クルクマを発つ
瓦礫を押しのけられる。
服をパンパンっと払いながら、エレナはたちあがる。
怪訝そうな表情をしている。状況が飲み込めていないらしい。
「わからないな。圧も使えないアーカムくんがそんなに力あるなんて」
「そういうマシンってことですよ」
「うーん、つまりその身体にくっつけている絡繰りが身体能力を強化しているってことでいいのかな?」
「それであってます」
「はあ、すごい装備だね、本当にね」
「すこしは驚かせることができたようで嬉しいです」
「アーカムくんをいじめすぎちゃったからね。たまには鬱憤を晴らさせてあげないとね。だから今のは君の勝ちでいいよ」
エレナは笑顔で近づいてくると「じゃあ第二回戦開始~」と普通に殴って来る。
挙動の起こりは直観でわかるし、動きも眼で見える。
ならばあとは身体を動かすだけだ。
エレナの拳を手首を掴み、引いて倒すように柔術をかけた。
左半身はまるで反応できてないので右手と右足だけを動かす歪な挙動だ。
「前から思ってたけど、アーカムくんって見えてはいるんだね。凄く目が良い」
エレナは言いながらひょいっと手首をかえす。
彼女の重心がブレるように下方へ移動し、逆に俺の姿勢が崩される。
このままでも倒れる。というのに、エレナのもう片方の手まで伸びて来ている。
これはどうやっても防げない。
顔面に膝蹴りされるコースだ──っと悲惨な倍返し理解しながら、髪を鷲掴みにされて思いきり膝をぶちこまれ、俺は意識を失った。
──10日後
「アディから手紙が返ってこないわ……やっぱり、なにかあったんじゃ」
エヴァは毎日のように手紙を待ち続けていた。
手紙が途絶えてからもう3カ月になると言う。
いよいよ寒くなり、年末を迎えるためクルクマ村が忙しいから気が紛れているが、そうでなければ、エヴァひとりで村を飛び出しかねないほど心配している。
流石にもう待てまい、
俺にはいくつかのせめぎ合いがあった。
やるべきことが複数あった。
だから、ここまで行動を選んできた。
状況次第で俺がとる行動は変りつづけた。
最も望ましい状況の変化はアディから手紙が返ってくることだった。
返ってきた場合、すべては万事OKに済む。
俺はこのままクルクマに残り、脅威を狩るための牙を研ぐ。
返ってこなかった場合、いくつかの行動選択があった。
① ゲンゼのクルクマ到着を待たずにゲオニエスへ向かう。
ゲンゼの到着までは時間がかかりすぎる。そのためアヴォンを信じて発つ。
② ゲンゼがクルクマに到着してから向かう。
できれば彼女が無事に魔術王国から脱出できたことをこの目で確かめたい。
途中でここに第三の選択肢が追加された。
マナスーツの開発という着想を得たことと、アンナがゲオニエスへの旅に同行できなくなったという状況の変化のせいだ。
これまでの旅では常に彼女の助けがあったから、試練の連続もなんとかなった。
彼女無しの旅は心理的に抵抗があるし、事実として戦闘の危険性はあがる。
仮に厄災などと殺し合おうものなら、リスクを覚悟しなければならない。
キサラギを同行させるとはいえ、俺の戦闘能力をおおきく向上させることが期待できるマナスーツはある程度形にしておきたかった。
そのため選択肢がふたつ増えた。
① ゲンゼのクルクマ到着を待たず、マナスーツ無しでゲオニエスへ向かう。
② ゲンゼがクルクマに到着し、マナスーツ無しでゲオニエスへ向かう。
③ ゲンゼのクルクマ到着を待たず、マナスーツありでゲオニエスへ向かう。
④ ゲンゼがクルクマに到着し、マナスーツありでゲオニエスへ向かう。
自分の命と、アディ達の心配、ゲンゼの心配、エヴァの心理状態、そのほかのバランスをみて状況の選択を強いられることになった。
だが、もう猶予は無さそうだ。
あるいは元から猶予などありはしないのかもしれないが。
ゲオニエスへ向かうことにした。
ゲンゼの到着を待たずに。
新暦3062年秋三月。年末も年末。
もう数日で年を越すという朝に、俺とキサラギはクルクマを出発することにした。
「アーク。アディにエーラ、アリスをお願いね」
「任せてください。必ず保護します。狩人協会に保護させます。母様もゲンゼたちのことをよろしくお願いします」
「うん、任せてちょうだい。ゲンゼちゃんに久しぶりに会えると思うと明るい気分になれるわ」
エヴァは気丈に言って笑みをつくった。
アルドレア邸をあとにする。
家の門へふりかえれば、豆粒のようにちいさくなるまで手を振る母の姿が見えた。
雪がはらはらと降り始めた閑散とした畑のあいだを歩く。
横を見やれば布に包まれたブラックコフィンを大事そうに背負うキサラギがいる。
「ブラックコフィン直ってよかったです」
「キサラギは必ず仲間を助けると言ったでしょう、とキサラギは有言実行できたことを誇らしげにします」
彼女がいればこの旅も寂しくはなさそうだ。
ちいさな木製のアーチが見えて来た。クルクマの村の門である。
森との境界線に設置されたそのアーチのところに人影をふたつ発見する。
「アーカム」
「アンナ、見送りに来てくれたんですか」
「当たり前だよ。私は相棒なんだから」
言って彼女は俺の外套の襟をただしてくれた。
「気を付けて。アーカムはなぜか危険な怪物を引き寄せる才能があるから。行く先々でいっつも危ない目にあってるし」
「たはは、確かに。でも、もしかしたらアンナのほうにその危険な才能があるのかもしれませんよ?」
「うーん、それも言えてる」
アンナは肩をすくめる。
「でもそれって狩人にとっては貴重な才能じゃなあい?」
割り込んでくるのは背の高いほうの梅髪。
「エレナさんにはないんですか」
「私はないねぇ。意図せず厄災級の怪物に出会ったことなんて一度も無いよ。その点、なぜか絶滅指導者に会ったり、恐ろしい怪物との戦いに巻き込まれたりするアーカムくんは天才だね」
「嫌な才能です」
「でも、世界を救うには必要な物じゃないかな。大事にしなよ、そして生きてね。君はとっても貴重な人材なんだからさ。本当にね」
エレナは言って俺に背を向けると「んじゃね~」と行ってしまった。
「じゃ、そろそろ行きます。次の村はすこし遠いので遅くなると危ないですから」
「うん。わかった」
アンナは簡素にうなづく。
彼女と行動を別にするのは思えば、ずいぶん久しぶりのことだ。
5年前に出会い今日まで俺たちは共に死線をくぐってきた。
これまでの試練を考えると、アンナと離れることに余計に心細さを感じた。
そうだ。
思いつきだが、なにか相棒っぽいことでもしようか。
「拳をだしてくれますか」
「? こうでいいの」
アンナの硬い拳骨に俺はこつんっと拳をぶつける。
昔の俺だったら嫌厭しているだろう気恥ずかしい感じのやつだ。
「どうですかね、相棒っぽくないですか」
「うん、すごくいい感じ。もう一回やろ」
「そんな何回もやるものじゃないと思いますけど……」
アンナがやりたがったので、結局4回くらいコツンっコツンっとさせることになった。彼女の心のどこかで俺との別れを惜しんでくれているのかもしれない。
そう思うと絆のようなものを感じることができた。
「それじゃあ、クルクマをお願いしますね」
「任せて」
静かな雪がふる年末、俺とキサラギはクルクマを発った。
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