世紀の発見では


 ──数時間前

 

 真夜中の闇のなか、灰色の分厚いコートに身を包んだ大男がいた。

 身長2mの上背だ。デカいだけで恐いが、丸メガネをかけ、常に穏やかに微笑んでいるせいか、すっかり柔らかい表情が染みついており、柔和な印象を見る者に与えてくる。

 彼の名はマーライアス・アルハンブラ。トニス教会の神父である。

 彼は草木に身を隠し、ただ静かにまぶたを閉じていた。

 

 差し込む月光で、懐中時計の盤面をはかり、もうじき夜が明けることを認める。


 彼は件の儀式が終わるのを待っている。

 その時は来た。

 ルールー司祭家の儀式が執り行われている屋敷が、解放されたのだ。外目にはわからない。だが、アルハンブラには深い神秘への造詣ぞうけいがある。

 儀式が完了したのはすぐにわかった。


 屋敷の玄関を開けて入る。

 予想通りの人物が、エントランスで待っていた。


「ビショップ神父、ですね」

「来ると思っていました、宣教師さま」

「そうですか。では、話がはやいですね。悪魔を祓いに参上しました。案内願えますか、ビショップ・クロスニア神父」

「もう神父ではありません。ただ、ビショップとお呼びください」


 ビショップはアルハンブラを案内して、激闘のあった6階へ。

 屋敷の異空間化は解除されており、階段はおかしな配置になっていないし、廊下もぐねぐねと非実用的に入り組んでもいない。


 2人の宣教師は黙したまま、足早に6階へやってきた。


 

 ────



 ──アーカムの視点


 死ぬかと思った。まる。

 お腹痛い(致命的な外傷)です。まる。


「エレントバッハさん、大丈夫ですか」

「傷口は焼きました、応急処置は済んでます。……アルドレア様のほうこそ」

「腹筋は鍛えてるので……」

「そういう問題でしょうか」


 まあ、とりあえずお互いに無事でよかったよ。本当に。


 悪魔を光で焼いたあと、空間隙間からヌッと、エレントバッハと人狼の『貴族ノーブル』フローレンス・ルールー・へヴラモスが排出されてきた。

 悪魔は異空間に彼女たちをしまいっていただけらしい。

 虚空に引きこむ能力だろう。触っただけで発動するのだから、おそろしい秘術だ。

 

「ぅ、殺さないで……、フローレンスは、もう、戦えないん……です……お願いします、お願いします」


 青年に戻った人狼──本名をヨセフというらしい──は昏睡状態のフローレンスを抱きしめ、俺たちへ懇願してきた。そんなこと言われても……ね。


「残念ですが、この屋敷は『聖刻』がただひとりの聖人のもとに集結し、完成するまで誰も外へは出してくれません」

「そんな、フローレンスは、フローレンスは、悪魔にかどわかされただけなんです……知ってるでしょう、闇の魔力がそんな簡単に芽吹く事などないと……」


 ヨセフいわく、悪魔は何代も前からルールー家の儀式に手を入れて、なにかをやっていたのだと言う。勝者を必ず男にするため、継承権を持つ物たちに意図的に手札を配り、それにより、流れを操って来た。


「なんで男なんですか」

「わからない、そんなこと、僕に訊かれても、知らない……です」

「アルドレア様……私にはわかるかもしれません」

「聞きましょう」

「はい。私たち兄妹は、実は全員、違う母親から産まれてるんです。さらに言えば、お父様の代でも、継承権を持つ参加者は、皆、別の母から産まれたと言われています。昔は不思議に思っていたのですが……」


 、ということだろうか。もちろん、ただの勘だが。

 当主が男で、複数の女性に子供を産ませたのなら、次の儀式の参加者は最短でそろう……とかね。


 ただ、悪魔が何をしようとしていたのかは謎です。


「お願いだよ、フローレンスを、殺さないで……」


 ヨセフは嘘を言っているように思えない。

 闇の魔力は卓越した才能ある魔術師ほど芽生えやすいとは聞く。フローレンスは魔術を学んで数ヶ月だ。現実的に考えて、闇の魔力のほうから彼女に声をかけるには早過ぎる。

 悪魔が拐かしたというのも事実だ。

 彼女も被害者かもしれない。


 だとしても、だとしても、だ。


「勝者は依然としてひとりだけです。僕は、僕の依頼主を勝たせたい。そのためにこの場にいる」

「そんな……それじゃあ、フローレンスは……」


 昏睡状態の少女を見やる。

 おでこと胸に黒いかさぶたみたいな物がある。

 闇のチカラが致命傷を塞いでいるのだろう。

 呼吸はしてるし、脈もある。


「このまま『聖刻』を引き剥がします」


 エレントバッハはフローレンスのかたわらで膝を折り、取れた自分の右腕から『聖刻』を魔術で剥がし、無事な左腕へと移植していく。


「そういえば、なんで『聖刻』を奪われると、継承権を持つ者は亡くなってしまうんですか」


 俺はたずねる。


「『聖刻』は魂と結びついているので、それを引き剥がす行為は、肉体が抜け殻になることを意味するのですよ」

「あらかじめ剥がして置くこととか出来ないんですか」


 見ていると、ヨセフという青年が可哀想に思えて来たので、無駄と思いながらも、何か手段がないかを模索してみることにした。

 いや、模索なんて曖昧なものではない。

 なんとなく、それはもう、勘としか言いようがないのだが、フローレンスを救うことがな気がしたのだ。



 ────



 エレントバッハは自分の腕から『聖刻』を剥がしつつ、アーカムへ話しかける。


「そういえば、アルドレア様はいかにして教会魔術を? さっきはサラッと使えたとおっしゃってましたけど」

「ああ。見えるんですよ、この眼のおかげです」


 アーカムはガラス玉のように硬い瞳をつつく。


「綺麗な瞳だとは思ってましたが……す、少しだけ触ってみても……」

「構いません」

「わあ、ひんやりしてますね。痛くないんですか」

「触感はないですね。厳密に言えば触られてる感覚はありますけど、かなり鈍いです。だから、ドライアイにも強いですよ。涙で潤っているわけではないですから」

「本当に不思議な魔眼ですね……能力は一体、差し支えなければ、聞かせていただけますか?」

「構いません」


 アーカムはエレントバッハの瞳をまっすぐに見つめる。

 エレントバッハはすこし気恥ずかしくなり、咳ばらいをする。

 だが、すぐに浮ついた気持ちは吹き飛んだ。

 アーカムの夜空の瞳が、まるで望遠レンズが光を調整するするように、ぐわっと開いたのだ。それも一枚や二枚の光彩ではない。寄せては引く波様に、星空という暗い海を内包した瞳は、数百枚からなる光彩を連動させて、流動的に動いていた。


 エレントバッハは思わず息を呑んだ。

 美しさに。荘厳さに。神秘と無限の夜空への畏怖畏敬に。


「この眼で注視すると、どんどん拡大されて、物事の微細までも把握できます。魔力の流れも見えるので、エレントバッハさんが何回か《アークライト》を使ったのと『聖刻』のなかに蓄積されていた魔力の模様から、だいたいの魔術式は知れました」


(魔術式を知ったところでって感じですけど……無詠唱魔術を使えるアルドレア様だからこそと言った感じですね……本当にとんでもない人です、アルドレア様は……)


 エレントバッハの腕から『聖刻』を剥がす作業が終わった。

 次はフローレンスの番だ。


「ヨセフさん、最後までお姉様の手を握ってあげてください」

「ぅぅ、嫌だ……なんでこんなことに……」


 ヨセフの腕のなかのフローレンスから『聖刻』を剥がそうとする。


「待ってください。その作業、僕にやらせてくれますか」

「アルドレア様が?」


 アーカムはエレントバッハに代わり、フローレンスから『聖刻』を取り除き、それをエレントバッハへ移植する。

 本来は教会魔術の心得が必要であるが、これまでやり方を見ていたアーカムにとっては難しいことではなかった。


 施術が終わると、エレントバッハは驚きの声を漏らした。


「フローレンスお姉様、まだ呼吸をしてます、脈も……生きています」

「よかったです」

「フローレンス? フローレンスは死なずに済むの?」


 アーカムはヨセフの肩をポンポンっと叩き、優しく微笑んだ。

 ヨセフは込み上げる涙をのみ、愛しい彼女を強く抱きしめた。


「アルドレア様、いったいどうやって……」

「『聖刻』を引き剥がす過程で、魂を傷つけてしまうというなら、それを切ってあげようと思いました。上手くいきましたよ」

「???」

「この眼があれば、魂を魔力の塊として視認できましたから、丁寧に『聖刻』と魂の縫い目をほぐしたんです」

「そんなことが……」


 エレントバッハは震えあがる。

 感動だった。それほどの施術が、神業が、さっき初めて教会魔術を使ったばかりの素人にできるなんて。否、素人など畏れ多い。おそらくトニス教会に在籍するどんな聖職者よりも、精密な魔力操作において、上回っているのだろう。

 エレントバッハはそう確信してしまった。


 天才アーカム・アルドレアはここに才能を証明したのだ。


(魂へ干渉するなんて……アルドレア様の才能、そして、魔眼……あなたは本当に最後まで驚かせてくれるお方です)


「この技術があれば、聖神国の司祭家は、兄妹たちで命を奪いあわずとも良いということになります」

「僕が聖神国に長居することはありませんが、この理論と実証は役に立つでしょう。すべてはエレントバッハさん次第ですが」

「はい、アルドレア様の奇跡を、奇跡で終わらせるつもりはありません」

 

 エレントバッハは力強く拳を握りしめた。


 と、そこへ、足音が近づいてきた。

 荒れ果てた廊下の怪我人たちのもとへ、宣教師がやってきたのだ。


「おや。これはこれは……」


 宣教師アルハンブラは、屍を晒す悪魔を発見して、目を丸くした。

 

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