最高の才能には最高の師匠を


 新暦3057年 冬一月


「アーク」

「なんですか母様」

「もっと剣術を上達させたい?」

「もちろんです」


 すべては修練中のそんな会話からはじまった。

 エーラとアリスと俺、3人そろってエヴァに剣を習いはじめてしばらく経った日のことだった。


「エーラもエーラも! エーラもお兄ちゃんみたいに強くなるっ!」

「そうエーラちゃんは向上心があって偉いわね~」

「えへへ!」


 5歳になったエーラはおしゃべりが大好きな女の子になった。

 

「アリスちゃんも剣上達したいわよね~?」

「いいえ」

「ありゃ。反抗期かしら」


 アリスは肩にかかった銀の長髪をバサッとはらって、澄ました顔をする。

 なんて可愛いんでしょうか。

 将来はクール美少女待ったなしですよこりゅあ。

 それでイケメンを引っかけてきてお付き合いのお許しを俺にもらいにくるんだろうなぁ。なにそれお兄ちゃん許しませんよ?


「アリスは深淵に興味があります。なので剣より魔導書の方が好きです」

「うう、そんなあ、アリスちゃんがママのこといじめる~!」


 エヴァが俺に泣きついてくる。

 豊かな胸がへにゃんと潰れて実に卑猥ひわいだ。

 アリスは自分の母親の様子を見て、おろおろしはじめた。


「お、お母さま、そ、そんなつもりではなかったのです……」

「あー! アリスがお母さん泣かせたーっ! いけないんだー! お父さんに言っちゃおーっと!」


 わんぱくにエーラが屋敷のなかへ走っていく。

 アリスは薄水の瞳に殺し屋みたいな冷たい光を宿して「殺されたいようですね、お姉さま」と俊足で追いかけていった。


「本当に殺さないか心配なくらいの迫力でしたね」

「ふふ、あの子たちが仲良くなってくれて本当によかったわね」

「今のがそう見えます?」

「もちろんよ。ちっちゃな狼がじゃれあってるみたいで本当に可愛いわ」

「では、母様はおおきな狼ということになりますね」

「ふふ、そんなこと言ってると食べちゃうわよ~」


 うりゅうりゅっと頬をこすりつけてくる我が母。

 ママが可愛いってそれつまり最強では?

 

「ところで、アーク、さっきの話だけど」

「剣術上達うんぬんですか?」

「そうよ。アークは私が出会ったどんな剣士よりもセンスがいいわ。だから、きっと私もすぐに追い越しちゃうと思うのよ」

「いまのペースで成長出来たらの話ですけどね。物事はそんな単純にはいかないように出来てます」

「10歳の息子に世の道理を説かれるなんて……まあそれは置いといて」


 エヴァは話題を横にひょいっと移動させる。

 

「私はアークの師匠にふさわしい人を知ってるわ。だから、もし望むならその人を紹介したいと思うの」

「聞くからに凄そうな人ですね」

「凄いなんてものじゃないわよ。狩人流剣術五段なんだもの」

「それはすごいですか?」


 いまいち五段の凄味がわからない。


「たぶん世界で5人もいないかもしれないわね」


 それはずごい通り越してヤバいでは?

 

「私もその人から剣を習ったのよ。私の生家がキンドロ領の領主貴族なのは知ってるでしょ? むかし、その大先生がうちの兄たちの剣術指南役として雇われてたのよ。その時についでに私もならったの」


 キンドロ領とは、クルクマ含めたいくつか村や町をたばねる辺境領主キンドロ卿のおさめる領地だ。

 エヴァはアディと結婚するために、そのキンドロ卿と大喧嘩をして家を出た。

 最初は「もう貴様など娘ではないっ!」とブチ切れていたキンドロ卿だったらしいが、やはり娘のエヴァが可愛くて仕方がなかったらしく、騎士貴族と言う形で自分の領地内に住まわせてあげることにした。

 

 これが俺が生まれる4年前の話らしい。


「まあでも、兄さんたちより、私が一番剣術の才能があったんだけど」

「流石は母様です」

「ふふん、ありがとねアーク」

「それでその大先生とは連絡がとれるのですか?」

「ええ。いまは隣町のバンザイデスで騎士団の剣術指南役をやってるそうよ」


 バンザイデスか。

 エイダム上級騎士がかつて騎士団長を務めていた騎士団がある場所だ。

 3年前の嫌な記憶が蘇る。


「大丈夫アーク?」

「平気ですよ、母様」

「まあ、それほど焦ることはないからね。アークには大学の事もあるんだから。よく考えて決めなさい」


 剣と魔法。

 四式魔術以降は権益の関係上、魔導書の出版がされておらず、魔法学校にいかないと勉強できない。

 狩人流剣術もしかり。すごい通り越してヤバい師匠のもとに指導を仰がなければ、四段より上の超高等な剣術は手にはいらない。

 

 俺は数日悩み、自分の将来設計をタイプライターで作成し、ついに結論をだした。

 剣を学ぼう。

 レトレシア魔法魔術大学に行こうと思っていたのは、俺には魔法しか戦う力がないと思っていたからだ。

 ただ、何の因果か俺には剣の才能があり、ついでに超能力の再覚醒も果たした。

 戦う力だ。守る力だ。

 この力を伸ばさない手はない。


 幸い、魔法学校の方は何歳でも入学できるとのこと。

 なので、俺は先に剣を学ぶことにした。剣の先生は指南役として、各地を転々としているらしく、いつまでもバンザイデスにいてくれるかわからないからな。


「それじゃあ、せっかくなのでその先生のもとに行ってみます」

「わかったわ。アークはしっかりしてるから、きっとすぐに気に入られるわよ」


 バンザイデスまでは馬で4日の距離だ。

 結構長い。簡単に戻れる距離ではない。

 

 だが、いかねばなるまい。

 俺には強くならなくてはいけない理由がある。


 一月後。

 俺はバンザイデスへ向けてクルクマを発った。

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