継承戦、煮詰まって参りました


 オマクレール・ルールー・へヴラモスは自室のセーフハウスで作戦を練っていた。

 ルールー家長男の彼は、幸運にもドラゴンクラン大魔術学院を卒業した、超がつくほど優秀な魔術師を『守護者ガーディアン』に添えることに成功していた。


 『守護者ガーディアン』の名はミズリ。

 青い髪に丸メガネをかけた女性魔術師だ。

 属性式魔術は水を三式まで修めている。


 継承戦の40日も前から、オマクレールと彼女は緻密に準備を進めて来た。

 それぞれのセーフハウスの位置、『貴族ノーブル』と雇った『守護者ガーディアン』の能力などを調べて来た。


「まず狩るべきは間違いなくエレンだ。あいつは魔術もたいしたことねえし、剣も振れない。おまけの雇ったのは冒険者だ。見ただろ、あのぼろ雑巾みたいな剣士を」

「どうでしょうか。ミズリにはあの少年が油断ならない、そう思えるのですが」

「無用な心配だ。とはいえ、エレンから『聖刻』を引き剥がすのは誰でも考える最初の一手だ。一か所に集中して混戦に巻き込まれるのは悪手だよなぁ?」


 オマクレールはあえてエレンを後回しにする。

 というより、元から、積極的に狩りをするつもりはなかった。


「ミズリ、周辺のセッティングはバッチリか?」

「はい。セーフハウスの階層は魔術の罠で埋め尽くされています。踏みこめば最後、敵は勝手に自滅するでしょう」

 

(こっちは魔術師ペアなんだ。クレバーに戦わせてもらうぜ)


 セーフハウスで茶菓子やティーを味わいつつ、優雅に待っていると、接近する『貴族ノーブル』と『守護者ガーディアン』の気配を捕らえた。


 オマクレールは優れた教会魔法の使い手だ。

 属性式魔術は苦手ゆえ、一式の魔術さえ習得していないが、トニス教会の神秘に関して言えば、兄妹のなかでもっとも優れた才能をもっている。

 教会の魔法は光を操り、聖なるチカラでもってさまざまな応用を使える汎用性にすぐれた神秘である。攻撃はもちろん、索敵、回復、連絡、さまざまな術がある。


「来たぞ、来たぞ。この気配は……ほう? まさか、エレンが生きているとはな……」


 この時点で違和感はあった。

 継承戦の開始からすで5時間ばかりが経過していた。

 まっさきにエレントバッハは死んでいなくてはおかしい。


「まあいい。どのみちここでゲームオーバーだ」


 オマクレールは不敵に微笑んだ。


 

 ────


 

 エリザベスと黒の剣士を倒したエレントバッハ&アーカムは、その足で継承戦を取り仕切るルールー家執事ビショップのいる食堂へ戻ってきていた。


「どうやらエリザベス様は不適切な行動をとられたようですな」

「ビショップ、新しいセーフハウスを用意していただけますか」

「かしこまりました、エレントバッハお嬢様」


 ビショップは新しいルームキーをエレントバッハへ手渡した。


「継承戦は激しさを増すことでしょう。ここで一時の安らぎを得て、戦いへお戻りください」


 ビショップは二人に茶菓子とティーを振舞った。


「ビショップ、現時点で『聖刻』を失った『貴族ノーブル』は?」

「エリザベスお嬢様と、ミカエラお嬢様でございます」

「そう。ありがとう。想像よりずっと展開が速いですね」

「皆さま、自信がおありなのでしょう」


 エレントバッハはティーに視線を落とし、残る戦力を考える。


 ふと、ビショップがアーカムへ声をかけた。

 

「アルドレア様」

「はい」

「期限ぎりぎりでの『守護者ガーディアン』登用でしたので、ご指摘する間もなかったのですが……」

「?」

「その服装は継承戦には、いささかふさわしくないものと思われます」

「……。なるほど」

「よろしければこちらでドレスコードを整えたフォーマルな礼服をご用意しますが」

「ぜひ、よろしくお願いします」


 ビショップは朗らかに微笑み「こちらへどうぞ」と言って、アーカムを連れて廊下を挟んで隣の部屋へ。

 使用人用のパリッとしたフォーマルスーツの並ぶ部屋へ通された。

 

 サイズを合わせて、取り立てて装飾のないシンプルなスーツに着替える。

 ただ、さすがは司祭家の使用人だけあって、仕立ての良い、高級な服だった。


「アルドレア様、とてもよくお似合いです」

「ありがとうございます」


 エレントバッハはアーカムが戻ってくると、思わず息を飲んだ。

 さっきまで、良くて働き者の農民、悪くてぼろ雑巾だった。

 なのに、こんなにフォーマルな衣装が似合うなんて、と感心していた。


 アーカムは貴族家の出身だ。

 10歳までは実家でいつも身なりには気を付けていた。

 フォーマルな服を着こなせる天性のセンスは幼少期に磨かれたものだ。


「見違えましたね、アルドレア様」

「どうも」


 短く答えるアーカム。

 やたら顔がいいので、口数が少ないと、思慮深い知的で、聡明なイケメンになってしまう。さらに服のおかげで、クールな印象も強まった。


 これで名実ともに『守護者ガーディアン』としてふさわしくなったと言えるだろう。

 

 エレントバッハ&アーカムは食堂をあとにし、継承戦へ戻った。

 食堂を一歩出たくらいなら継承戦のルールにより、襲われることはない。

 とはいえ、安全圏から離れてしまったという事実はなくならない。


「(ごくり……)」

「大丈夫です。僕があなたを守ります」

「アルドレア様……はい、引き続きよろしくお願いします」


 2人は食堂でのティータイム中に練った作戦に従って、オマクレールのもとへと向かうことにした。


「オマクレールお兄さまは竜の学院の魔術師を『守護者ガーディアン』として登用しています。アルドレア様ほどの偉大な魔術師ならば魔術戦で引けを取ることはないでしょう」


 残る『貴族ノーブル』と『守護者ガーディアン

 ──────────────────────────


 『貴族ノーブル

 四女 エレントバッハ・ルールー・へヴラモス

 『守護者ガーディアン

 狩人アーカム・アルドレア


 『貴族ノーブル

 長男 オマクレール・ルールー・へヴラモス

 『守護者ガーディアン

 竜の学院の魔術師


 『貴族ノーブル

 次男 チャップリン・ルールー・へヴラモス

 『守護者ガーディアン

 殺し屋


 『貴族ノーブル

 三女 フローレンス・ルールー・へヴラモス

 『守護者ガーディアン

 異質な青年


 ──────────────────────────


「チャップリンお兄さまとフローレンスお兄さまの『守護者ガーディアン』は得体が知れず、能力がわからないので、後回しにしましょう。お互いに潰しあってもらえたのなら、それが最良です」

「……」

「アルドレア様?」

「……ああ、いえ、何でもないです。行きましょう」


 エレントバッハ&アーカムはオマクレールを探しに動き出した。


 階段をいくつかあがり、迷路のような廊下を進む。

 ふと、アーカムはコトルアの杖を抜く。

 膝を折り、赤い絨毯の床を指でなでる。


「魔術の痕跡があります」

「それはどういう……」

「トラップでしょう」

「っ! 待ち伏せですか?」

「……。陣地を張ってるつもりかもしれませんね」


 アーカムは廊下の床やら壁やらを吟味し、腰をあげる。

 そして、杖を軽く振って突風で廊下を洗浄した。

 左右に折れ曲がったりして、複雑に入り組んだ迷路が、緻密にしかけられた罠群から浄化されていく。どんどん、どんどん浄化されていく。

 こうして猛烈な風の奔流によって、フロア一つに仕掛けられていた魔術が軒並み剝がされた。


「属性式魔術です。僕の専門外の”罠”の追加詠唱をされたものですが、誘発させれば問題はないです」


 アーカムは嵐で削られ、ボロボロになった廊下へ踏みだす。

 すべての魔術トラップは解除されている。

 エレントバッハはアーカムの後ろをちょこちょこついていく。


(アルドレア様、さっきからかなり派手に魔術を使われていますが、大丈夫でしょうか……)


 エレントバッハはちょっと心配になっていた。

 風のない屋内で風を生成するのは多大な魔力を使うものなのだ。


「やってくれたな……エレンッ!」


 廊下へ飛び出してくるオマクレール。

 

「俺の魔術領域をめちゃくちゃにしやがって! 完璧な作戦のはずだったのに!」

「オマクレールお兄さま、戦いましょう」

「ああ! いいともさ! お前の情けない『守護者ガーディアン』もろとも、木っ端みじんに粉砕してやろうッ!」


 オマクレールは懐から短杖を抜く。


「主よ、暗黒を焼きたまへ

 主よ、暗黒を照らしたまへ

     ──《アルト・アークライト》ッ!」


 白光が廊下を何十も反射し、不規則な軌道でエレントバッハへ迫る。


「さがっててください」


 アーカムは光の軌道を眼で追いかけ《ウィンダ》で叩き、抵抗レジストを成功させる。


「っ! 悪魔祓いの光が見えてるのか??! というか、あいつ魔術師だったのかよ……!」

「おさがりください、オマクレール様!」


守護者ガーディアン』ミズリは予感が当たったことに焦燥感を覚え、とっさに前へ飛びだした。


(大丈夫、あの『守護者ガーディアン』とは距離がある! それにいま風属性式魔術でレジストしたばかり! 術式の再装填には時間がかかるはず! ここは三式魔術を使って、いったん仕切りなおす!)

 

「水の女神よ、清涼なる神秘を与えたまへ

  境界に潜みし者よ、深き秘密の──」


 竜の学院で嫌と言うほど練習させられた高速詠唱。

 しかし、どんなに速く読みあげようと、無詠唱より速いことはありえない。

 風の弾丸が、最速の二撃目が、間髪入れず、容赦なく飛んでくる。


「ッ! 馬鹿な、速す──」


 アーカムの《ウィンダ》がミズリの顔面をはじいて、大きく吹きとばした。

 あまりにも速い。あまりにも強い。

 遥か高いレベルから降りてきた狩人を前にして、並みの魔術師ができることなどなにもない。


 ミズリは「こんなの……聞いてない、です、よ……」と悪態をつきながら、頭から血を流し、意識を失っていった。


 エレントバッハは容赦なく、オマクレールに引導を渡し、そして『聖刻』を引き継いだ。



 ─────


 

 エレントバッハさんと一緒に食堂へ来ました。


「アルドレア様」

「はい」


 おや、俺になにかお話ですかな、ビショップ殿。


「期限ぎりぎりでの『守護者ガーディアン』登用でしたので、ご指摘する間もなかったのですが……」

「?」

「その服装は継承戦にはいささかふさわしくないものと思われます」

「……。なるほど」


 いや、知ってました。

 誰よりも気にしてましたよ、ええ。


 食堂に別れをつげて、オマクレール探しに乗りだします。


「チャップリンお兄さまとフローレンスお兄さまの『守護者ガーディアン』は得体が知れないので、後回しにしましょう。お互いに潰しあってもらえたのなら、それが最良です」


 あれ? 食堂にいた大男は?

 あいつは相当に猛者だと思ったけど……もう脱落しちゃったのか?

 気になるな……大男を倒したペアがどこのチームなのか……。


「アルドレア様?」

「……ああ、いえ、何でもないです。行きましょう」


 オマクレールいそうな場所に着きましたよっと。

 おんやおんや、罠が仕掛けられてますねぇ~。

 これは追加詠唱のセッティングかな? 俺がまだ学べてない応用編の属性式魔術ですねぇ~。俺も魔法学校に進学してれば、今頃、いろいろな魔術を学んでるはずだったんですがねぇ……。


 んまあ、でも全部壊せばなんとかなるっしょ。

 《イルト・ウィンダ》で廊下を洗浄しますよっと。

 お、オマクレール氏登場、かっこいい光を出してきますが、そんな速くないです。

 

 あの魔術師の『守護者ガーディアン』は三式魔術を詠唱しようとしてるのかな?

 流石にちんたら詠唱してる暇はあげませんよ?


 そんなアナタに、はい《ウィンダ》っと。

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