やっぱり天才ですね


 

 コートニーさんの紹介状を受け取り、カフェテリアをあとにする。

 彼女は俺に突破口をくれた。邪推するならば、そこに魔術貴族の派閥的な思惑があるのかもしれないが、だとしても今の俺にはありがたいことだ。


「キサラギちゃん、行きますよ」


 絵を描いて人だかりを作っていたキサラギを外側から手招きする。

 流石に姿が見えなくなるほど人は集まっていない。

 普段は群集に割って入っていかないといけないので大変なのだ。


 キサラギと共に魔球列車に乗り、俺はまずはクリスタ家を訪ねることにした。

 クリスタ家もまた魔力結晶に関する利権を保有する魔術貴族だ。領地は持っておらず王都に本家を構えているとのことなのでおそらく家の誰かしらはいてくれるだろう。


 とりあえず、キサラギを巨大樹の宿屋に預けて行こうと思う。


「兄さま、魔術貴族を味方に引き入れる算段はあるのですか」

「いくつかあります。僕には未発表の魔術研究がたくさんありますから」

「キサラギはクルクマの兄さまの部屋を見ました。論文がいくつも積みあがっていましたが、あれらが兄さまの未発表の魔術研究ということですか」

「察しが良いですね、キサラギちゃん」

「えっへん、とキサラギは自慢げに胸を張ります」


 俺は幼少期より魔術研究を行って来た。

 大人になって学校を卒業し、そのまま研究機関へ進み、そこで蓄積した研究を順次発表していく予定だった。

 それらは今も実家の俺の部屋に眠っている。

 魔術貴族というのはすなわち、こうして魔術研究論文の発表によって得た新事実、新魔術、新魔道具そのほかもろもろに関する利権を保有し、それを他者が使うことに口をだし、関税をかける事で富を得ている存在だ。

 俺の研究をそのまま売れば、それらは将来莫大な富を生み出す可能性がある。ともすれば、魔術貴族が俺の研究を買ってくれる可能性はゼロじゃない。まだ利権化してはいないが、それなりの価値を認めてくれる。と思う。


 もっとも、これらは希望的な観測であるが。

 それぞれの家が得意とする魔術というものがあり、役に立つ研究と役に立たない研究と言うものがる。俺の研究には値段がつかないこともまったくありえることだ。


 なんとか確実なカードを用意したいところだ。


 巨大樹の宿屋に到着した。


「キサラギちゃん、今日からここが新しいおうちです。アンナと一緒にお留守番しててください」

「キサラギは兄さまの言いつけを遂行します」


 中に入ると、暗黒の末裔たちがまた作業をしていた。

 スクロールを床にひろげて、その前であぐらをかいてみんな集中している。


 部屋の隅っこ、もともとは宿屋の受付カウンターだと思われる場所にはアンナが座っており、剣を見える位置に置いていた。相手に武力を行使させない牽制の意味をこめてのことだろう。それでも剣を抜くなら、そこから先アンナは責任を取らないと言外に言っているのだ。


 魔術工房へ行くとゲンゼとフラッシュがいた。

 フラッシュは特になにかしている訳ではなく、剣を6本ほど並べてそれを一本ずつ石で研いで手入れしていた。

 俺が入ってくると睨んできたが、まあ、妹を大事にするお兄ちゃんの気持ちはわかるので許してやろう。


「仲良くしましょうよ、義兄さん」

「殺すぞ、アルドレア」

「兄さま、あのわんわんは危険です」

「あん? なんだそいつは」

「この子はキサラギちゃんです。僕の妹でいっしょに旅をしてます」

「ほう、妹か。なんだかおかしな雰囲気だな。まるで生気を感じない」


 やめてくださいよ、嫌だなぁ、フラッシュ義兄さん。


「アーカムの妹さんはエーラちゃんとアリスちゃんでは……?」

「こほんこほん、ゲンゼちょっとこっちへ」


 忘れてた。ゲンゼには通用しないんだよね。


「キサラギは……そのいろいろと複雑で。確かに本当の妹じゃないですけど、本当の妹なんです。いつか説明します。落ち着いたら」

「わかりました。アーカムがそう言うなら」


 なんとか納得してもらえたか。


「ところでアーカム、なにか進展はありましたか?」


 ゲンゼは伺うように訊いてくる。

 それもそのはず。進展がなかったら、共に巨大なチカラに潰されるだけなのだ。


「安心してください。希望はあります。魔術貴族の知り合いにクリスタ家とエメラルド家への紹介状を書いてもらいました。これで大物たちへのツテができました。両家に接触して、カンピオフォルクス家の力をどうにか削げないか試してみます」

「計画はあるんですか? 両家は伝統と権威ある魔術貴族です。魔術協会内でも魔力結晶の御三家は有名ですから、相応のメリットを提示しないと交渉を有利に進めるのは難しいと思いますよ」

「一応、算段はあるつもりです」


 ゲンゼは終始不安げだった。

 まあ、俺も不安だけど。


 すべては希望的な観測。

 自信が持てる武器は『無垢の魔力結晶』だ。

 ノーラン教授が目の色を変えていたことを思えば。これの価値は魔力結晶を生業とする魔術貴族ならよくわかってくれるだろう。

 

「ところで、ゲンゼはいま何をしていたんですか」


 なんとなく気になった。

 ゲンゼは床のうえで立膝をついて何をしているのだろうか。


「見ててください」


 ゲンゼは両手を胸のまえに持ってくる。

 彼女の手のなかに膨大な魔力が収束していくのがわかった。

 俺の魔眼:夜空の瞳にはその魔力の流れが克明に映っていた。


 ああ、なるほど、これが──。


「ふう。こんなところですかね。魔力結晶ですよ」

「それは土属性式魔術に適性が無いとつくれないんですか?」

「そうですね。いくつか作り方はあります。わたしのはもっとも簡単で仕組みもシンプルですが、どんな手法を取るにしても、必ず魔力を固形物質化して保存するという終着点があるので、風や火、水の魔力属性では難しいでしょう」

「そう、ですか」


 俺はゲンゼの隣に腰をおろす。

 

「アーカム?」


 俺は手を胸の前にもってきてゲンゼがやったように魔力を動かして見せる。

 イメージは純なる固体。深淵の渦。

 それは純なる魔力のうねりだと魔術師たちは語る。生物が死に絶え、死蛍になる時、純魔力の姿を取る。俺たちがマナニウムと呼んでいたものだ。

 属性式魔術はこの純魔力をそのまま使うことはせず、己のなかにある適性と相談し、風の魔力や、火の魔力、水の魔力や、土の魔力に変換し、それぞれの魔術を起動するためのエネルギーを蓄積し、魔術式を展開、世界に”現象”を呼び起こす。


 魔術師は何度も何度も、


 純魔力(体内)→属性魔力(体内)→魔術発動(体外)


 というプロセスを繰りかえし、ついには習得するに至る。


 俺にはこの流れが眼に見える。

 そして、シックスセンスが俺に模倣を完全とさせる。


 俺はゲンゼの体内をめぶった純魔力の流れを思い出し、抽出、氷属性式魔術を用いて固形物質化を行った。


 周囲に霜がおり、冷たい空気に満たされる。

 ダイヤモンドダストがごとく、煌めく光の粒が魔術工房を彩る。

 俺は武骨なとげとげしい結晶をもちあげる。


「アーカム……やっぱり、あなたは天才ですね」


 魔力結晶。

 思ったよりずっと簡単だ。

 どうやら俺にも作れそうである。

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