第66話 忘れたくない年を締める会

今年も残すところあと3日となった。今日は年内最後の授業日だ。

公立高校は残念だったが、ライフスタイルが激変した中で勉強と遊びと運動と、全てにおいて手を抜かず頑張った1年だった。

高校生になってからの思い出は、3月まで受験生でいたことなんて忘れるくらいに濃密なものだった。

それもこれも、この生活の全てを楽しいものにしてくれた友人達がいたから頑張れたと思う。


HRが終わって帰ろうとする私たちを担任が呼び止めた。隣のクラスの2人も呼び止められたようで、結果的にいつもの5人が集められた。また誰かがリボンを落としたのかと思って首元を見るが、全員きちんと着いていた。

担任が切り出した話は思った以上に真面目なものだった。

来年度からさらに上のクラスに入らないかという誘いだった。私たちは全員が成績優秀者になっており、5人みんなで上に行けばよりハイレベルになれるのではないかという話だった。

もし私たちが上に行くことを志願するのなら、学期末にある編成テストの後に昇級の判定を受けることになる。

すぐに返事はいらないと言われたが、私たちの意見はひとつだった。ありがたい話であったがその場で断った。

上のレベルに行くということは今以上の勉強が必要になり、同時にスケジュールにも余裕がなくなってくる。私たちはそれを望まなかった。

みんなで程よく勉強して、程よく遊ぶ生活。それが両立できるのは今のクラスにいるからだと思っている。来年も再来年も、今みたいな高校生活を送りたい。そう思っている私たちが望むのは、今のクラスに残ることなのだ。

担任は渋い顔をしていたが、私たちの意志を尊重してくれた。


そんな足止めもあったが、5人で急いで遊びに出かけた。まずはいつも通りにランチへ行き、いつも通り繁華街で遊んで、短い時間ながらカラオケにも行った。今日で授業が最後だと思うだけでより一層楽しむことができた。

カラオケの前には、さらに上のクラスに行く話を断ってよかったのかという話にもなったが、やはり私たちは来年度もみんなで全てを充実させた生活をしたいという意見は変わらなかった。そう思っている私たちが上に行っても、勉強に偏った日常には耐えられないはずだ。

それよりも、誰一人クラス降格の対象にならなさそうな現状が嬉しかった。

来年も、来年度もよろしくねと元気に誓い合った。


この後は私の家に集まって鍋パーティをしてそのままお泊まりだ。カラオケから出ると、近くにある何件かの飲み屋さんが全て忘年会の客で埋まっているのが見えた。

私たちが今からやることもこういった忘年会に近いものだと言える。でも、忘れたい記憶より忘れたくない記憶の方が圧倒的に多い。

絶好の鍋日和と言えるほど寒く真っ暗な空の下を、ちょっとだけ凍えながら家まで自転車で急いだ。急いだ分身体が温まってはいたが、やはり寒いものは寒い。

父も姉も忘年会に行っており、母が1人で色々と準備してくれていた。お願いしていた訳でも無いのに、しばらく使っていなかった大きめのコタツがかなりきれいな状態でセットされていた。みんなでコタツに身体を入れて鍋を囲んだ。

繰り返すようだが、今年の新しい生活は本当に充実したものだったと、温かい肉や野菜を食べながらしみじみと感じた。

鍋が終わってからはみんな大好きゲーム大会が幕を開けた。

今日は調子も運も悪く全く勝てなかったが、みんなでやると楽しいので勝敗は関係無かった。罰ゲームのモノマネはちょっと恥ずかしかったが。

交代でお風呂に入って、上がってからは私の部屋一面にに布団が敷かれた。普段はベッドだが、せっかくの自宅お泊まりの機会なので布団で寝ることにした。


実は今回、私の部屋にみんなを招くのは初めてだった。小学校の時から好きだった車は今でも好きなので、両親に無理を言って買ってもらった大きな車の模型もあるし、大好きな野球選手のポスターも飾ってある。一見すると男の子っぽい部屋なのかもしれないが、壁にはセーラー服がかかっているという光景だ。壁のコルクボードに貼り付けた写真は全て5人で撮った写真だ。みんな懐かしいと嬉しそうにしていた。

机にはアクセサリーケースと、教科書、そしてフレームに入った高校の入学式で5人で撮った写真が並ぶ。ここだけ見るといかにも女子高生だ。

そんな部屋でガールズトークが繰り広げられた。女の子になってから変わったことはと聞かれたので、ないことにようやく慣れてきたと答えてみた。

みんなはそっちかよと笑いながら私の方に寄ってきて、上にのしかかってきた。揃いも揃って痩せ型なので2人目までは平気だったが、4人まで来ると話は別だ。さすがに重いーと悲鳴をあげ、1分ほど経ってからようやく解放された。

男の子の時と違って下半身に潰れる感触がないが、代わりに上半身に潰れる感触ができていて私としては嬉しかった。

そんな夜もあっという間に日付を跨ぎ、私たちの体力にも限界が来た。

睡魔の勢いそのままに就寝したが、面白いことに全員朝6時にはバッチリ目を覚ました。私たちの身体に高校生のライフスタイルが染み付いている証拠だ。二度寝しても良かったのだが、私が朝日見に行こうよと提案すると全員急いで身支度を済ませて付き合ってくれた。


全員が持って来ていた高校のジャージの上にさらに厚着して、朝日が綺麗に見渡せる川の遊歩道まで30分かけてゆっくり歩いた。空はすっかり晴れていて、まるで歓迎されているようだった。

来年の今日も朝日見に行こうねと約束し、10分くらいで随分高い位置まで昇った朝日を背に、家まで走って帰った。帰った私達はすぐさま制服に着替えて、電車で出かけて夕方まで遊んだ。


まるで今年をおさらいするかのような2日間だったと思う。昨日まで授業を受けていたことが嘘のようだ。

最後は良いお年をで締め、年明け5日に集まる約束まで交した。

最後の最後まで友人と過ごせて何も悔いのない1年だった。

朝昇る瞬間を見届けた日が沈む中、それぞれの家の方面に自転車で散っていく友人達を見送った。

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