怒涛のエヴァリーン騎馬隊
エヴァリーン隊の攻撃力は凄まじかった。
ゴーレムらの厚みが薄い部分へ、鋭く斬りこみ、騎馬の破壊力と機動力を活かして、貴族軍第2軍は内側で食い破っていった。
騎馬隊が開いた活路に、エヴァリーンの隊の後方部隊である民兵らが流れ込み、貴族軍の前列に空いた傷口を修復させないように、陣地を確保していった。
「いける……っ、いけるぞ……っ!」
「こいつらエヴァリーン様の怒涛の攻撃にビビってやがる!」
「隊列を乱すな! 無闇に攻めなくていい、斬り込み口を維持するんだ!」
クルクマ村の民兵代表テドリム・クーレンは、血と暴力の興奮で攻撃的になっている民兵たちのた手綱を握らんと声を張っていた。
優れた指揮官がそろっていたことで、右翼中央寄りの戦線は王族側が優勢であった。
とはいえ、白兵戦におかえるゴーレムが脅威的であり、また魔術師を多く動員している貴族軍の範囲攻撃は王族軍にも大きな被害をもたらしていた。
さらには数の暴力ものしかかってくる。
人海と人海のぶつかりあいは激しさを増していく。
マジックはその様を見て、好ましくない状況だと考えていた。
(キンドロのところの騎馬隊が暴れてるのか)
マジックは騎馬隊を率いる女将をとらえる。
エヴァリーンと遠めに目が合った。
「大地よ、大いなる力の片鱗を覚ませ、
源の力をここに、起源の波動で答えたまへ
──《ウルト・グランデ》」
鋭い岩石弾が放たれた。
エヴァリーンは機敏に反応し、狙撃を剣で弾いてしのぐ。
第三式魔術の現実的な有効射程は30m前後である。入り乱れる白兵戦における弓兵と同じように、魔術師の高威力の狙撃は恐ろしいものである。
騎馬の機動力を遺憾なく発揮し、まっすぐに突き進めるならまだしも、分厚い人海の壁のまえでもたもたしていては、高威力の魔術の餌食になってしまう。
人の波が揺れる戦場で、エヴァリーンはマジックを討ち取りたかったが、流石にマジックのところまでは容易にたどり着けそうもなかった。
(あの娘っこ、あたしの岩石弾を弾きやがったねえ? 相当の剣の使い手ってことかい。ふむ、本当ならいま騎馬隊に食い破られて阿鼻叫喚しているのは王族軍のほうなのに……あの娘のせいで……あたしの軍は人が死に過ぎだ……このあとにキンドロ領を占領しないといけないのに、これじゃあ貴族軍内でもあたしの影響力にも響く。これ以上削られるわけにはいかんね)
マジックが今回の戦争で大量の派兵を行ったのは、領地を奪ったあと、分割統治の際の影響力を高めるためだった。兵が多ければ、それだけ意見が通る。単純な摂理である。
他方、戦争で頑張るほどに兵は消耗する。そうなると、戦争が終わった後の旨味が少なくなってしまう。
これが強欲な革命軍の難しいところであり、また一気にのし上がれる好機でもあるのだ。
(貴族軍はお互いに仲間のふりをしているだけ。あくまで王を討つための共同戦線にすぎない。あたしが兵を失えば、領地ごと喰われるかもわからない。まったく貧乏くじを引かされたものだよ)
マジックには暴れるエヴァリーンをねめつけることしかできなかった。
血で血をぬぐう白兵戦は日暮れまで続いた。
日が傾いてくると、貴族軍はゆっくりと後退を始めた。
夜には完全に陣までひきかえし、お互いの軍は火を焚き、夜襲に備えながら束の間の休息をとることになった。
怒涛の活躍をしたエヴァリーン騎馬隊は第3軍内で存在感を放った。
そう言う事もあいまって、見目麗しいエヴァリーンのもとには大変に多くの騎士たちが群がっていた。
まだ34歳という若さ、艶やかな銀色の髪、血を浴びてなお凛々しく美しい剣姫というイメージの威力は凄まじく、第3軍の精神的支柱になりつつあった。
周囲がお祭り気分な一方で、エヴァリーンはまるで楽観的ではなかった。
それどころか沈んでいた。
自分の隊の被害状況を確認し、損なわれた伍そのほかの再編成を素早く行う作業が将たちには残されていたのだ。
「騎馬が207、落とされて……後方部隊も320が死んだのね……私の指揮で」
エヴァリーンはその夜、自分の指揮で死んだ者の数を数えた。
第2軍に破壊的な損害を与えたエヴァリーンの3,000人隊であったが、激しい攻撃を仕掛けた代償は小さくはなかった。
兵士たちは一杯の酒とひと切れの肉の贅沢を振舞われ、祝福され、翌日の戦いへ備えて泥のように眠りについた。
多大な活躍をしたエヴァリーン隊には別の部隊から馬と騎士があてられることになった。おかげで騎馬隊は失われた戦力を取り戻した。
指揮官らの会議で人の命が数字でやりとりされる様に、エヴァリーンは不気味さを覚え、死んだ分がすぐに補充されることに残酷さを感じざるを得なかった。
(なんのためにこんな戦争……いや、被害者づらなんてしていい立場じゃないか。私も同じなんだ)
戦争を糾弾しようとしたが、やめた。
エヴァリーンは今日、何人を斬り殺したのかわからなかった。
騎馬で踏みつぶした者もたくさんいる。
彼女の命令で動いた3,000人のエヴァリーン隊の戦果を考えれば、4,000人は殺していることだろう。
(守るために剣を鍛えたはずなのにね。恐ろしいモンスターから人々を守るために。……バンザイデスで理不尽に奪われたあの時の死体の山。今度は私が奪う側にまわっているなんて)
何のためにテニール・レザージャックから守るための剣を教えてもらったのだろうか。
どうしてこんな残酷なことになる。
どうしてこんな結末にしかたどり着けない。
どうしてこれほどの試練が立ちはだかるのか。
「エヴァ」
「……キンドロ卿」
指揮官会議が終わったあと、その場で頭を抱えていると、エヴァリーンのもとにキンドロがやってきて、隣で腰をおろした。
キンドロは娘の頑固さも、博愛の心も、家族への愛情深さも、強さも知っている。
バンザイデスの悲劇の地で再会したかと思えば、今度は戦場で顔を合わせることになった。皮肉なものだが、それでも娘が生きていることだけは純粋な喜びとして受け止めることができた。
だが、今日の戦場を見て、キンドロは不穏な確信をもっていた。
自分の娘のやけにも近い鬼のごとき戦いぶりは破滅を呼ぶと。
「お前はすごい才能をもってる。お前の剣は敵の将を2人も討った。そのことは喜ばしい。だが、なにか、こう……危なげに感じる。騎馬隊を使いこなしていると言えば、それまでだが……」
「何が言いたいのですか」
「……死に急いでいるのか?」
「何を馬鹿なことをおっしゃるんです。どうして死に急ぐ必要があるんですか」
「お前の家族の話を聞いた。どうして教えてくれなかったんだ。行方不明だろうだな」
エヴァリーンは目を細める。
キンドロは知っていた。
1年前、アルドレア家を襲った不幸の話を。
野盗に襲われ、家族らを攫われてしまった事件を。
それ以来、家はすっかり寂しくなり、エヴァリーンがひとりで屋敷に住んできたことも。
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