第9話
「……まぁね。……で、Aで終わり?それ以上の存在とかいないの?」
シアラの質問に一瞬だけ藤峰の返答が遅れた。
『……一応、存在するだけでこの世界が危うくなるもの。Sというレベルはあります。それこそ、天災並ですね』
「基準がそこまであるってことは存在するのね……」
『そもそも、魔女の方々もご存じとは思いますが、この世界に来る者たちが最近、互いに手を組む例が見られたことが一番の問題です。調停者は性質上、数が鍵われている。物理的な対応だけでも人手を割かれますが、徒党を組んだ相手に対応するとなると、やはり『力』の概念に対応できる魔女の力をお借りするのが確実です。今後協力依頼することについての話は出ていました。なので、この接触を期に、あなたと連携を図ることができればちょうどいいのではないかと思いまして』
「なるほどね」
調停者も動いてはいたのが、手が回りきっていなかった。ということか。納得がいく。
魔女は調停者の基準でいうレベルAのみを危険視しているが、調停者はその下の連中も対応している。
(確かに、魔法を使えない人間ばかりとなるとなかなか難しいでしょうね)
シアラの属する魔女の一族は藤峰の言う通り、さかのぼれば千年を超える。その歴史の中で、似たような概念を持つ転移者が身を寄せ合い、魔女の一族となってきた。
そして、世界にはシアラの一族とは異なる魔女や魔法使いもどこかにいるのだ。
調停者も、魔女を狩ることができる以上、魔法やそれに準ずるものを何らかの形で使用することができるだろう。しかし、それが魔女よりも優れているとは思えない。
『では、話は理解していただけたということでいいでしょうか?ではそろそろ私は、この辺で。いい結果をお待ちしています』
その言葉を最後に通話が切れる。考えこんでいたシアラは対応しきれず。思わず、腰を上げる。
「ちょっ、そんな一方的に――!……って、切れてるし」
シアラは携帯電話の画面をにらむ。
丁寧な口調ではあったが、妙にせかしてくるのは、調停者が忙しいからなのか、それとも、藤峰がそういう性格なのか。
(私が未熟だから舐められてる……?ないわけじゃないと思うけど……)
それにしても、妙に何か……。
「で、どうすんだ?」
シアラが考え込んでいると、鴉はシアラを一瞥して言った。
顔を上げれば、いりせもテーブルの向かいから、不安そうにシアラのことを見ている。
決めるのは自分だ。シアラは未熟でも魔女。こんなとき、魔女ならどうすべきか。
「――いいわよ。私だって魔女の端くれ。魔女はやるときはやるってことくらい、わかってもらわないとね」
シアラは捨て鉢気味の強気で答えた。
そうと決まれば話は早い。シアラは面倒だとごねる鴉を引きづってクーラーのない安アパートに戻り、荷物を準備することにした。
「お前の部屋本当に狭いな。しかし、なんでこんなに服が多いんだ?」
「うるさい」
シアラは帰りがけにスーパーからもらってきた段ボール箱に、必要なものを突っ込んでいた。
鴉は興味深そうに部屋を見渡している。一応外見は男だし、どうみてもガサツそうなので、鴉には荷物運びだけやってもらおうと思ったのだが、部屋について言及されると、心底嫌になる。
事実、ただでさえ狭い部屋が、さらに狭くみえる原因は服だ。
シアラはぐぬぬという顔で、部屋の三分の一を占めるクローゼットと衣装ケースを眺めた。
衣食住の中で、衣だけが、妙に潤っている。原因は母である。
今日も何やら『送った♡』といっていたが、母の言葉の通り、開けてみれば全て服だった。パステルピンクの服、黒い服、スカートにズボンにキュロットに……。全て母の作成物だ。母が手ずからではなく、使い魔やゴーレムを使用しているので手作りというには少し異なるのかもしれない。
母の趣味は日本のアニメ鑑賞である。それも幼女向け。
魔法少女作成にはもう興味がないようだが、しかし。シアラのファッションには未だに興味が尽きないらしく、定期的に送ってくる。
さすが凝り性の魔女。縫製はしっかりしているし、無駄にデザインも可愛いので、着るには着ているが、多すぎるので残りの食と住の分の金をもっとよこせといいたくなる。
ある程度着たら売ろうかと思ったが、手段に悩んだのと、母に気づかれないかと不安で売るには至っていない。
「鴉、うるさいからちょっと外に出てて」
「はいはい」
鴉を追い出し、改めて荷物と向き合った。
クーラーの壊れたままなので、日は傾いてきたが、部屋の中が暑いことに変わりはない。
服は一週間程度、一応制服。あと、学校の書類は――宿題は終わってるし、いらないか。とりあえず、ノートと。魔道具と水晶玉と。
シアラは何とか荷物をまとめ、段ボール箱と大きめのリュックサックに詰め込む。そして、ドアから顔を出して、鴉を探した。
部屋のすぐ外に鴉がいた。声をかけようと、顔を出したところで、鴉が降り返る。
その後ろにいる老齢の女性をみて、シアラは思わず「げ」と言いそうになった。
大家さんじゃないか。
「この方、シアラちゃんのご親戚?」
耳は若干遠いが、人の好い――ただし全体的に雑――な大家さんは柔和な笑顔で言った。
「はい、従兄です」
シアラは鴉に目くばせをしながら返答する。
「そうなのぉ。確かに似てるわねぇ」
まったく疑いもしない顔で大家さんは手を合わせた。
「はい、そうなんです」
シアラは力強くうなずいた、そして、
「似てるってよく言われるんです!あ、で、その、夕飯の予定があるのですみません」
何かまた言葉が続きそうだった大家さんを笑顔で食い止め、急いで鴉に段ボール箱を二つ渡した。そして、自分も部屋に戻り、窓を閉めてから、小さめの段ボール箱をもち、リュックサックを背負って、部屋を出て鍵を閉める。
「では!」
笑顔の強硬突破だった。
「じゃあねぇ」
気分を害した様子もなく。笑顔で手を振る大家さんにシアラは手を振り返しつつ、歩いてく。
大家さんが見えないところまできてから、鴉はシアラに問いかけた。
「やけに慌てていたが、なんかあるのか?」
「いや、話が長いのと、あんまり話すとぼろが出るだけ」
「めっちゃ心配してたぞ。俺がお前の部屋から出てきたから」
「あー……いい人なんだよね……うん」
そう。いい人なのだ。だから、シアラはここに住んでいることができるともいえる。話は長くて、いわなくてもいいことをいっててしまいそうになるけど。
(母もいない、私だけの生活)
隠さないといけない。シアラだけで対応しきれないのは、悔しくて。
本当はもっと、しっかり話さないといけないとは思っているけど。でも。
「お前と俺は似てるのか?」
「使い魔だから、魔力が影響しているんでしょ」
鴉を見上げながらシアラはいった。
自分の顔と他人の顔を似ているかどうか判断するのは結構難しい。しかし。まっすぐな漆黒の髪に、白い肌、釣り気味の目。確かに、パーツごとで見ると似ている気がする。
(全然顔似てないよりは、使い勝手が良い設定にできるし、いいか)
顔の似ている従兄妹という設定であれば、シアラと鴉が一緒にいて怪しまれる確率は低くなる。
ステッキさえあれば、この仮主従は終わらせることができるし、続けるとしても、鴉を鳥の姿に戻すこともできるだろう。魔女の使い魔は大概、人間の姿と動物の姿を重ねて持っているものだ。
(いつまで一緒にいんのよって話でもあるけど……)
余計な心配は、少なければ少ないだけいいか。とかそう思うことにした。
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