能力の自覚



 まどろみから浮上する感覚は、湯船のなかと似ている。

 自分の輪郭があやふやになり、夢が現実かわからない境界線上をたゆたう。

 

「おはようございます、アーカム」


 よく通る清廉な声で目を覚ます。

 目の前にゲンゼが立っていた。

 身なりがしっかり整っている。一分の隙も無い姿。

 艶やかな黒髪と、モフモフのお耳、尻尾の毛並みも上々だ。


 いつもの完璧なゲンゼがそこにいた。

 

「あぁ……おはよう、ございます、ゲンゼ。朝、はやいんですね」

「毎朝8時、必ず同じ時間に起きるようにしているんです。アーカムはお寝坊さんですね」

「そうでもないでしゅよ、ですよ。ゲンゼがはやいんです」


 基本的に朝8時というのは真っ暗だ。


「アーカムについてひとつ詳しくなってしまいました」

「ちょうど、同じこと思ってたところですよ」

「え」

「それじゃあ、せっかく早起きしたので、魔術の練習でもしますか」


 俺はソファから身を起こす。

 ゲンゼが俺の身を守るために滞在しているあいだは、俺はベッドを彼女に明け渡すことにしたのだ。

 彼女は遠慮したが、俺が無理やりこうした。

 女の子をソファで寝かすわけにはいかない。

 かといっていっしょに寝るのは、ビンテージ童貞には厳しいがすぎる。


 これが最善なのだ。


 あ、でも、普段俺が使ってるベッドに美少女が寝たのか?

 やばい。枕臭いとか思われてないかな?

 というか、髪の毛とか落ちてたんじゃないか?

 白いシーツがちょっと黄ばんでたり……してない?

 どうしようどうしよう。

 急に死にたくなってきた。


「どうかしましたか、アーカム?」

「いや、なんでもないです。着替えるのでちょっと部屋をでてくれますか?」

「あっ! ご、ごめんなさい!」


 黒い尻尾がしなだれ、彼女は申し訳なさそうに部屋を出ようとする。

 その際に「庭で待っててください」と声をかけておいた。


 ──10分後


 俺は屋敷の庭に出てくる。

 ゲンゼが待ってくれていた。

 彼女は庭に置いてある黒いバケモノの頭部を見ていた。

 昨日、ジェイクらが討伐の証として回収したものである。


「せっかくモンスターを捕まえたのに残念でしたね」


 ゲンゼは落ち込んだようすだ。


「わたしはアーカムの役に立てているのでしょうか……」

「役に立たせるために一緒にいるわけじゃないですよ。僕たちは友達じゃないですか」

「……そうです、ね。ありがとうございます。そう言ってくれると、すこし気が楽になります」

 

 ゲンゼは相変わらずだ。

 彼女はたびたび役に立つという言葉をつかう。

 彼女はよく贈り物をくれるのだが、その度に「これはアーカムの役に立ちますか?」とたずねてくる。

 俺はいつも「もちろんです。とても助かります」と返す。

 そのせいで、最低のひも男になった気分になることがある。


「あー!! アーカムが起きてる!」


 ふと、騒がしい声が聞こえた。


 ふりかえれば、屋敷からノザリスとオレンジ色の髪の少女が出てきていた。

 昨日、気絶していたフラワーだ。


「ジェイクとノザリんから聞いたよ! あんたすごい魔術師なんだってね! ちっちゃいのにやばいね! あのやばい風魔法もあんたが出したんでしょ!?」

「昨日の≪アルト・ウィンダ≫のことを言っているなら、その通りですよ」

「見せて! 風の二式!」

「いいですよ。≪アルト・ウィンダ≫」


 俺は近くの大木へむけて放った。

 無詠唱だし、杖もつかってないので昨日のような威力はない。

 大木に穴が穿たれ、ゆっくりと倒れた。


「dぶあdsぢjsだdkさだ!!!?」


 フラワーがバグった。


「ぶへえええ!! なにその投げやりな感じは!!? そんな適当でなんで巨木が倒れんの!!? あんたやば、いや、まじ、やば! ホントにやばいって!!! いっちゃんやばいっ!! いや、まじでやばいって……」


 うるせえ。

 ジェイクの言った通り、気絶しているべき人間のようだ。


「いや、なにがやばいって、まじでやばいって!」

「フラワー、落ち着いて。彼は『風の二式魔術師』でありながら、無詠唱魔術の使い手でもある。これくらいはできると考えてしかるべき」

「聞いたことないけど?! 無詠唱魔術? なにそれ造語なの? 造語だよね? ほとんどパリピじゃん!」

「昨日、彼が言ってた」

「ぅぅ、カッコいい、カッコよすぎるよ、その年で、個性の塊みたいな才能開花させちゃってさ、すごいよ! いや、まじすご、本当すごいって、あんた!」


 フラワーは涙ぐんで握手をもとめてくる。

 俺は微笑みながら手を取る。少女らしく柔らかい手だった。


 彼女たちは俺の事をやたらほめそやすが、俺は具体的にどのレベルの魔術師に該当するのだろうか。

 褒められていることからそれなりに尊敬をあつめる程度に優れた魔術師なはずだ。


「僕って魔法魔術大学の学生だと、どれくらいの学年に相当しますかね」

「それって魔術の実力ってこと? ん-、あんたはまじやばいし、ちょーやばいから……ノザリんはどれくらいだと思う?」

「魔法魔術大学卒業生レベル。アーカム・アルドレア、あなたにはそれだけの練度を感じる。無詠唱魔術のことを考えれば、それ以上かしら」

「ええええええええーー!? アーカムってそんなやばいん!!? うわっやば、うっわ、やば、やばやばやばやばやばっ、ちょーやばじゃん!!」


 フラワーを無視してノザリスは続ける。


「多くの人間は三式魔術に手を届かせずに生涯を終える。私は12歳で『水の一式魔術師』だから、それなりに優秀。けれど、せいぜい三式どまりだと思う。魔法魔術大学を卒業したとしても、その点は変わらない」


 魔術の式数は

 一式にはじまり、二式、三式、四式、五式とつづく。

 そして、六式にて究極に達する。


 俺は現在『風の二式魔術師』『火の二式魔術師』『水の二式魔術師』を名乗れる。

 ノザリスいわく、多くの魔術師は俺の段階から先へ進めないようだ。


 となると、俺の魔術の素質は相当なレベルと言える。

 俺には才能があったのだろう。

 虚無の海を越えて、異世界転生してきた身だ。

 いろいろイレギュラーなことが起きているとも考えられるが……。


 嬉しい反面、すこし不安もある。


 才能は結果を生む。

 結果は嫉妬を生む。

 嫉妬は人に動機をあたえる。


 例えば、どこかの緒方主任みたいに。

 妬まれるのは嫌だな。

 これからも謙虚にいこう。


「エフィーリアについて来てよかった。これほどの魔術師と知りあえた」

「そうだね! あたしも今のうちにアーカムに唾つけとこ!」


 フラワーがペロッと俺の頬をなめる。

 おいおい、それってほとんどセックスなのでは?

 父さん、母さん、俺ついに童貞卒業したよ(してない)


「あわわ……っ、あ、アーカム……!」


 ゲンゼが涙目でこちらを見てきていた。

 7歳の女の子には刺激が強すぎたのだろう。


「これでフラワー・マンゴラドラの婚約者ってことだね! アーカムは騎士貴族だし、結婚できるっしょ! うわ、やっば私、大魔術師のお嫁さんになっちゃた!! はっ!? これってもしかしてもう妊娠しちゃったかな!? ノザリぃぃン……っ。どうしよ、やばい、やばい、調子乗ったぁー! あああ!」

「ちょっと静かにフラワー」


 フラワーがぐいっと押しやられる。


「彼はオーカストラン家の養子になる」


 ノザリスは当然のごとく言う。

 ちょっと胸を張って自身ありげだ。


「お戯れはよしてください」


 2人とも貴族家の娘という話だった。

 大きな力を自覚した今なら、彼女たちが俺を欲しがるのもわかる。

 

「あわわわ……っ、アーカム、行っちゃうんですか……?」

「行きませんよ。どこにも」


 俺は微笑み、ゲンゼの手を握ろうとし……やっぱりやめる。


 俺の人生はまだまだ続く。

 どの方向へ舵を切るかを決めるには、7歳と言う年齢は、いささか早計にすぎるだろう。

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