追い越せない

 私が社会人になり、会社の宿舎に住み始めた時のことだ。


 そこの宿舎は築40年のマンションタイプで、家賃の安さから多くの同僚が住んでいたが、幽霊が出るという噂があった。

 幽霊の噂にはバリエーションがあり、家の前に立っていたり、風呂場を覗かれていたり、追いかけられたりしたという話を聞いたので、私も当初は心配していたが、全く怖い経験をしたことはなかった。


 その日は、仕事でトラブルがあり、帰宅が0時を過ぎており、通勤で使っていた車を停めようと、駐車場に入ろうとした時だった。

 中年くらいの男が駐車場の入り口を塞ぐように立っていた。

 最初は、そんなところに立って何をしているのか、とイラッとしたが、こんな時間に何もせず、どこかを見つめるように立ち尽くしている人は普通の人ではないと思った。


 こういう変な人は刺激しないのが一番だと学んでいたので、そのまま入り口をスルーして、1kmほど直進したところにあるコンビニでその人がいなくなるのを待とうと考えた。


 アクセルをいつもよりそっと強く踏んだ。


 バックミラーに目をやると、映った人影が、こちらを見つめているように感じ、目が合わないように急いで前に視線を戻した。


 前方に同じ人が立っているのが見えた。


 何度、それを追い越しても、しばらく前にはまた同じ人が立っていた。


 なんなんだよと舌打ちをして、アクセルを思い切り踏んだ。




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