第五章 都市国家の聖獣

俺は童貞じゃない。

 

 ルールー家をあとにしたアーカムたちは、アンナのクエスト報告をしにギルドへやってきていた。


「おめでとうございます! C級冒険者昇格ですよ!」


 アーカムの下水道での頑張り、アンナが野山を駆け回って長期間かかるはぅだったクエストを数日で仕上げた功績、それらに加え、町で力を持つルールー司祭家のさりげない後押しもあり、2人はごく短期間でC級冒険者へと昇格した。


 受付嬢にE級のメダルを返納して、かわりにC級メダルを受け取った。メダルは鋼が混ぜられた銀で作られているようで、高級感があった。

 

 アーカムはギルドをでて、馬たちを見張っていたアンナへC級メダルを渡してあげる。


「見てください、アンナ。C級メダルですよ。カッコいいでしょう」

「S級じゃない」

「無茶言わないでください」

「むう」

「なんですかその顔は。僕にそんな顔してもダメです」


 不満げなアンナは頬を膨らませるが、アーカムはつーんして無視をつらぬいた。

 アンナは実力を認められないことにいたくご不満なのである。


 アーカムとアンナは馬にまたがり旅立つ。

 あっという間に聖神国最西端ルールーの町がちいさくなっていく。

 やがて、丘陵地帯に向こう側に町は沈んでいき見えなくなった。

 

 アーカムたちの旅は順調そのものだった。


 たびたびモンスターに遭遇しはしたが、2人にとって脅威となるほどの存在は現れなかった。

 どちらかといえば、町に入ってからの方が緊張だった。


 アーカムは宣教師に正体がバレている。

 もしかしたら宣教師たちが迷子の狩人を捕まえにくるかもしれない。そんな懸念があった。

 教会に所属する皆が、アーカムが出会った神父たちのように温和で、使命にひたむきで、同じ方向を見据えているとは限らない。


 ちいさな町や村を渡り歩き、ルールーから10日の旅を経て、第三聖都フィギラに到着した。

 消耗した物品を買い集めて、数日休憩したら、すぐに次の目的地へ出発する。


 本来なら聖神国の踏破に1年はかかると考えられていた。

 お金を稼ぎながら、徒歩で移動すると思っていたからだ。

 だが、ルールー家の嬉しい報酬のおかげで、予定はずっとスムーズに進んだ。


 ある夜のこと。

 ちいさな町の宿で、アーカムとアンナは葡萄酒に手をつけてみることにした。


「アーカム、それ美味しい?」

「渋みがありますけど。味わい深いです」


 アーカムが最初に飲み「ほー」と感想をもらすと、アンナは無言で手をだして、ボトルを要求してきた。


「まずい」


 一口飲んで、ぼそっとそんなことを言うアンナ。


「アーカム、嘘ついたの?」

「いやいや……まあ、子供にはすこし早かったかもしれないですね」

「その言葉、そっくりそのまま返すよ」


 アンナは得意げに笑みを深めると、アーカムに背後から抱き着いた。

 発育たくましい豊穣なる双丘が卑猥に歪む。

 童貞ではとても耐えられない攻撃力だ。

 しかし、アーカムは──

 

「はいはい」

「っ」


 自分の首に後ろから回される手を、優しくほどいて「そういうのはふざけてやっちゃだめですよ」とアンナをさとした。

 アンナは途端に自分がやったことが恥ずかしくなった。

 色仕掛けしたら説教されたのだ。

 静かな激情型は、黙したまま、頬を赤く染め「寝る」とベッドへ飛び込んでしまった。


(アーカム、やっぱり、性欲が完全にないんだ。昔は動揺してたような気がするけど……気のせいだったのかな。でもいいことだよね。性欲がないということは、アーカムが色仕掛けに落ちて、ほかの女に篭絡されることはないんだから)


 アンナは恥ずかしいやら、嬉しいやら、高揚した気分のせいでしばらく寝むれなかった。


 

 ────



 ──アーカムの視点

 

 とんでもなくえっちなことをしよるッ!

 危うく好きになっちゃうところだった。というかその先までいっちゃうところだった。

 アンナさんは大きいから基礎攻撃力は目を見張る領域にある。


 しかし、俺はもう童貞じゃない。

 精神的にも童貞を卒業した。

 悪いがアンナ、この俺が全能力を動員し、舌を噛み切る勢いで耐えれば、乳圧ごときで慌てふためくことはないんだよ。


 翌朝。

 隣のベッドでアンナさんが胸元をはだけさせていらっしゃいました。

 そこらへんの童貞ならきっと大喜びで見るんだろう。しかし、俺は見なかった。何故なら、童貞じゃないから。


『アーカム、嘘は好きじゃない』


 超直感くん!? もう普通に喋るのな……。


 ……まあ、多少はね? 多少は見したよ。でも1秒だけです。本当です。……5秒くらいだったかも。え? 10秒? それはない! ははは。困りますね。まったく。谷間くらいでそんなテンションあがってるなんて。童貞じゃあるまいしね(※2分間に渡りいつ起きるかビビりなから、75回のチラ見)



 ──20日後


 

「あそこが第六聖都フクスムリです」

「ようやくだよ。長かったね」

「お疲れ様です、アンナ」

「ん。アーカムもね」


 ルールーから実に40日。

 まる一ヵ月ひたすらに移動し続けて、アーカムとアンナはドリムナメア聖神国を横断した。

 いよいよ一行は、聖神の大地の最東端の都市へやってきた。

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