか帰るかしておくれ。準備があるからね」
「すみませんー今日も、とっても美味しかったです」
そうだ、ファイラスさんにも紅茶を飲んでみてもらおう。
こっちの他のものと味が違うなら、その茶葉の販売元も知りたいし。
「え? いいのかい? 僕までいただいちゃって……」
「ええ、ちゃんとした道具で入れていないから、味がおかしかったら教えてください」
ファイラスさんは紅茶を飲んで、やっぱり母さんみたいにほっとした顔になった。
うん、これなら合格なのかな。
ポットを作ったら、もっと美味しく入れられるかもしれない。
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