王城地下へ
──アーカムが上層階層への大階段を登っている頃
アンナとエフィーリアを筆頭とした40名の騎士からなる部隊は下層内周への攻撃を仕掛けていた。
「内周には先史時代から残っている遺跡との複雑な通路がありますわ」
「城の地下ってことでしょうか」
アンナは普段ではあまり見られない淑女ぶった言葉遣いをしていた。
魔法王国の姫たるエフィーリアへの無礼は許されるものではないので気を付けているのだ。
「ウィザーズパレスは数百年の歴史を誇る城塞です。何度も改修こそ行われていますが原型は変わっておりません。ウィザーズパレスのまえにもこの地には王がいました。その昔の世界の名残が城の地下にはいまも遺跡と言うカタチで残っているのです」
エフィーリアたちは大きな廊下を守る騎士たちのバリケードを発見。
赤い絨毯が敷かれた城内の廊下に、分厚く金具が撃ち込まれた木製の壁がならんでいる。バリケードには小窓が明けられており、そこからクロスボウがのぞいている。
「射てぇえ!」
指揮官の一声で一斉に30本近い矢の雨が襲ってくる。
「フェニ!」
「ホホォ」
エフィーリアが叫び赤い梟を投げる。
梟は眩しく燃え上がり、炎をまとった鳳凰の旋風を巻き起こすと矢の雨を弾いてしまった。そのまま熱風がバリケードまで到達し、ぐわんっと揺らした。
その威力に騎士たちはたじろぐ。
「王家の不死鳥か……! 構わん! 死ぬまで射ればよい!」
「恐れずに進みなさい!」
エフィーリアは不死鳥の梟フェニを盾に騎士たちを突撃させる。
(わたくしの魔力量ではフェニに何度も技を使わせてあげることができない……役目を終えるまでなんとか間に合わせなければなりませんわ)
エフィーリアは優れた魔術の使い手であるが、幼少の頃より魔力量に恵まれなかった。偉大なる不死鳥の魔術も魔力がなければ起動することもままならない。
びゅんっと風が吹いた。
不死鳥を飛び越して、一足でアンナがバリケードの向こう側へ飛び込んだのだ。
「ひい!」
「怖気づくな! 相手はたかが小娘ひとりだ!」
「抜剣! かかれ!」
叛逆騎士たちは果敢に挑む。
鋼の剣がアンナの首を討とうと水平にふりぬかれる。
アンナは宝剣カトレアの祝福で鋼の刃を斬ってみせた。
「っ!?」
「あ、あいつ剣を斬りやがった……!」
アンナと騎士たちの実力差は克明であり、だれもその刃をアンナに当てることはできないまま、バリケードの向こう側は血の海と化していた。
「ひ、ひい!」
「こっちだ」
「あっ! いつの間に──」
逃げようとした指揮官を背後からヘンリックが仕留める。
トドメを刺し、ヘンリックはアンナを見やる。
「お見事です、エースカロリ様」
アンナは目礼して応じる。
ふと、キョロっと城の内周奥へ視線を向けた。
「ずいぶんな手練れがいるな。その剣気圧。強く練り上げらあれている」
言って奥からぞろぞろと騎士たちがやってくる。
その数は120を数えてもまだ少ない。実に3倍以上の人数差にエフィーリアの騎士たちは気圧された。
さらに集団のなかには妙な機械たちもいる。
ヘンリックはスッと目を細め「貴族院のゴーレム……」と冷汗を流した。
叛逆者たちの先頭に立つは二振りの剣を握る分厚い体の騎士。
特注のフルプレートアーマーを着ており、深紅のマントを羽織っている。
他とはまるで違い練り上げられたオーラを放っていた。
「王女殿下、その命、もらい受けます」
「姫様、おさがりを、エースカロリ殿の邪魔になってしまいます」
ヘンリックはほかの騎士たちもろともエフィーリアを下がらせる。
敵将と向かい合うのはアンナと深紅のマントを纏う大騎士だ。
「『嵐の騎士団』副団長バルバトス」
「……アンナ・エースカロリ」
狩人は名乗る文化を持たない。
ただ王女の手前、形を優先し、アンナは気だるげに名乗った。
「これ……別に名乗る必要ないと思うんだよ」
ぼそっと本音がもれる。
「無礼な娘め。殿下の御前だのに礼儀を欠くか」
バルバトスの身を剣気圧が包み込みオーラが膨れあがる。
わずかに腰を落とし──直後姿が消えた。少なくとも余人にはそう見えた。
バルバトスは俊足の踏み込みで、一気にアンナにせまる。
一閃。浴びせて、アンナの背後でズザザっと剣を振り抜いた姿勢で残身をとった。
アンナは振り返り、背後へ移動したバルバトスを見やる。
その目は酷く冷めている。
バルバトスは全身から冷汗を吹き出し、瞳孔を震わせていた。
「見事……だ……っ」
最後にそうつぶやいた瞬間、バルバトスの胴体がフルプレートごとジュルリとズレて赤い絨毯のうえに深紅の大輪を咲かせた。
「やっぱり。死体に名乗っても仕方ないじゃん」
アンナは言って剣についた血糊を斬り払った。
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