頑張るんだ
──アディフランツの視点
新暦3061年夏三月、俺たちは長旅の末に帝国領ヴェリの森にてダンジョンヒブリアを見つけることができた。
迷宮都市ダンジョンヒブリアは初見の町というわけじゃなかった。
冒険者をしていた頃、ダンジョンの地として有名だったこの都市で宝を求めて熱心に挑んだのは記憶にいまだ新しい。もちろん俺がそう思っているだけで、この記憶は遥か古いものなのだが。
16年ぶりの迷宮都市はなんら変わってはいなかった。
どこを見ても冒険者ばかりで、武器を鍛える音がカンカン響いてて、商人たちが露店で発掘されたアイテムを売りさばいている。
変わったものがあるとすれば、それは俺だ。
前は夢と希望を抱いていた。
仲間もいた。若さもあった。恐いものなんて何もなかった。
今の俺にはエーラとアリスしかない。
このふたりを守り抜く。そのために俺は妻を戦争と怪物に捧げたんんだ。
戦争がはじまる国にひとり妻を置いて来て、ここまで必死に逃げてきた。
生きなければ、生き残らなければすべては嘘になる。
「戦争が終わるまではこの迷宮都市で暮らそうな」
「お父さん。なんでお母さんは一緒じゃないの?」
「それは……お母さんは国のために戦わないといけないからなんだ」
エヴァは貴族という身分から逃れられない。
チカラある者が守らなければ誰が守ると言うのだ。
その理屈はわかる。わかるんだ。正義と悪の所在だってわかる。
でも、それでも、彼女に逃げて欲しかった。
ダンジョンヒブリアまでの道中で何度も引き返そうとし、そのたびに託された思いを無駄にしないため、踏ん張って踏ん張って、何度も振り返りながらここに来た。
「アリス、エーラをよろしくな」
「タスク『お姉様、監視』です」
「別にアリスに監視されなくても平気なのにー」
エーラとアリスと3人で食っていくために働く必要があった。
ある程度のマニーは持ってきたが、稼ぎが無ければ3か月後には路頭に迷うことになる。
職業としての学者を続けることはできなかった。
稼ぎは不安定だし、報酬を得るまでに年単位掛かるしで、安定した生活基盤がなければ続けられるわけがない。学者という職業はアルドレアという貴族でいたから従事することができたにすぎない。
錆びついたC級メダリオンを手に、娘たちを置いて冒険者ギルドへと足を運んだ。
まず最初に仲間を見つける必要があった。
ダンジョンに一緒に挑んでくれる仲間を。
俺一人ではとてもモンスターを相手にすることができない。
高速詠唱なんて技能はおさめられていないし、遅延詠唱なんて高塔技能も身につけられなかった。
俺はパーティメンバー募集をギルドに申請して張り紙を出してもらいながら、俺自身でもメンバー募集のパーティをまわって面接を受けた。
「最後にクエストに出たのはいつですか?」
「16年前が最後にです。それ以降は学者をしてまして、魔術師としてはそこそこかな、って」
「あー……なるほど」
元冒険者とは言え、ブランクを嫌がる者は多かった。
モンスターを前にし、冷静に詠唱し、動く的へ魔術を当てる。
言うだけなら簡単だが、これがなかなか難しい。
「それじゃあダンジョンで少し試させてください」
4つのC級パーティ募集を受けて、なんとか実践を見てもらえるところまでこぎつけ、俺はパーティメンバーの連携にあわせて《ウィンダ》を何回か放ってみせた。
「良い感じですね。いざとなれば二式魔術も使えて、大型モンスターも倒せる」
パーティの反応は上々だった。
翌日、俺は不採用を言い渡された。
どうやら10代で二式魔術を使える魔術師が見つかったとのことだった。
ここはダンジョンヒブリア。良い冒険者はたくさんいる。
「アディフランツさん、先日のパーティメンバー募集の件ですが、10日過ぎても応募がなかったのでこちらで取り下げさせていただきました」
10日間、他人のパーティメンバー募集を受け続け、面接を受け続け、計13回の不採用を言い渡された後のことだった。
40歳を迎えたおっさん0から立ちあげるギルドに入りたがる者はいない。
C級じゃないとダメなのに。
C級より下の冒険者とパーティを組んだところで稼ぎなんてたかが知れている。
俺一人が生きていくならいい。
でも、俺とエーラとアリスの3人が食っていくだけの基盤を求めるならD級ではダメなんだ。
翌日から俺は仕事を探して酒場や宿屋、鍛冶屋に商店などを転々とたずねた。
多くは俺のような人間を欲していなかったが、唯一というべきか、やはりと言うべきか、魔術協会だけは俺のことを雇ってくれる意向を示してくれた。
「へえ、前は魔術学者さんかぁ~」
俺が任された仕事は魔術工房の小間使いだった。
魔術協会に属する魔術工芸品をつくる工房だ。
ダンジョンヒブリアでとれた鉱石から魔術工芸品や魔道具をつくりだすための材料を運搬し、資材を管理する仕事であった。
朝から晩まで鉱山と鍛冶屋と倉庫を往復し、それぞれの場所で加工された品を箱に詰めて工房へ運び入れる。
いわゆる肉体労働だ。学者らしい仕事などまるでない。
「いやね、私も魔法学校を卒業したあとは魔術学者になりたかったんだよ。でもね、うちは裕福じゃなかったんです。あなたは裕福だったんでしょう。16年も静かな書斎で本を読んで、筆を動かしていればよかったんですから。どういう経緯でこんなところで働いているのかは知りませんが、せいぜい頑張ってくださいよお」
俺を雇ったダンジョンヒブリア魔術協会の工房長には、露骨に学者という職業への妬ましい思いがあった。
でも、嫌だからと仕事をやめるわけにはいかなかった。
次の仕事が見つかるかなんてわからない。
エーラとアリスを路頭に迷わせるわけにはいかない。
エヴァに約束したのだ。
必ず守り抜くと。
ダンジョンヒブリアに来て1カ月が過ぎ、パーティ募集の張り紙を出し続け、応募がまるでないことに落胆していたある夜のこと。
「こんなはずじゃねえのによ……俺は戦えるんだ、誰か使ってくれよ……」
小間使いとしてクタクタになって、酒場で酔いながら、明日も仕事にいかなければいけない憂鬱さに押しつぶされそうになっている時のことだった。
俺は喋るニャオの噂を聞いた。
淡い期待を胸に足を運んでみると、案の定、俺はそのニャオを知っていた。
「ニーヤン……」
「誰にゃ、我の名を気安く呼ぶ人間は」
「俺だ、アディ、アディフランツ、忘れたのかよ!」
「っ、お、お前は文句しか言わない荷物持ちアディフランツにゃあ!」
ニーヤンは俺のことを覚えていた。
古い知り合いに会っただけで沈鬱な気分が吹き飛んだ。
旧友との出会いがすこしずつ流れを変えていってくれる気がした。
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