第62話 ケースペンダント完成

 何日かして、タセリームさんがニッコニコでやってきた。

 どうやら約束していた大商会の方と、良い取引ができたそうだ。

 そして、加工が終わったケースペンダントの石細工、十個を持ってきた。


 もの凄くいいできあがりで、めちゃくちゃ綺麗だ……

 なんか悔しい。

 カバーの透かしも見事だし、デザインもめっちゃカッコイイのからラブリーまで……


 いやいや、相手はプロだ。

 達人の石工職人だ。

 張り合ってどうする。


「これと、タクトの作ったこの台を合わせるんだね?」

「金属部分の加工は他の人に任せると、多分凄く時間と原価がかかりそうだから、俺がやった方が良いと思って」

「確かにこれは……細工が細かすぎるし、ここまで磨くのは大変だ。これも、タクトの魔法でできるのかい?」


「一度作れば、形状記憶的に【加工魔法】で作れるようになります。大量に……は無理ですけどね」

「タクトは、彫金工にもなれそうだなぁ。魔法師なんてもったいない……」

「俺の基盤はあくまで魔法師、ですよ」


 物作りの町では、やはり魔法師よりはそっちの方が魅力的な職業なんだろうな。

 でも俺は、文字魔法師が天職だと思ってるからね。

 加工や錬金は、その副産物にすぎないのだ。


 石を取り付ける背面の金属部分は、楕円に刳り抜いてある。

 そこに俺のマークを透かし彫りで作った石をはめてあり、透かし部分より少し小さめにインクの色が判るように空中文字が付与されている。

 飾り石をはめ込むと、この石と一体化して強化されるのだ。


 そして、陽に透かして初めてこのマークが見える。

 身分証をセットしてしまうと表からは全く見えないので、石の意匠を邪魔することもない。


「……これじゃあ、見てすぐに君の作った物と判らないじゃあないか」

 タセリームさんがどうしてそんなに、俺に拘るのか理解に苦しむ……


「いいんですよ。こうやって透かしてみて初めて判るっていうのが、特別感を感じるでしょ? これ見よがしに主張するのは、美しくないっていうか……」

 恥ずかしいんだよ、俺が!


「これは絶対に、君の印の意匠で細工を作ってもらう必要があるなっ!」

「なんでそうなるんですかっ?」

「自分が買った物が、君の作った正規品であるという事を見せびらかしたい欲求がある人もいるんだよ。一目見てそうと判ってもらわなくちゃ、自慢する意味がない!」


 いないと思うんだけどなあ……

 でも、この文字自体はとても美しい造形だし、作っても綺麗だとは……思うのだけどね。


「……解りました。でも、それだけ売れ残ったりしても知りませんからね?」

「うんっ、絶対に売れるからダイジョーブ!」

 なんという根拠のない自信だ。


「それと、利益の六割が君に支払われる分だから」

「え? そんなに?」

「そうだよー、これでも少なくて申し訳ないと思っているんだけど……」

「多すぎますよ!」


「何言ってるんだい。意匠も製法も、君が考え出した物だ。たとえ他人が作ったって、その権利は守られるべきだよ」

 確かにそうだけど……これに関しては儲けを出したい訳じゃ無いし、なにより石工職人さん達の方が、圧倒的に大変だし。


「台座と鎖の加工まで君がやっているし、製品の強化だけとはいえ、魔法付与もしているんだからね」

 うーん……でも俺からしてみれば、魔法の練習させてもらっているようなものだし、さして手間もかかってはいないし……


「それじゃあ……俺には材料費の分と、手間賃で三割ください。残りは石工職人さん達に、還元して欲しいんです」

「彼等にはちゃんと支払っているよ?」

「ええ、判っています。だから、それは……今後への投資、と言うことで」

「投資?」


「ええ、その分で違う鉱石とか使って試してもらったり、違うやり方を研究したりして欲しいんです。俺はそこまでできないですし」

「なるほど……職人を育てるための投資ということかい?」

「はい。お願いできますか?」

「わかったよ。ありがとう、俺からも礼を言わせてもらうよ」


 よかった。

 これであの面倒な作業を押しつけてしまったお詫びになれば、俺としては万々歳である。


「はい、全部、できあがりです」

「おおおーっ! 仕上がると綺麗だねぇ!」


 基本は鈍色だけど、男性向けには黒色も用意した。

 もっと銀とか金色系が欲しいけど……鍍金めっきでもやってみようか。

 どっかの工房でできるかな?


 その翌日も、翌々日も次々と細工の終わった石が届けられた。

 その中にはあの『T』のデザインもあった。

 タセリームさん……俺が許可出す前に、作る指示出してやがったな。

 本当に大丈夫なのか?

 こんなに作って!



 タセリーム商会・店頭 〉〉〉〉


「あのっ、これ、本当に、タクトくんが作ったの?」

「そうですよー石細工は他の職人も手伝ってるけど、この台座の入れ物と鎖、それに魔法付与もタクトだよ」

「……全部じゃ、ないのね」


「タクトが細工も何もかも確認して、認めたものなんだよ。ほら、こうすると印が見えるだろう?」

「ええ、綺麗な印。透けてるわ……」


「これはタクトの印なんだよー。これがついているモノが、タクトが作ったっていう意匠証明なんだ」

「これ、買います」

「こんなのもあるよ? タクトの印自体を意匠にしたものなんだけど、綺麗だろ?」

「それも……あ、透かしの色が、違うの?」


「そうなんだよー、良い所に気がつくなぁ! 君、魔法の属性は?」

「緑属性……」

「なら、こっちの緑の文字で付与された物はどうだい? タクトは付与魔法師で全属性が使えるから、君の魔法に良い影響があるかも知れないよー?」

「……そっちに、します。この意匠で、緑のものは?」

「はいはい、ありますよー」

(……このおじさん、気にしておいて、よかった。一番に買いに来られるなんてツいてる……!)



「あっ、あった! ここの店よっ!」

「おじさんっ、タクトくんの身分証入れ売ってるって……」

「はいはいーこれだよー。この印が付いてるものが、タクトの認めた正規品だからねー」


「……思ったより高いけど……こんなに綺麗なら……これっ、これくださいっ!」

「はーい! ありがとうございますー」

「あたしこっち! タクトくんの印なんでしょ?これ!」

「そうだよーこっちのも透かしてみると、ちゃんと入っているからねー」



(ふっ……この子達は、透かしの色までは、気付いていない……ふふふっ)

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