酒場にて


 アーカムは広場の外を見やる。

 ずっと向こうのとおりでは、人々が普通に動いている。


(洗脳系の能力か)


「『神々の円卓ドームズ・ソサエティ』か。いったいなんの集まりだ」

「詳しく話すには、もうすこし適切な場所がある。そうは思わないか、伊介天成」


 神宮寺は背を向けて歩きだす。

 アーカムは彼についていく。

 振り返ると、物陰でキョトンとしているアンナがいた。

 

 アンナはハンドサインで「あたしはどうすればいいの?」と訊いてきていた。

 アーカムは手刀を切るように、体側の太ももをトントンっと叩き「命令変わらず」、指を2本でクイクイっと動かし「尾行、追跡」のハンドサインを通す。

 

 アンナはうなずき、気配を消して、アーカムを追いかけはじめた。


 通りを一本入ったところの、こじんまりとした酒場へ神宮寺は入っていく。

 

 アーカムもあとに続いて入る。

 神宮寺は奥の席に座っていた。

 琥珀色の酒が注がれたグラスが二つ並んでいる。


 席に着くと神宮寺は話しはじめた。


「君はこの世界についてどこまで知っている」

「だいたいのことは知ってる」

「それでは、答えになっていない、伊介天成。より直接言おう。君はこの世界の価値を、真実の価値を理解しているか」

「直接と言いながら、ずいぶん迂遠な言い方をするものだ」


 アーカムは神宮寺の向かい側に腰を下ろした。

 同時に酒場の入り口からアンナがさりげなく入って来て、カウンター席に腰を下ろした。


 アーカムは声を潜めて続ける。


「どうやってこの世界に来た」

「はは。そうだろう、知りたいだろう。なにせ君の転移はおせじにも成功とは言えないものだったはずに違いないのだから」

「イセカイテック社は……俺を助けに来たんじゃないのか?」

「そうかそうか。君は助かりたいのか。この世界から助け出してほしいのか」

「だったら、どうなんだ」

「助けてあげよう。君は我々にとっては偉大なる先輩だ。偉大なる先駆者だ。だから、最大の敬意を払い、君を我々の目的に加えてあげよう」

「目的?」

「だが、その前に明らかにしなくてはいけない事がある。君がどうやって、ここに来て。そして、どうやって生き長らえたのか。興味がある」


 神宮寺は指を3本立てる。


「今から3つの質問をする。正直に答えてくれればまた、それでオーケーだ。それで我々の仲間になれる」


(なんだその意味深な聞き方は……もしかして、嘘を見破る能力とか?)


「質問のまえに、俺からひとつ聞かせてもらう」

「なに? 君から?」

「ああ。我々の仲間と言ったが、どうして、我々の中に俺が含まれていない。俺はイセカイテックで名誉ある発明をし、自分の身体を使って実験を成功させた勇者だろう」


 神宮寺は目を丸くして、クスクスと笑う。


「ああ、失礼、そうだな。君の認識ではそうなってるのだろうな」


 神宮寺は思う。


(伊介天成、君は実験後、実験装置の一部が虚無の海に消え、君自身死んだことにされている事実を知らないんだな。だから、まだ我々=イセカイテックとでも思っているのだろう)


 アーカムは思う。


(なんで我々なんて言い方をする。イセカイテックに対して俺が恨みを抱いているのを知っているから? やつらには俺はまだイセカイテック社の人間に見えているはずだ。なのに、”我々”のなかにイセカイテック社員の俺が入っていない理由……つまるところ、こいつの言う我々とは、イセカイテック社ではないということだ)


 アーカムは静かな表情の裏で、つぶさに思考を働かせていた。


「我々の仲間になれば、すべてを答えよう」

「本当に答えてくれるのか」

「もちろんだとも」


「では、質問だ」

「ああ」

「ひとつ目、君はこれまでに異世界にて超能力者に出会ったか」

「Yes。出会った」

「本当か? 誰だ?」

「それは、3つの質問か?」

「?」

「違うのか。ならば、答えない」

「……なに?」

「……」

「伊介天成、君は偉大な先駆者だ。だから、敬意を示したい。だが、君がそんな態度を取るようでは協力しようにも、協力できない」


 アーカムはひとつ息を吐き、神宮寺をまっすぐに見据える。


「舐めているのか」

「……」

「俺がどれだけの時間をこの世界で過ごしたと思ってる。昨日今日、こちらへやってきた程度の青二才が、どうして俺に対してそれほど高圧的に出られるんだ。勘違いをするな。俺はお前に助力をこうてるんじゃない」

「なるほど……そうか。わかった。ならば。3つの質問ふたつ目として聞こう。その超能力者はだれだね」

「緒方京介」

「『New Horizon号』の船長か。超能力者だったとはな」


 神宮寺はアーカムから視線を外し、その背後をチラッと一瞬だけ見やる。


「いいだろう。信じる。3つ目の質問だ。あそこにいる梅色の髪をした女。あれはお前の知り合いか?」

「……」


 アーカムは背後を見やる。

 すやすやとカウンターで眠るアンナ。

 その頭に銃が突きつけられている。

 酒場の誰もその様子に対して声をあげる者はいない。

 皆、黙ったまま、じーっとアーカムのことを見て来ている。

 古臭いレコードの、飛び飛びの音楽だけが店内に響く。


 なんで寝ているのか。

 なんでバレたのか。

 気になることはたくさんあったが、すくなくとも先手を取られてしまったことは、明らかであった。

 

 アーカムは表情の余裕を崩さない。

 むしろ開き直った。


「俺の知り合いだ。これで満足か?」

「ああ。君は油断できない男だとわかった」


 アンナの頭に銃を突きつける男は、セーフティを外す。

 銃はイセカイテック社製50口径ハンドガンIT5だ。


「私が満足いくまで質問をさせてもらおう。こちらを向きたまへ、伊介天成」

 

 神宮寺は威圧的な声でアーカムに命令した。

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